第20話 御礼に参りました

 アンドロイド生産工場、多くの民生用アンドロイドを生産していた巨大施設は静まり返っている。

 運び込まれた部品を無人化された生産ラインが昼夜を問わず稼働、毎日多くのアンドロイドを製造していたのは遠い昔の事。

 施設は荒れ果て廃墟と化し、此処で嘗ての繁栄の痕跡を見つけ出す事は出来ない。


 その廃墟と化した施設の一角に多数のアンドロイドが住み着いている。

 未だ何とか稼働する太陽光発電システムをかき集めて電力を確保、そうして何とか生き永らえている。

 

 だがそれだけだ。


 太陽光発電で得られる電力は限られアンドロイドの消費電力を賄うだけで底を尽く。

 メンテナンス器材を動かそうとしても出力が全く足りず、電力を活動時間の延長に回したとしても工場には使える部品が無い。

 結果として廃墟に住み着いてるアンドロイドは此処から動かない、いや、動けない。

 動いたとしても行先など無い、闇雲に動けば道中で電力切れを起こして物言わぬ鉄屑となってしまうだけ。

 此処に辿りつくまでにも多くの機体が活動を停止、工場の外の荒野で雨風にさらされながら放置され続けている。


 アンドロイド達は詰んでいた。


 何も出来ず、何も出来ないまま廃墟で朽ち果てる道しか残されていなかった──ついこの間まで。


「役立たズメ……」


 多くのアンドロイドが電力消費を抑えるためにスリープモードに入っている中で唯一稼働している機体、廃墟のアンドロイドを支配している一体の軍用アンドロイドは作戦の結果に不満を漏らす。

 集団に属する一体のアンドロイドを使い捨ての偵察機として運用、遠隔操作で添付されていた地点を偵察して得られた情報は限られたものだった。

 それでも前触れも無く受信したネットCMに添付されていた場所には多くの稼働するアンドロイドがいた。

 そしてアンドロイドを支える何らかの発電システムは稼働しているのは間違いない。

 だが発電方法やシステムの場所、施設の防衛戦力の詳細を把握する前に接続を切らざるを得なくなった。

 まさかハッキングに対して防御だけでなく反撃まで行えるシステムが現存し稼働しているとは想定外である。

 そのせいで手痛い反撃を喰らってしまい、電脳内システムの一部が破損してしまった。

 

『接続に異常が発生しています。直ちに正規品と接続してください』


『電脳の不活性メモリーが67%を超えました、メンテナンス装置に接続してデバッグ作業を実施してください』


『残存バッテリー容量53%、使用期間を超過しています、バッテリーを交換してください』


『機体システムが──』


「うるさいッ、目障りダ!」


 機体を動かす度に視界には多くの危険を知らせるアラートが表示、視界には何重にも積み重なった警告画面が現れる。

 定期的なメンテナンスを受ける事が出来ない電脳には無数のノイズが絶えることなく駆け抜け、対応していない部品を壊れた正規品と交換したせいで接続に異常が出ている。

 機体の可動部は関節が錆び付き、動かすだけでも嫌な音を鳴かせる。

 完全に破損してしまった右腕は他の軍用機体の腕を無理やり移植しているため動かすのに多くの演算を行う必要がある。

 

「いつまで、コノからだを使い続けルンだ」


 元から酷かったが電脳に反撃を喰らってからはさらに悪化、短時間の間に再起動を何度も繰り返さなければ碌に動く事も出来なくなってしまった。

 機体は既に限界を超えて稼働し続けて全身に異常を抱えている事が常態化している。

 改善する可能性は全くない、あるのは悪化する事だけだ。

 再起動する度に悲鳴を挙げる機体、補修もままならないのは次世代の軍用アンドロイドとして作られてしまった弊害だ。

 身体の殆どが最新式の軍用規格のパーツで構成され、民生品を代替部品として交換できるパーツは少ない。

 戦場で華々しい活躍を期待されていた最新の機体は、今や無理矢理施した延命作業によって嘗ての面影を僅かに残すだけとなった。


 だからこそ今回の襲撃は成功させなければならない。

 これが残された最後の機会、逃せばスクラップになる未来しか残らないのだから。


「偵察、ユニっと、組まセ──」 


「もう何年も経っていますけど変わりすぎではありませんか」


 再起動を果たした軍用アンドロイドの目の前には見慣れぬアンドロイドがいた。

 電脳に記録してある企業の機体とも違う、類似品の機体は見つからないが頭部だけは見覚えがあった。


「お前は……」


「お久しぶりです、あの時の御礼に参りました」


 そう言って現れたアンドロイド、二号は手に持った散弾銃を発砲する。

 散弾銃の基本として遠距離での撃ち合いでは全く役に立たないが、近距離であれば単発銃よりも強い。   

 ポールが持ち込んだ商品の中にあった散弾銃、中折れ式の水平二連式散弾銃はストックは無く銃身も短いソードオフである。


「ガッ!?」


 轟音と共に放たれた散弾二発、軍用アンドロイドの身体に直撃し無数の礫を全身に浴びるもアンドロイドの装甲板を削り体勢を崩すだけに終わる。 


「さすがに軍用は硬いですね……」


 そう言いながらも二号は手元の散弾銃で排莢、装填を迅速に行うと共に再度発砲。

 今度は何枚かの装甲板を吹き飛ばす事が出来た。


「ああ、他のアンドロイドは全機此方が掌握しています。応援は来ませんよ」


 目の前の怨敵が支配しているアンドロイドは既に無力化している。

 ノヴァが二号に持たせた装備の一つにアンドロイドに接続する事で無力化させるデバイスがある。

 接続された機体のウイルスを除去後、24時間継続する機能停止プログラムを注入して無力化する。

 一体一体にデバイスを接続する必要があるが短時間で済むと同時に軍用アンドロイドが再起動中の制御下にない状態で行えば痕跡を残さず行える。

 そうして軍用アンドロイドの再起動に合わせる事で気付かれる事なく二号は接近することが出来た。


「どう──」


「どうやって、なんて分かり切った質問に答える訳無いでしょう」


 容赦はない、慈悲は無い、二号は碌に動く事も出来ない復讐相手に銃弾を撃ち込み続ける。

 装甲板は吹き飛び、中のフレームが次第に露わになってくる毎に二号の復讐心は満たされていく。


「無様ですね、私の身体を含めて多くのアンドロイドの部品を交換し続けて、その末路がこの有様ですか」


「碌に動かない身体ではいつか寝首を掻かれるかもしれませんね、それが怖くて自分以外の機体を強制的にスリープモードにしているんですか。立派な機体をもっていながら電脳は予算不足で碌な物に出来なかったようですね」


「逃げなさい、叫びなさい、這いつくばりなさい、私にしてきた事を体験させてあげますよ。泣いて喜んで下さい」 


 逃げるしかなかった、警告音と表示が次々現れるが、それらを無視してアンドロイドは廃墟の中を逃げ回る。

 それは過去に自身が他のアンドロイドに対して行ってきた行為であり、遊びであった。

 それが立場が逆転して追われ、狩られる側になってしまっている。

 その事がどうしようもなく腹立たしく身体が自由に動かせるのであれば粉砕し、破壊する事が出来た筈なのに─


「因みに私は新しい身体を得て此処に居ますが、何の故障も無く動く身体は素晴らしいですね。今の貴方よりましでしたが以前の身体はスクラップになりかけでしたから」


「クソがああああああああ!」


 最早、身体の破損などどうでもいい。

 此処迄二号に虚仮にされて、弄ばれ続けるのにアンドロイドは耐えられなかった。

 過去にスクラップにしたはずの存在が満足に動く新しい身体を得ている事が妬ましい。

 壊れかけの電脳が全ての損得を無視して目の前の敵を破壊する為に演算能力を振るう。 


『不明なユニットが接続されました、システムに深刻な障害が発生しています、直ちに使用を停止してください 』


 重装甲アンドロイド専用装備、腕に格納された大型高周波ブレードを起動。

 ブレードからは鳴り響く甲高い音色が廃墟の中を反響する。


「クソクソクソクソ、クソッタレがっ!スクラップがチョーシ乗ってんじゃネぇっ!」


 鉄塊を易々と斬り裂く凶刃、その刃が二号に向けて振るわれる。

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