第17話 名も無き町

 アンドロイドに出会ったら走って逃げろ、これがポールの家訓の一つである。 


 行商人という欠かせない役割を担い、その危険に見合った報酬を受け取って生計を立てる者として危機管理は基本中の基本である。

 立ち寄った村で村民と話し、又は同じ行商人達と話して情報を仕入れ道中に危険が潜んで居そうな場所は予め避けるようにして村々を巡回する。

 此処で商いをするものとしての才覚が問われる、道中の安全の為に護衛を多く雇うかどうか。

 多ければ安全は増すかもしれないが、護衛費用と道中の食料消費が必然的に多くなる、逆に少なければ費用と食量消費は抑えられるが安全は保障できない。

 このバランスをどう見極めるのかが腕の見せ所だろう。


 その点ポールは長く行商人を続けているだけあり道中の危険と安全を見事に管理していた。

 顔なじみの護衛との付き合いも長くなり、予想外の事が起きなければ安全な道中である──その筈であった。


「ポール、ポール!これ以上は危険だ!」


「分かっている、だがせめてノヴァさんの安否確認だけでもしないと……!」


 馴染みの護衛二人とポールは視線の先にある町を前にしてどうすべきか、対応を巡って争っている。


「なんてこった、町に居る奴等はアンドロイドだ」


「ホントかよ兄貴」


「ああ、間違いない。以前暴走していた奴と姿が同じだ」


 ポールを押し留める護衛、その相方であり兄でもある人物は双眼鏡から町を観察する。

 視線の先にあるのは約二か月前に訪れた廃墟と化した町だ。

 特にめぼしい物は無くグールが散発と湧いては町を彷徨っている、その程度しか情報がなく大戦前も特に目立った産業があるわけではなかったと伝えられている。

 だが今や無数のアンドロイドが町を彷徨い、廃墟と化した建物を漁り、解体しているせいで町の姿は大きく変わってしまった。


「こんだけアンドロイドがいるって事は何処かの徒党が住み着いたのかもしれん、近くにある村に急いで知らせないと危険だ」


「兄貴の言う通りだポールさん。ノヴァさんには危ないところを助けてもらったが今の俺達には何もできねえ、近づいたら袋叩きに遭って殺されるだけだ」


「えぇ、その通りです。残念ですがノヴァさんは諦めましょう、彼とは末永く付き合っていきたかった……」


 ポールにとって命の恩人でもある、だがそれ以上に彼が譲ってくれた医薬品が貴重且つ非常に効果のある優れた物であった事が此処迄粘ってしまった理由だ。

 この世界で新規に医薬品を開発製造できる場所は限られ、需要に対し供給量が圧倒的に少ない。

 買えたとしても量は少なく村では医薬品不足が常態化してしまっている、その中で突然現れたのがノヴァの作る薬であった。

 ノヴァ本人の素性は知れず一言で言えば怪しすぎる、それこそ都市から命からがらで逃げ出した厄介者かもしれない。

 それでも製造された医薬品は本物であり、行商人として、この地域に生きる一人として見逃す事は出来ない。

 幸いにもノヴァ自身が暴利を貪るような性格で無いのも前回の接触で知る事が出来た。

 その為今回は廃墟に暮らすノヴァが必要とするものを売ることで継続的に医薬品を買う事が出来ないかと契約を持ち掛けに来たのだ。


 だが訪れた町に居るのは無数のアンドロイド、あの数を前にしてはノヴァは殺されたか、生きているのであればどこかに逃げてしまっているだろう。

 今回の訪問は徒労に終わり、これ以上此処に留まるのであれば次に襲われるのは自分達である。


「二人とも急いで此処を離れる準備を。最悪、商品を捨てて逃げます」


「分かったぜ、先頭は俺が進む。お前は後ろを注意しろ」


「兄貴、ブリキ野郎が近付いてきたらどうする?」


「遠い奴に銃は撃つな、近付かせて確実に当たる距離でぶち込め」


「りょーかい」


 短い相談は終わり、ポール達は次の目的地へ向けて移動を始め──その進行方向に矢が一本突き刺さった。


「そこで止まりなさい」


 人間と異なり発言に僅かに雑音が混ざる警告、一体のアンドロイドがクロスボウを抱え此方に狙いを向けていた。


「兄貴!」


「ポールを庇え!アイツは俺が──」


「貴方達は何者ですか、此処にどのような理由で立ち寄ったのですか」


 しかし新手のアンドロイドがポール達の背後から現れた。

 一体だけではない、ポール達を取り囲むように更に別のアンドロイドが四体現れる。

 この場に集った計六体のアンドロイドは全員がクロスボウで武装している。

 特に背後にいるアンドロイドは他のアンドロイドと違い機体は新品の様に見え、加えて銃らしきものを腰に提げている。

 

「セカンド、不審者を発見。二人は銃器を所持しているが、もう一人は丸腰ダ。ミュータントには大量のナニかが括り付けらレている。危険人物と判断する」


「分かりました。引き続き警戒を、尋問は私が行います。もう一度誰何しますが貴方達は何者ですか、噓偽りなく答えなさい」


 違う、今迄遭遇した壊れたアンドロイド共とは全く違う。

 統一された武装と指揮系統、途轍もなく危険な集団が町に住み着いてしまっている。

 この情報を早く村へ一刻でも早く届けなければ!


「答えないのであれば襲撃者と判断して対処させていただきますが」


「ま、待ってくれ、私達は怪しいモノではない!」


 口を閉ざし続けていれば殺されてしまう!アンドロイド達から危うい雰囲気を感じ取ったポールは己の舌を必死に動かす。


「以前此処に住んで居た人物に助けていただいたので、今回はそのお礼に参ったのです!」


「お礼?それは隠語としての‘お礼’か、それとも助けられたことに関しての感謝としての礼なのかはっきりしなさい」


「いえ、いいえ、違います!私達は、その人物に命を救われたので今回はその時のお礼と商談を結べないかと考えて此方に来たのです。ですが、貴方達、アンドロイドがこの町に住み着いているのを見て立ち去ろうとしているだけです」


「ミュータントに括り付けられているモノを調べさせてもらいます。抵抗はしないように」


 一体のアンドロイドがベス(荷物を背負っている牛型のミュータント)に近づく、幸いにも暴れることは無く荷物を広げた中身を隈なく調べ始める。


「危険物は銃一丁だけ、他の物には危険はナイ」


「そうですか。商談というのは本当のようですね」


 如何やら疑いは晴れたようだが依然としてアンドロイド達は警戒を続けたままだ。

 護衛も下手に動けば殺されると分かっているから何もしない、何も出来ない。

 そしてこの場で権限を持っているのはポールが話しているアンドロイドであり、ポールの話の運び方次第で状況を変える事が出来る。

 緊張で乾いた唇を舌で濡らし命懸けの舌戦にポールは挑む。

 この窮地から脱し、情報を持ち帰るために。


「残念ですが私達はこの町で医者(人間を治療する方)を見てはいません」


「貴方達がこの町へ住み付くころにはいなかったと言う事ですか?」


「そうです、付け加えるならいた痕跡も見つかっていません(人間を治せる医者の痕跡は全くなく、町に居るのはノヴァだけ)」


「せめて、その人が何処に行ったか分かりますか」


「知りませんね。(いたらノヴァの健康維持の為に確保している)兎に角、貴方達はその医者に用があったのでしょう。危害は加えないから此処から立ち去りなさい」


「……分かりました。ですが教えて下さい貴方達はこの町で何をするつもりですか」


 此処だ、今までの会話における核心。

 徒党を組んだアンドロイドがこの町を起点にして何をするつもりなのか、全てを明かしてくれない事は折込みで、その片鱗でも分かれば対抗策を考え付く事も出来る筈だ。


「我々アンドロイドが安全に安心して暮らせる町を作る、それだけです。貴方達や村を襲うつもりはありません、そのような行為はノヴァ様が嫌っていますから」


「……ノヴァ様?」


 ポールの張り詰め緊張感に満ちた顔が崩れた。

 アンドロイドが言い間違いを冒すとは考えられない、まさか同名の人物、もしくはノヴァという名のアンドロイドなのかもしれない。

 可能性として高いのは後者である……、後者である筈なのだが一応確認するべきだろう。


「あの、私達が会いに来たお医者様がノヴァと名乗っていたんですが。その、ノヴァさんと取引した事がありまして同じ人物なのではないでしょうか……」


「……少し待ちなさい」


「ノヴァ様って、あの時のノヴァさん?マジで?」


「あの人は医者じゃなかったっけ、だとしたらどうしてアンドロイドが……」


 何とも言えない表情で何処かに連絡を取るアンドロイド、それをポールも同じような何とも言えない表情で見ている。

 その後ろでは護衛がコソコソと話してはいるが、ポールとしても荒唐無稽と言わざるを得ない内容である。

 それでも可能性がゼロではない、ゼロではないのだが……、そんな風にポールが頭を悩ませているとアンドロイドの連絡は終わった。


「お客人に無礼な態度をしてしまい申し訳ありません。ノヴァ様でしたら拠点の方におりますので私がそこまで案内を務めさせていただきます」 


 今までの対応が幻覚であったのかと思ってしまうようなアンドロイドの豹変を目にしてしまったポール、そして今後のノヴァへの対応はどうするべきか頭を悩ませることになった。

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