第18話 商談をしましょう

「お久しぶりです、ポールさん」


「あ、いや、ええ、お久しぶりです、ノヴァ……さん?」


「ノヴァさんで構いませんよ。それに驚かれるのも無理はありません、多少どころでは済まない変化ですから」


 初めて会った時と全く変わらないノヴァの態度、とは言ってもポールにしてみれば今回を含めれば二回しか会ってない人でしかない。

 それでも命の恩人でもあり、この地域で希少な医者でもある事を考慮すれば知り合い程度の関係でしかないノヴァに対し親しみを感じており、今後も仲良くしていきたいと考えていた。

 

 しかし廃墟に住み着いていた見知らぬ人物が今や多数のアンドロイドを従えているのだ。

 もし他人から聞かされたら普通なら馬鹿話の類でしかなく、真面目な顔でいう人物であれば頭がおかしくなってしまったと考えるだろう。

 そんな話を聞かされたらポールはその人物からそっと距離を取る、可哀そうな人物に付き合う程暇ではなのだ。


 だが、その可哀そうな人の立場に立っているのはポールだ。

 これから目にしたことは誰も信じないであろう、自分でさえ目の前の光景が信じられず違法薬物を誤って使用してしまったと最初に考えた位だ。

 何せポールの前に居るノヴァは多数のアンドロイドを従えている、あのアンドロイドをだ!


「あの、すみません、ノヴァさん、町にいるアンドロイドなんですが……危険じゃないんですか」


「いいえ、彼等は無暗に襲い掛かったりしません。無論、襲われた場合は自衛のために戦いますが、それは人間も同じです」


「いや、そうではなくて……」


 人とアンドロイドが同じなんて話をしたいわけではなく、どうしてアンドロイドが貴方に従っているのかを聞きたいのです──、そんな事を素直に口に出せたらどれ程楽になるのか。

 ノヴァの後ろに立つ眼帯を付けたアンドロイドが会話を始めてからずっと此方を監視しているのだ。

 下手な事を口走ってしまえばお前を殺す──、そんな事を常に意識させる視線を向けてくる中での会話は自慢の舌も満足に動かす事が出来ないのだ。


「ええと、実は私、医学だけでなく工学関係にもある程度理解があるのです。それでウイルスに汚染されたアンドロイドを捕獲しては直して働いてもらっているのです」


「いや、それは……」


 医学に加えて工学、それもアンドロイドの修理が可能な程の知識と技術がある?とうとう私は緊張の余り幻聴を聞いてしまったのか。

 だが、それが事実であればアンドロイドが従っている説明がつく──訳が無い。

 どう考えても無理がありすぎる話だ、それよりもノヴァの正体がアンドロイドであればその方が納得できる。


「すみませんがそれで納得していただければ」


「あ、そうですか、はい、分かりました」


 これ以上の質問は殺される、ノヴァの後ろにいるアンドロイドが音を立てずに懐に手を入れているのだ。

 ブラフであったとしても、これ以上の追及は出来ない。

 命あっての物種だ。


「所でポールさんはどのようなご用件で此方にいらしたのですか?」


「はい、前回お売りいただいた薬品をまた売っていただけないかと思いまして。準備に時間が掛かる様であればこの町に滞在するつもりでした……」


「そうですか、幾らか備蓄用に作り置きしているので量が足りるのであれば直ぐにお売りできますよ」


「ありがとうございます、代金代わりの商品なのですがノヴァさんが必要となりそうなものを事前に揃えているのでご覧下さい」


 意外にも薬の売買に関しての話はスムーズに進んでいる、今回の訪問の目的であるので順調に進むんであれば問題はない。 

 前回の取引からポールはノヴァが今後必要とするであろう物を選び抜いて運んできた。

 保存食、調味料が少々、替えの服など運んできた品物は多い、これらの購入代金として医薬品を販売してもらおうと当初は考えていた。

 ポールはそこから何回かの取引を経て、最終的には医薬品の長期契約を結ぶつもりでいた。


「購入する物が決まりましたか?」


「はい、全部下さい」


「……はい?」


 そう言ったノヴァは後ろに控えてるアンドロイドに指示を出す。

 それから直ぐに部屋から出ていったアンドロイドだが帰って来た時には両手で大きな木箱を抱えていた。


「ポールさんが持ってきた商品を全部買わせていただきます。代金として前回と同じ成分の薬と他三種類の薬を瓶で一ダースは用意出来ます」


「あ、はい、ありがとうございます……」


 木箱の中にあったのは前回仕入れた薬と同じものが瓶に入った状態で1ダース、見たことが無い薬が三種類1ダース入っていた。

 それだけでなく医薬品の効能、副作用、服用時の注意点などが詳しくまとめられた冊子も添えられていた

 冊子を読んで見れば初めて見る薬品はグール以外のミュータントに合わせた解毒剤であることが書かれていた。

 この冊子と四種の薬、そして各種1ダースという量にポールは比喩でも何でもなく眩暈を起こしかけた。

 これらの価値は自分が持ち込んだ全ての商品を合わせた価格を超過している、傍から見れば全く価値が釣り合っていない取引であるのだ。


「すみませんが、これほどの量に見合う品物を持ち込んでいません。なのでこのまま取引を続けるのであればノヴァさんが一方的に不利益を被ることになってしまいますが……」


「構いません、何より渡した薬の効果を実感してもらうための試供品の側面もありますから。それでも納得できないのであれば一つ此方のお願いを聞いて下さい」


「そうですか……、ではそのお願いを聞かせて下さい」


 最初からこの‘お願い‘がノヴァの本命である事にポールは気付かされた。

 此処で拒絶しようものならこの取引は無かった事にされてしまうのか、それとも今後の取引で不当な暴利を上乗せされるのか。

 武力という面では護衛が二人しかいないポールなど彼の従えるアンドロイド達によって容易く殺害できる程の練度と数だ。

 断れる訳がない、それに目の前にある木箱の中身が真に本物であれば、巡回している村の窮乏を考えれば喉から手が出るほど欲しい物なのだ。

 そして目の前にいるノヴァはこれ程の価値があるものを考えなく手放すような底抜けのお人好しではなくモノを知らない愚か者でもない、その事を身をもって思い知らされた。


「定期的な情報提供。ミュータント、暴走アンドロイド、山賊、この辺りの地域情勢もしくは遠方の情報、種類は問いません。内容の質と量に見合った報酬を払うとお約束しましょう」


 そう言って差し出された手をポールは握る、握るしかなかった。


「商談は成立ですね、今後もよろしくお願いします」


「はは、こちらこそよろしくお願いします」


 口から出るのは乾いた笑い声、自慢の舌は動くことは無く肯定の返事をするだけ。

 ポールは恥も外聞もなくこの場から逃げ出し泣き出したかった、だがそれが出来る程の胆力は底を尽き内心で泣くしかできない。

 

 私が出会ったのは人の皮を被った悪魔だったのか。


 行商人という命懸けの職務に付き、それなりの対価を受け取ってきたが神に誓って悪徳は成していないと胸を張って言える

 いや、だからこそ悪魔に目を付けられたのかもしれない。

 そんな事を考えながらポールはノヴァと握手をした。











「ノヴァ様があれ程のえげつない交渉をなさるとは知りませんでしたわ」


「えっ、そうなの?」


 できる限り相手に失礼がない様に接しただけなんだけど。


「?、とてもいい笑顔で情報提供をさせましたよね」


「俺にとってここら辺の情報は町以外知らないから、それに危険なミュータントか近くにいるならその情報も欲しい。でも情報を頂戴って言えるほどポールさんとは親しくないから情報料として幾らか薬を売る予定だよ」


 情報は大事よ、しかもポールさんは行商人だから情報には事欠かなそうだし、鮮度もいいでしょう。

 業務上で知り得た情報も貴重な商品だろうから対価を払っただけだよ。


「今日見た限りですが新薬三種類を1ダースも提供してますね」


「実際に薬は作ったけど効果があるのか分からないね、ポールさん達にも試しに使ってもらって効果を確認したいだけだよ」


 ゲームではミュータントに合わせた解毒剤が用意されていたから作ったけど効果を確認していなかったんだよ。

 ミュータントの毒を実際に浴びて効果の検証をする必要があるけど町の近くには生息していない種類だったから倉庫で肥しになっていた。

 ポールさんに渡せば必要とする人に届いて使ってもらえれば効果の検証が出来ると考え試供品として渡しただけ。

 

「……含みなどは全くないんですか?」


「えっ、含みって何、ポールさんどんなこと考えてたの」


 損して得取れ、の考えで先行投資の考えも無くはなかったけど、ちょっとサービスするから仲良くしようって考えなんだよ。

 基本はWIN-WINの関係を構築したいだけなんだよ、深い意味は無いんだよ、言葉通りに受け取ってくれていいんだよ!!

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