第13話 ゲームと現実の違い
ハメ技というものがある。
ゲームにおいて敵となるキャラやモンスターは製作者の書いたプログラム通りに動き、戦い、襲ってくる。
強い敵とはつまりプログラムの量、様々な事態を想定して幾つかの行動を予め用意、作動中の周囲から得られる情報を基に最適な行動を随時選択していく事が可能なキャラだ。
だがゲームに登場するキャラが全て高度なプログラムを搭載しているわけではない。
ボスモンスターや重要なキャラ以外のモンスターやキャラは比較的単純なプログラムと多少の差異を与えられるだけに留まり、ゲーム全体の難易度を上げすぎないように配慮されていると言えるだろう。
そして、この配慮とミュータントの特性が上手い具合に噛み合わさるとゲーム上ではハメ技をする事が出来た。
ゲームでは散々してきた手法、それをノヴァは用いて地下のグールを全滅させる策を考え付いた。
無論危険は伴う、だがやらなければ現状を打開する事は出来ず、このままでは時間を浪費するだけであるとノヴァは考え決断を下した。
そして作戦に必要な物を準備、作成し完了した翌日の日が暮れる直前に実行に移した。
夜間はミュータントの一部が活性化し凶暴になる、その中にはグールも含まれ日中とは違い興奮し身体能力が上昇する。
だが日が暮れる直前はまだ覚醒しきっておらず警戒心も緩んでいる、其処が狙いだ。
ポチは拠点で留守番、足音を立てずに修理再生センターに移動して地下への入り口を塞いでいた瓦礫を撤去する。
地下への続く入り口への隙間が出来たら、懐から一つのアイテム──興奮剤を取り出す。
興奮剤はゲームにおける医療アイテムの一つで序盤から比較的簡単に作れるアイテムだ。
効果は一定時間のスタミナ消費行動におけるスタミナ減少量の低下、これによりプレイヤーは長時間走り続ける事が出来るだけでなく近接攻撃に限り攻撃力を上げる事が出来る。
副作用として鍵開け、銃撃と言った一部の動作が出来なくなる、これは興奮剤の使用によって冷静さを失っているという設定であった。
その興奮剤に少量の別の薬品を加え揮発性を高くした特別製をグールが棲み着いているだろう地下に向けて投げ入れる。
階段を乗り越え遥か地下に落ちていく、そして床に衝突した瓶が割れる音が響いた。
中の薬品は外気に触れた事で急速に気化して地下に蔓延、それを気付かずに吸ったグールたちの頭は瞬時に茹で上がる。
血が上り強制的に覚醒したグールの嗅覚が遥か地上から漂う血の匂いを捉えた、そして人ならざる化け物たちの叫びが地下空間を轟かせる。
「鬼さん此方~、手の鳴る方へ~」
そう言ってノヴァは走り出す、此方は混ぜ物がない興奮剤を服用、身体の限界に迫る程の力を発揮して夜の町を駆け出す。
その後を追うようにグールが修理再生センターの地下から現れる──入り口を塞いでいた瓦礫を吹き飛ばし、その数は一目見ただけで十を超え、そして今も途切れずに地下からグールが次々と吐き出されていく。
興奮剤で冷静さを失ったグールは生来の野蛮さを超え、その目は唯ひたすら美味しそうな匂いを漂わせる人間へ向けられている。
背後から迫りくるグール、それを付かず離れずの距離を保ちつつノヴァは走り続ける。
此処で一つでも間違えば容易く捕まってしまう、手足は引き千切られ、腸を生きたまま喰われてしまう。
その恐怖を興奮剤が掻き消す、身体の奥底から湧き上がってくる興奮が恐怖を掻き消し、身体を前へと進ませる。
無論、ノヴァは無策でグールに追われているのではない。
特製の興奮剤には身体能力を下げるための麻痺を齎す薬品も配合されており、それを吸ったグールの身体能力は上昇どころか麻痺により下がっている。
そして逃走経路に仕掛けたトラップを要所要所で起動させグールの群れ全体の進行速度を調節する。
そうしてノヴァが逃げ続け目的地に到着した。
修理再生センターを始めとした施設や町にいる一般家庭へ供給する水をためるために大きく、そして深く作られた貯水池、町の外れにある其処がゴールだ。
「はぁ、はぁ……、苦しい、けど、まだ、行ける!」
全力で走り続けた結果、全身の筋肉に乳酸が溜まっている、動くのが酷く億劫に感じられる。
走り続けた事による疲労は蓄積していて興奮剤によって誤魔化せなければ今すぐにでも地面に座り込んでしまうだろう。
だが、今はまだ気を抜く事が出来ない。
後ろを振り向けば数え切れない程のグールが町の道路を埋め尽くしながら追ってきた。
麻痺も抜けて来たのか速度は上がり、されど異常な興奮は保ったままで我先にと駆け寄ってくる。
このままでは一分も持たずにノヴァはグールの波にのまれてしまう──それこそが、この作戦の要である。
「そうだ、もっと、もっと興奮しろ!」
グールは何かがおかしい事に気付かない、気付けないようにノヴァが誘導した。
脚裏に感じる振動が、鼓膜を震わせる足音と叫び声が一秒毎に迫ってくる。
興奮剤で誤魔化せる限度を超えた光景に脚を震わせながら、それでも囮としての役割を全うすべく閉じようとする目を見開く。
あと少し、あと少し、あと少し──此処!
「今だ!」
ノヴァが叫ぶ、グールの手が伸びてくる。
狂おしく求める肉に手が届く、その直前でノヴァはグールの前から凄まじい勢いで遠ざかる。
そして遠ざかるノヴァを捕まえようと勢いを殺すことなくグールは走り続ける──そして踏み締める地面が無い事に気付く事無く貯水池に次々と墜ちていく。
ゲームにおけるグールは泳げず、水場に落ちたグールは継続ダメージを受け続け簡単に死んでしまう。
この特性を活かしたレベルアップが序盤におけるプレーヤーの定番であり、必要とされるアイテムも少ない事から数多くのプレイヤーが通って来た道であった。
そして現実のグールの身体はウイルスによって高密度の筋肉を纏い、その反面脂肪は極端に少ないため水に浮かべるような身体ではない。
その事実から導き出した答えがノヴァの目の前に広がっていた。
興奮剤により止まる事が出来ないグールは次々と貯水池に墜ちていく。
墜ちたモノは上から降ってくる仲間の下敷きになり水底へ沈んでいく。
グールと言えども生きて呼吸する必要がある生物、それが出来ず、逃げ出す為に泳ぐ事がグールには出来ない。
その結果がノヴァの目の前に積み上がっていく。
「御見それいたしました。まさかこのような方法を考え付くなんて頭がおかしいのではないですか?」
貯水池に浮かぶボートの上には一体のアンドロイドが乗っている。
突貫で作り上げた急造品の身体、その頭部には新顔のアンドロイドが収まっており、機体は出力の限界近くまで稼働させて縄を全力で引っ張っている。
その縄の先にはノヴァに結び付けられ、アンドロイドの馬力に合わせる様に貯水池を泳ぎ辿り着いたボートに乗り移る。
「……必要だからやっただけだ。そうでなければ誰が命懸けの鬼ごっこなどするものか」
新顔のアンドロイド、名前は付けないでくれと言われたのでコードネームとして『二号』と呼んでいる。
急造品ではあるが身体を得た事で精神的に若干落ち着いてはいる、それでも毒舌は変わらなかった事から素なのだろう。
だが二号の毒舌に反応する余裕は無かった。
体の酷使に伴う疲労は確かにある、だが目の前で大量の水死体が生まれていく光景からノヴァは眼を離せなかった。
貯水池に足場が出来る程の死体が積み重ねり、その上を足場にしてグールが迫ってくる。
だが足場は容易く崩れ、その上にいたグールは新たな水死体となった。
一心不乱に進み、水に溺れ、死ぬ、その光景を、死の行軍をノヴァは見続けていた。
その行軍が終わり、ボートの上で身体を休ませてると朝日が昇って来た。
対岸にいた数え切れない程いたグールの姿は消え、貯水池は元の静けさを取り戻した
「……核融合炉の確保に行く」
ノヴァは少し休めたことで体力が戻った身体を動かす。
修理再生センターに向かうノヴァの背後には二号が付き従っていた。
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