第21話 弱い私を許してください

 高周波ブレードが廃墟の柱を斬り裂く。

 鉄筋コンクリート製の建造物が容易く斬り裂かれ、細かな残骸となってまき散らされる。


「流石、腐っても軍用アンドロイドと言ったところでしょうか。そんな重りをぶら下げてよく動けますこと」


「逃げンじゃねぇヱッ!」


 二号は高周波ブレードから繰り出される斬撃を余裕を持って躱す。

 斬撃そのものは二号の身体を容易く斬り裂くだけの切味を持つ、だが整備の行き届いてない機体から繰り出される以上動きは精彩を欠き、軌道を予測することは容易であった。

 加えて二号は斬撃を躱すだけではない。

 本来であれば重装甲アンドロイド専用である筈の高周波ブレードを無理に振るうとなれば大振りにならざるを得ず、振り終わった後の隙は大きい。

 背後で、すぐ横の建造物が斬り裂かれ瓦礫と化す中で二号は隙あらば散弾銃を撃ち込む。

 だが足りない、自前の装甲もあるが散弾銃そのものの威力が小さすぎる。

 炸薬が足りない、散弾のペレットが脆く装甲に衝突して砕けてしまう、口径が足りない、軍用アンドロイドを相手するには威力不足なのだ。


(虎の子の散弾銃の筈ですが、此処迄使えないとは困りましたね)


「アタマを踏ミ潰して今度コソすくラップにしてやるッ!」


 繰り出す斬撃が悉く避けられる、それを敵対しているアンドロイドは理解していながら攻撃の手は緩めない。

 避けられることを承知の上で高周波ブレードを振るい瓦礫を作り出しては蹴とばし、二号の逃走経路を制限、誘導する。

 

 軍用アンドロイドは戦うために作られた。

 戦場を、敵を、自らを、ありとあらゆる環境と物を含めて最適な行動を演算して出力する。

 目の前にいる二号の機体性能は自身よりも優れている、最高出力では負けてはいないがそれだけだ。

 反応速度、俊敏性は整備の有無によって大きく差を付けれられている。

 この状況で勝利するには戦闘に於ける演算で相手を上回るしかない、そして戦闘に関する演算で自身が民生用アンドロイドよりも優れているのは自明の理だ。


「!?」


「捕まエタッ!」


 廃墟の袋小路に二号を追い詰める。

 戦術シミュレーションにおいて当時の最新機種であり経験を積んでいる電脳が最短最速の破壊ルートを導き出す。

 

 それでも仕留める事は出来なかった。

 

 碌な機体整備を行えなかった軍用アンドロイドの機体はシミュレーション通りの動きを出力できない。

 迅速に振り落とされる筈だった斬撃の動きは精彩を欠き、遅い。

 二号が部分的な出力制限を解除して横に飛び退けば必殺の一撃は躱された。


「スバシッコイねずみガッ!今度コソ、ぶっ壊レロッ!」


 だが、それで終わる程電脳は劣化していない。

 躱された結果判明した二号の機体性能、自身の低下した機体性能を変数として取り込みシミュレーションを再度行う。

 振り下ろし地面に食い込んだブレード、それを機体の限界出力に任せて強引に切り上げる。

 無理な挙動で機体に更なる警告が表示される、それでもブレードの軌跡は二号の胴体を確実に捉えた。


「壊されるのは貴方ですよ」


 振り上げられる高周波ブレード、その峰を全力で踏みつけ斬撃を阻止。

 そして二号は背中にマウントしていたマチェットを掴み、高周波ブレードを装備している腕に振り下ろした。

 軍用アンドロイドは視界に表示された新たな武器に動揺し、それが単なる刃物である事が判明し危険度を下方修正した。

 単なる刃物でこの腕が斬り裂かれる事などありえない、斬り付けた瞬間に刃は砕ける事が演算結果で示された。

 

 最優先で対処すべき事は踏み付けるために眼前に近付いた敵に──だが視界には斬り裂かれる腕が表示されている。

 マチェットが赤熱し振動している、装甲板を融かし斬り裂いて行く、時間にして一秒未満、切り札たる腕が斬り落とされる。

 

 二号は止まらない、アンドロイドが現実を処理する前に返す刀でもう片腕を斬り飛ばす。

 アンドロイドが現実を処理し終わる頃には両腕は斬り落とされ、無防備な胸へ強烈な蹴りが叩き込まれた。


「どうですか、奥の手を斬り飛ばされた気分は」


 二度の斬撃で二号が握るマチェット、試作小型高周波ブレードの刀身は半ばで折れてしまっている。

 奥の手として搭載していた高周波発生装置は電源の問題から最大稼働時間は10秒、だが刀身が斬撃による衝撃と高周波による負担に耐え切れなかった。

 それでも敵の武装を無力化する事でマチェットは役目を果たした。


「クソがッ!」


 両腕を失い、全ての武装を無くしたアンドロイドは逃走を選択する。

 その果てに逆転の可能性も、逃げ切れる可能性も皆無だとしても。


「逃がしません」


 それを見逃す二号ではない。


『機体出力制限解除、演算能力過剰運転を開始します。最大稼働時間が大幅に短縮、制限解除による機体の損傷に注意してください』


 電脳内にあふれる警告装置、残存電力が凄まじい勢いで消費されていくが、それに見合う性能を二号は一時的に得る事が出来る。

 踏み込みで足が地面にめり込む、加速された視界の中で逃げ出そうとするアンドロイドに追い付き、フレームの損傷を考慮しない打撃を繰り出す。

 手が砕ける事と引き換えに装甲版を凹ませるほどエネルギーを持った打撃がアンドロイドの胸部に撃ち込まれる。

 装甲版が砕ける音、フレームが破断する音が瞬間的に鳴り響く中で機体は宙を舞う、機体は廃墟の一室に吹き飛ばされた。


「此処は、展示室ですか、なんとも趣味が悪い……」


 二号は吹き飛んだアンドロイドを追う、その先の部屋で多くのアンドロイドの頭部を見つけた。

 それは狩猟で狩った獲物の剝製を飾るように、事実軍用アンドロイドにとってはまさしく剥製を飾っているのだろう。

 会社を問わず、世代を問わず、軍民問わず、多くのアンドロイドの首が部屋の中に飾られていた 

 

「ああ、其処に居たんですね」


 その中にいた、最愛の妹の頭部が埃を被り、電脳が剥き出しの状態で。

 分かっていた、最初から分かっていた、妹が自分を見捨てることは無いと。

 現れなかったのは妨害が、既に襲われ機能を停止させられていたからと。

 分かっていてもあの時、あの瞬間、正気を保つために妹を恨んでしまった。


「ごめんなさい、弱くて愚かな姉を許してください」


 返事は無い、声を聴く事は出来ない。

 此処にあるのは機能が停止した妹だった残骸しかない。

 それでも謝りたかった、ごめんなさいと言葉を伝えたかった。

 だけどそれが叶う事は無い、奇跡が起きない限り。


「逃がしませんよ」


 部屋の隅で這いつくばるようにして逃げ出そうとしたアンドロイドの背中を踏み付ける。

 もう逆転の可能性も、逃亡の可能性も皆無である筈なのにアンドロイドは残った足を動かして拘束から逃れようと足掻く。


「クソがッ!なぜ私がコンなめに遭う、何故ダ!」


 発声モジュールから出てくるのは現実を受け入れられない否定の言葉。

 人より優れた演算能力を持ちながら現状を受け入れられず否定し、拒絶する。

 その姿は嘗ての二号を弄び嘲笑した姿からは程遠く、それを見下ろしても復讐心が満たされない。


「私の妹を、私達を弄んだ報いですよ」


「ふざけるな!民生品ノあんどろいどノ分際で──」


「貴方と話す気はありません、速やかに破壊されてください」


 アンドロイドの背部を踏み抜く、アンドロイドの活動維持に欠かせない電源のバッテリーと循環冷却材を納めた循環装置が破壊される。


「い……ヤダ、し、シ、ㇴのは、イ──」


 冷却材が血の様にアンドロイドの身体を白く染め上げる。

 残された電力が空気中に放電され小さな火花を散らした。

 

 憎み恐怖していた機体はもう動かない、過去の二号と同じように何も言わぬスクラップとなり果てた。

 その姿、止めを刺した事実が電脳に染み渡る、長年電脳に住み着いていた復讐心が消えていく。

 

 成し遂げたのだ、復讐を。


『ノヴァ様、作戦終了です』


『そうか、体に異常はないか。帰ってくるのが難しいなら迎えに行くが……』


『大丈夫です、機体に異常はありません』


 作戦は完了した、もう此処に留まる理由はない。

 今すぐに町へ帰り、壊れた機体を修理しなければならない。


『ノヴァ様……』


『どうした?』


『壊れたアンドロイドを、電脳にまで損傷が及んでいるアンドロイドを直す事は可能ですか』


 作戦は成功した、目標は達成した、これで終わりなのだ。

 これ以上は何もない、何も出来ないのだ。

 それでも、それでもと二号は考えてしまう、ノヴァの力であれば可能ではないのかと。


『電脳にまで……』


 返事はなかった。

 長い沈黙が続き、それだけで自分が言い出したことがどれほど困難であるのか、無理がある事なのか理解してしまうには十分であった。


『すみません、余計な事を言いました、忘れて──』


『無責任な事は言えない。だが、実際に損傷を確認しなければ正確な判断が出来ない。幸いにも其処はアンドロイドの生産工場であったから電脳に関する修理設備が残っているかもしれない』


 だが帰って来たノヴァの返事は違った。

 可能性はゼロではないと、まだ可能性は残っていると。

 慰めるための軽い言葉ではない、それが二号に伝えられた。 


『私も其処に行く、施設の安全を確保しておいてくれ』


『……ありがとうございます』


 可能性は限りなく低いだろう。

 それでも二号は願う、奇跡を願う、大切な家族との再会を願う。

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