第30話 父として

 紅い花が咲いている。


 轟音が響く毎に恐怖であり、諦観であり、絶望の象徴であったミュータントの身体が弾け飛び宙に紅い花を咲かしている。

 ウィルはその光景を風化し、崩落して出来た隙間から見ていた。

 沸き上がってくる感情は喜びではない、果てしない困惑だ。

 誰が、どうして、何の目的でミュータントを虐殺しているのか、それとも積み重なったストレスが幻覚を見せているのではないのか。


「パパ、怖いよ……」


「ジェイ」


 自らの手を握る我が子の手の温もりを感じる、その感覚がコレが現実であると明確に示している。


「何が、一体何が起こっているんだ!」


「ウィル!」


 ジョズとダニエルが揃って近付いて来る、轟音の正体を確かめるために数少ない隙間に押しかけてくる。

 そして辺りを見渡せば同じコミュニティに属する皆が同じように隙間に押しかけ外の様子を知ろうとしている。


「ダニエル、クソ野郎共を八つ裂きに出来るコミュニティを知っているか、私の記憶が確かなら……そんなコミュニティは無い。あれ程の武力があればメトロは奴らが支配している筈だ!」


「ジョズ、安心しろ、お前の記憶は間違っちゃいない。俺もそんなコミュニティがあるなんて噂話でも聞いた事がない」


 外に広がるこの世の物とは思えない光景をみて誰もが混乱し、その正体が何であるか考える。

 だがコミュニティでしか生きてはいない仲間達は仕方がないとしても、外部との交渉を重ねて来たウィルとジョズでさえ心当たりが全くないのだ。

 そして悩んでいる間に突如としてミュータント共を襲った蹂躙劇は終わりも唐突であった。


 巻きあがった粉塵が収まり露わになった光景はただひたすら紅かった。


「終わったか……」


「ウィル、何かが来るぞ」


 ダニエルが何かが近付く音を捉えた。

 報告を聞いた誰もが息を潜め近付いて来る何かの正体を一目見ようと目を凝らす。


「アンドロイドだと……」


 アンドロイド、人間を見つけ次第問答無用で襲い掛かかるミュータントと同じ敵だ。

 しかもミュータントと違い恐怖も痛覚を持たず、四肢を砕いて無力化するか、頭部にある電脳を破壊しない限り襲い続ける冷酷な殺人機械だ。

 そのアンドロイドが何体も、しかも銃器で武装しているではないか!


 ミュータントを虐殺したのはアンドロイドだ、絶望は終わっていない。

 それどころか統一した武装を持った殺人機械の集団である、弾け飛んだミュータントと同等か、一方的に倒したことからミュータント以上の脅威である。


「クソ野郎もヤバイがアンドロイドもヤバイぞ。ウィル、此処は逃げるべきだ」


「入り口は一つだけ、それ以外は小さすぎて通れない」


「アンドロイドが、アンドロイドが復讐に来たんだ……」


「ダニエル、ジョズを大人しくさせろ」


 元から危険な状態であったジョズだがアンドロイドを目にしたことで錯乱しかけている。

 このままでは意味も無く暴れ出し騒音を巻き散らす。

 そうなればアンドロイド共は確認の為に此方を調べに来るだろう、そうなれば僅かにある助かる可能性が完全に無くなる。


「ジョズすまんな」


「ダニエル、何を──」


 ダニエルがジョズを絞め落す。

 元々身体能力に優れないジョズは防衛組で身体を鍛えてあるダニエルにはかなわない。

 余計な音を立てることなく気を失ったジョズをダニエルは廃墟の奥に運んでいく。


「皆んな隠れろ、奴らの目的はミュータントであって俺達じゃない。息を潜めて奴等が此処から去るのを待つ」


 覗いた限りではアンドロイド共の目的はミュータントの死骸だ。

 ならば此処に態々来る可能性は低いだろうが、それでも此処に来る可能性は残る。

 それに備えて仲間達は廃墟に隠れる、それしか出来ることは無い。

 幸いにも隠れる場所には事欠かないから見つからずにやり過ごせる可能性はある。


 リーダーであるウィルの言葉に僅かな可能性を見出した仲間達が廃墟に散らばって隠れ始める。

 ウィルもジェイの手を繋ぎ廃墟に一角に移動する、そして瓦礫によって外からは全く見る事が出来ない窪みに我が子を隠す。


「パパ…」


「大丈夫だジェイ、お父さんがついている。アンドロイドに見つかっても助けてやる、だから隠れていなさい」


 ウィルは我が子を抱きしめる、幼くまだ小さい身体が壊れないように優しく。

 そして抱擁を解き、窪みに収まった身体が潰れないように瓦礫を上に被せていく。


「俺達が隠れるのは全員が隠れてからだ。付き合ってくれるよなダニエル」


「隠れんぼなんて何年振りだ」


「さあな、だが童心に帰ってみるのも悪くは無いだろ」


 ウィルとダニエルは仲間達が隠れるのを手伝い、終わると共に瓦礫の裏に隠れた。

 そうして仲間達が隠れているとアンドロイドが廃墟に入ってくる音が聞こえた。


「さて、デーモンが執着していた餌は何かな〜」


 その言葉が耳に入った瞬間に心臓が締め付けられた。

 自分の心臓の音が聞こえてしまわないか、呼吸で気付かれてしまわないか。


「逃げた……訳ではないか」


「息を潜めて隠れているのでしょうか」


 アンドロイドは気付いている、ここに隠れている事に気が付いている!

 瓦礫の裏に隠れながら、僅かに走っている亀裂の隙間からアンドロイドの様子を伺う。

 そして見た、アンドロイドの中にあって見た目が全く人間と変わらない機体を、それの足が向かっている先にあるのは我が子が隠れている瓦礫だ。

 身体が動きだそうとする、だが共に隠れたダニエルの手が動きだそうとした身体を強烈な力で押さえる。

 声は出さない、視線だけをウィルへ向ける──まだ見つかっていない、と視線だけで伝える。


「こんにちは!君の正体は何か…な……」


 だがジェイの上に被せた瓦礫を持ち上げた時、その下に何が隠れているのか、アンドロイドが探していた餌としてジェイが見つかってしまった瞬間ウィルは瓦礫から飛び出した。


「ジェイ!」


「パパ!」


「ノヴァ様!」


 幾つもの呼び声を掻き消すようにウィルの拳銃から弾丸は放たれる。

 だがもう一体のアンドロイドが構えた盾に弾丸は衝突し弾かれた。


「二号!?」


「無事ですかノヴァ様!私のうし──」


 盾を構えたアンドロイドにダニエルが強烈な体当たりをぶつける。

 恵まれた体格と体重から繰り出される衝撃はアンドロイドを吹き飛ばすのに十分な威力を持っている。


「おぉぉっ!」


「ノヴァ様!このデカブツがっ!」


「ウィル、子供を逃がせ!震えてないで動け!」


 ダニエルの決死の行動、そして言葉を受け取ったウィルは目の前にいるアンドロイドに迫る。

 最後の銃弾を放ち無用の長物と化した銃を捨て、固めた拳をアンドロイドに放つ。


「人間に化けたアンドロイドが!ジェイから離れろ!」


 拳はアンドロイドの顔面に命中する軌道、ダニエルのお陰で掴んだ機会を無駄にしない、全力で放たれた拳は必ずやアンドロイドに痛打を与える。


「何っ!?」


 だが拳は当たらない、アンドロイドが首を横に傾けた事で空振りとなる。

 

「まだまだっ!」


 一撃目が避けられたのならば二撃目、三撃目を放つだけ。

 空振りに終わった右手を引き戻しながら左の拳を放つ。

 それも首を傾ける事で避けられる。

 ならば三撃目は顔ではなくボディに向けて──


 その前にアンドロイドの拳が放たれた。

 勢いはない、それでも無駄のない軌道で頭を捉えられている。

 急ぎ頭を軌道から外す、だが完全には避けきれず顎に鋭い一撃を貰う。

 それでも大した痛みはない、直ぐに反撃に転じて──


「あっ?」


 視界が歪み、身体が傾く、踏ん張り姿勢を維持しようにも身体に力が入らない。


(脳を、揺らされたっ!)


 狙っていたのか、それとも偶然なのかは分からない。

 だが無様な隙を晒してしまった以上決着はついてしまった、アンドロイドに負けてしまった。


「全員、その場で動くな。二号、そいつを殺すな」


「……分かりました」


 ダニエルはアンドロイドによって首を絞められていた。

 顔の充血具合から後数秒続いていれば殺されていただろう。


「一歩でも動けばこの子を殺す」


 そして揺れるウィルの視線の先には銃を突き付けられたジェイがいた。


「ジェ、ジェイ……」


「ノヴァ様」


「二号急いで此処から撤収する、殿を任せる」


「分かりました」


「もう一度言う、全員その場から動くな」


 アンドロイド達がジェイを連れていく。

 自分の子供が、我が子が攫われているというのにウィルの身体が動かない、見続ける事しか出来ない、何も出来ない!


「パパ……」


「ジェ、ジェイーーー!」


 廃墟に一人の父親の叫びが響き渡った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る