第14話 グールは何者か

 修理再生センターの地下、最初に入り口を発見してから一度も踏み入れていない未探索区画である。

 それでも一号の情報提供によって地下の構造は把握できているがグールの群れが長年棲み付いたことで地下構造の変化が無いとは考えられない。

 あくまでも参考程度に留めながら拠点に一度戻り装備品を補給、ポチを引き連れ二号と共に修理再生センターの地下に向かう。


 地下への入口を塞いでいた瓦礫と一緒に吹き飛ばされた扉を踏み越えて入口へ侵入。

 足音が地下空間に反響して鳴り響くがグール特有の唸り声は聞こえず、それでも警戒を維持しながら地下へと階段を下り、その先に続く通路を進んで行く。

 一号からの情報を元に作成した地図を頼りに進んで行くと一際大きな空間を持つ部屋に出た。

 暗闇に包まれているせいで中に何かあるかは分からないが、中心部には非常に大きな機械がある事は分かる。

 光で照らし、姿を見る事で機械が目的であった物だと理解した。

 

「これが核融合炉……」


 炉の火は消えているが、その姿形は大きく損なわれているようには見えず、直ぐにでも動き出す事が出来るのではないかと思ってしまう。

 小型であるのにもかかわらずノヴァの心を掴んで離さない核融合炉、だが今はその時ではないと視線を振り切って地下の探索を継続する。

 それから、いくつかの部屋を経て核融合炉の制御室に辿り着いたノヴァは工具を取り出し制御盤の復旧を試みる。

 ヘッドライトの光だけが唯一の光源である制御室に工具が出す音が暫くの間響き渡る──そして地下施設の非常灯を起動させることで地下空間が照らされ見えなかった全貌が露わになった。

 

「これで電力で頭を悩ませる必要はなくなる……」


 核融合炉を収めている部屋を中心に幾つもの部屋が配置された構造は一号からの情報と変わることは無く、そのままの形を保っていた。

 中心の核融合炉には一見したところ大きく壊れた所は見つからないが内部は分からない。

 周囲に配置されている部屋は予備部品の格納庫や燃料貯蔵庫、空調室等がありどれも運用には欠かせない設備である。

 これらの部屋は核融合炉と同じく荒らされてはいない、だがそれ以外の部屋、作業員の待機室、災害用備蓄倉庫から居住区画を兼ねた空間は酷く荒らされていた。

 そして地下居住区にはあるものは多くが風化していたが数え切れない程の生活痕が見つかった──施設規模から考えられる想定収容人数を大きく超えた範囲で。

 居住区の中では幾つもの大型の機材が端に寄せられ、可能な限り空間を確保しようとした跡があった。

 その空いた空間には板で仕切りが組まれていて中には朽ちかけた椅子や机、ベッド等が詰め込まれ小さいながらも個別の生活空間を形成していた。

 中に入れば家具の上に崩れかけた食器やノート、完全に風化して砂状に崩れ去ったモノが幾つも見つかった。

 形を保ったままの物を手に取ろうとしても触れた端からボロボロと崩れていってしまう、そうなってしまうだけの長い年月が経ってしまっている事を理解させられてしまう。


 仕切りの中だけではない、居住区の壁には剥がれ落ちてしまってはいるが何かの絵が描かれていたり、掠れて読む事は出来ない文字が所狭しと書き並べられていた。

 幾ら目を凝らしてみても元が何であったか、何が書かれていたのかは全く分からない。

 それでも此処で彼らが生活していたことは容易に想像がついた。


「此処で生き残ろうとしていたのかな……」


 形あるものは朽ち果て。

 仕切りの間には朽ちかけた家具以外は砂となり、形を保ったままの物は存在しない。

 

 今目にしているモノ、触れているモノ全てが遠い昔に過ぎ去ってしまった過去でしかなかった。 


「どんな気持ちなんだろうな……」


 必死に生き残ろうとした結果、此処に残ったのは人間性を失ったグールだけになってしまった。

 何が原因でグールと化したのか、地下居住区の空調設備であればウイルスの防護はできていたはずが経年劣化や故障によって防ぎきれなくなっていったのか、それでも此処で生活を営んでいたであろう彼らについて考えてしまう。

 何が原因でこうなったのか、どうしてここから逃げ出さなかったのか、どうして──


「そこまでです」


 深い思考に一人沈んでいきそうだったノヴァの意識は二号の一言で現実に引き戻された。

 声のした方向に振り返れば二号が残された目でノヴァを見ていた。


「なんだ二号」


「それ以上グールと化した人間に対して感傷を持つことはおやめください」


 そう言って二号は机の上にあった砂を一掴み握るが手の隙間から砂が零れ落ち、掌をノヴァに見せた時には半分以下に減ってしまっている。

 二号の掌に残ったモノは長い時間の経過によって形が崩れ砂と化した物だ。


「此処にあるのは全て過去の物です。風化し、劣化し、形状を保つ事が出来なくなり砂と化した物しかありません。そして砂は砂でしかありません、其処には一片の感情すら残っていないのです。感傷を抱くのは止めませんが、行き過ぎた感傷で何も出来ない過去に思いを馳せても何も変える事は出来ません。今を生きる貴方には過ぎ去った過去を変える事は出来ません。貴方が変えられるのは生きている今しかないのです」


 そう言って二号は掌を返して砂を落し姿勢を正してノヴァを見つめる。


「出過ぎた真似をして失礼しました。ですが、過去に因縁を持たない者が過去に囚われるのを見るのは堪えられませんでしたので」


「……それって謝ってるの、それとも貶しているの?」


 あんまりな二号の物言いに沈みかけていた精神が浮上する。

 それと同時に悲劇に酔っていた己を恥じる、無意識の内にグールと化した彼らに一方的な哀れみを抱いていた事を恥じる。


 ──そんな彼らを悉く皆殺しにしてきたのは自分であるというのに。


 だが二号によってこれが無駄な思考である事に気が付けた。

 

 自らの恥知らずな行為による自己陶酔は問答無用と頭の中から切り捨てる。

 いつの間にか座り込んでいたノヴァは立ち上がり一連の行動を起こした目的である核融合炉を見る。

 稼働をしていない核融合炉は静かであるが、これが欲しくてノヴァは無茶をしたのだ。

 この世界で生き残るために、自身の安全を確保する為にどうしてもと欲した物を漸く確保できたのだ。

 

 己の為にも成し遂げた事を誇る、今はそれ以上の事はしなくていい。


 非常灯が点いたことで核融合炉の全体を見る。

 手で直に触れ、間近で見て観察する事で直感が直せると告げる。

 ならば立ち止まっている暇は無い、腑抜けた頭に喝を入れ工具を取り出す。


「二号、手伝え。一週間以内に核融合炉を直す」


「分かりました、必要資材を集めてきます」


クロスボウを下ろし、ノヴァはヘッドライトの光を灯し、工具を片手に握りしめる。

グールとの命を懸けた戦いとは異なる、けれどもノヴァのもう一つの戦いが始まった。

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