第6話 Hello world

 デカい虫がいる。

 名前は覚えてはいないが初めて会った巨大ゴキブリとはまた違い、あれよりも一回り大きく虫系ミュータントに在りがちな生理的嫌悪もまた大きくなっている。

 正直に言えば見なかった事にしてスルーしたいが今は出来ない。

 そして虫系のミュータントは総じて高い俊敏性を持っており、正面から戦えば高い俊敏性を活かして器用に逃げ回り、襲ってくる面倒な敵である──よって気付かれない内に迅速に処理する必要がある。


 改造したクロスボウを構え引き金を引く。

 限りなく無音で放たれたボルトが狙いを違うことなく甲殻を撃ち抜き、中身を床にぶち撒ける。

 虫であっても中心部にある重要器官を潰されれば一撃で死ぬのは変わりなく、それでも静かに虫に近付き、死んだ事を確認してからボルトを回収する。

 そんなステルスキルを続ける事十七回、体力にはまだ余裕があるが精神的な疲労は少しずつ溜まってきている。

 それでも精神的な限界にはまだ遠く、体力には余裕がある事から足を先へ進めていく。


 ゲームでのキャラの能力はクラフト関係に特化していたが素材にはミュータントからしか取れない物もあり、戦闘は避けられないものだった。

 だが正面切っての戦いは好みではなかった、それで敵に気付かれず一撃で仕留めるステルス戦闘に関する能力を高めコッソリとクラフト素材を奪っていくプレイをしていた。

 そして実際に戦っていればステルス戦闘に関しては身体が覚えているのか今のところ上手く行っている、後は回数を重ねて慣れていくしかない。


 それから何度かステルスキルをこなした後にようやく目的地に辿り着いた。

 目の前には分厚い金属製の扉、その上に嵌め込まれているプレートには『資料庫』と書かれており、目に見える大きな破損や損傷はなく、表面は若干錆びついている程度。

 また触って詳しく調べれば扉の機能自体は壊れておらず今でも中身を守り続けている事が分かった。

 取手を捻ってみると当たり前だが鍵は掛かっている。

 だが自作の鍵開け道具を使って難なく解除、そして音を立てないように部屋の中に侵入する。

 中は光が全くない暗闇だが手回し発電機を付けた懐中電灯を灯せば中を調べる事ができる程度の明かりは確保できた。

 そして部屋の中を物色すれば目的の物は直ぐに見つかった。


『新薬承認、電脳治療の活路開く』


『帝国 遺伝子組み換え兵士を運用、世界人権委員会の勧告無視』


『連邦 予備役招集7個師団増員』


『兵器関連株急騰、医薬品の値上げ相次ぐ』


『アンドロイド法案通過、施行は翌年』


 日本では見ないような見出しが書かれた新聞が其処には良好な保存状態で残されていた。




 ◆




 行商人のポールとの会話では改めて自分の無知さ加減を思い知らされる事になった。

 幸いにもポール自身が深く踏み込んでこなかったから今の所世間知らずですんでいる。

 だからといって無知のままでいて良い訳ではない。

 この先ポール以外と会話をするような事がないとも言い切れない以上ある程度の前提知識は知っておきたい。

 だからこそポール達と会話をした翌日は素材回収ではなく情報収集を行うことにした。

 その行先になったのがこの街にあるであろう図書館、だが地上部分の蔵書は朽ち果てている可能性が非常に高い、だからこそ地下にあるであろう資料保管庫を狙った。


 そして狙い通り中は外部からの影響を遮断することで多くの書籍や雑誌を保管していた。

 その中には新聞や専門書も多くあり情報収集に最適な教材であった。


『新型サイボーグパーツ発売、セットで割引あり』


『個人宅向けシェルター売り上げ倍増』


『帝国・連邦 一触即発』


『帝国が連邦の防空識別圏侵入、機体は爆撃装備』


『外務大臣、帝国への厳重抗議』


『コルネ国で生物兵器テロ、帝国は連邦の関与を主張』


『帝国、生物兵器をジブチ基地へ移送か』


『連邦は帝国を非難、軍事的緊張の緩和を訴える』


 それにしても日本ではまず見ることが無いようなショッキングな見出しが所構わずに書かれている。

 雑誌に至っては記者の憶測も多分に含んだゴシップ紛いの記事も多くある。

 だが多くの新聞や雑誌では戦争間近の不穏な当時の状況を生々しく綴っていた。

 そんな彼らも戦争は避けられないと何となく分かっていたのかもしれない。


『世界の終わりか、帝国と連邦間で緊張高まる』


 手に取ったのは最後の新聞、これ以降の発行は無く、この時を境にして世界は大きく変わってしまったのだろう。

 社会、通信、エネルギー、インフラ、今まで当たり前にあった物が破壊され、寸断され、致命的な損傷を負ってしまった。

 其処から復興する事が出来ず今のポストアポカリプスな世界になってしまった。

 その事に思い馳せれば机に置いてあるピストルの持つ意味が変わってくる。


「そんな彼らからしてみれば、この銃も貴重な戦力なのか……」


 ポールから買った銃と弾丸、銃は作りが荒く辛うじて射撃機能を持つ程度でしかなく、弾丸も粗雑な材料で作られ威力は期待できそうにない。

 それでも遠距離からミュータントを殺せる可能性がある武器というだけで高値で取引されている。


「だからこそ、今よりも強力な武器が必要だ」


 今あるクロスボウでは限度がある。

 ポールが護衛を雇って移動しても襲われ運が悪ければいとも簡単に死んでしまうのがこの世界だ。

 生きる事だけでも命懸けな世界、其処で安全に生きるにはどうすればいいのか考えれば幾つか案が浮かんではくるが良案とは言えない。

 例えば、ポールが巡回している集落に紹介してもらい入る、これも一つの手だが期待は出来ない。

 聞く限りだが現状でも余裕が無い運営、何より極限状態下で運営される閉鎖社会は正直言って恐い。

 日本の田舎でさえ閉鎖的な社会が問題視されているのにこの世界での村八分なんて考えたくも無い。


 ならば一人でサバイバルを続けるか、自力で勢力を築いて安全を確保するしかない。

 そのどれもが前提条件として自前の戦力なり物資が必要だ。

 現状に当てはめれば能力を活用する為にボール盤や旋盤、金属3Dプリンター等の工作装置が必要であり、それらを運用できる電源も欠かせない。

 それらの入手や確保はどれもが困難な事ではあるが達成できなければこの廃墟に隠れ続けるしかない、そんな生活はまっぴらごめんだ。


「目指すは、健康で文化的な最低限度の生活!」


 資料庫から持ってきた拠点を置いてある町を中心として描かれた大きな地図、それを拠点の壁に貼り付ける。


「先ずは電源と工作機械の確保、それからマシな武器防具を作って活動範囲の拡大。最終的に自給自足かつ自衛可能な戦力の確保」


 男、ノヴァは地図を隈なく眺め、ある一点にピンを指す。

 そこに描かれていたのは『修理再生センター』、ここからノヴァの生存戦略が始まる。

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