第5話 命のお値段

「いや~、助かりました。まさかこんな所でお医者様に出会えるとは。おかげで命拾いしました」


 いや、此方も驚きだよ。休憩中か、もしくは武器を持った二人に襲われているのか、といろいろ考えながら近付いて行ったら三人とも顔が青白くなって今にも死にそうな表情をしてました! なんて想定できないわ。

 何なの、グールに不意打ちされて傷を負わされて、低確率の状態異常になったとか運悪すぎない。

 特に二人は銃持っているんだろ、武器は飾りかよ。


「いえ運が良かっただけです。手持ちにある薬で治らなかったら今の私ではどうすることもできませんでしたよ」


 なんて悪口は胸の内に留めて、いかにも心配しています! な表情をする。

 これによっていきなり現れた不審者ではなく、いきなり現れた親切な不審者(男性)と相手が思ってくれる筈だ。


「ところで何故貴方の様な腕の良いお医者様がこんな場所に居るのですか?」


「はは……、まあ、色々ありまして」


 医者ときたか、ゲームではクラフトをやりこんでいて医薬品も全種類作成可能になる程やりこんだ事を覚えてはいたが此処で役に立つとは考えてもいなかった。

 三人に与えた薬は序盤でも作れる代物であり、グールやミュータントに備えて拠点でちまちま作っていた代物、それを探索時に常に持ち歩き備えていただけで貴重品でもなんでもない消耗品だ。

 だが序盤の作成可能な回復薬程度で医者だと誤解される。

 其処から推測すれば、この世界って医薬品や医療技術収めた人って貴重な存在なのか? 


「申し訳ありません、会って間もない方にいきなり尋ねる事ではありませんでした」


 なんか一人で納得してくれたけどあれかな、頭の中ではすんごい設定になってない俺? なんか色々あるって言ったけど、其処迄重くないからね、ただ異世界転移してきただけだから! ……いや、結構重いわ。


 それから行商人の体調が回復するまで色々と話す事になった。

 此処は何処なのか、この近くにある集落や、ここからかなり遠いところにある都市について、旅をしているお陰か行商人の見識は広く今まで知らなかった事の多くを知ることができた。

 それに命を救ってくれた事に恩を感じているのか無知を晒しても嫌な顔をせずにその都度教えてくれてるため此方も会話に夢中になってしまった。


 ところ変わってポチは護衛の二人にアニマルセラピーを提供していた。

 撫でられると素直に甘えてくる姿に険しかった護衛の顔もほころんでいる。

 グッドコミュニケーションである。


「この地方を巡回している途中でしたか」


「ええ、私以外にも何人か行商仲間はいますが此処辺りでは私を含めて四人位ですかね」


 行商人はこの辺りの地域を巡回しているらしく、出会った時も次の集落に行く途中だったようだ。


 この世界において生き残った人類はそれぞれ小規模な集落を作って生活を営んでいる。

 その大きさはまちまちで、大きな集団もあれば小さなものもある。

 そしてどの集落も完全な自給自足とはなっておらず行商人を通して足りないモノを融通し合っている。

 その実行役である行商人達はミュータント蔓延る世界に繰り出すにあたり護衛を雇ったりと集団から色々な便宜を受けている。

 そもそも命懸けな仕事であるからこれくらいしないと成り手がいないという切実な事情がある。


「ちなみにどんな物を取り扱ってますか?」


 そう尋ねると行商人は飼い馴らしたミュータントの背に載せてある商品を見せてくれた。

 ナイフ、眼鏡、斧、水、食料、ハンマー、衣服、鉄製ナックル……、武器多くない? など品揃えは良いのだろう、実に多種多様な商品があった。


「これは……」


「売れ筋ではありませんが自衛に事欠かない以上、需要は常にありますよ」


 そして行商人の持つ商品の一つで特に興味を引かれたのがピストルだ。

 だが自分が知っているモノとは似ても似つかない代物、雑誌に載っていたような工業製品としての美しさや機能美は無く、手作り感満載の自作の銃である。

 威力や精度、整備性等には期待できない、それでも今後の自分で銃を制作する際の資料の一つにはなる。


「……ちなみに幾らですか」


「命の恩人ですので少しだけ値引きしますが、50発ですね」


「……発?」


「ええ、こんな世界ですから普遍的な価値があるモノとして通貨の代わりに銃弾が流通しているんですよ」


 う~ん、流石ポストアポカリプスな世界。

 通貨の価値を保証してくれる国家も何もかも残っていないから銃弾に価値が生まれるとは。

 しかも銃弾の種類によって価値が変わるとは、12.7ミリだと価値はどれくらいあるのだろうか。

 あと今までの会話で間違いなく銃弾は何処かでは補給されて流通しているのが分かった。

 そうでなければミュータントや無法者から自衛するだけで通貨代わりの銃弾は尽きてしまうからだ。

 そして銃弾を作れる技術を持つ集団はこの世界では最強に近い武装集団だろう。


「済まない、持ち合わせがないからまた今度……」


 流石に町には銃弾の類いは残っておらず、大抵のものは持ち去られたか風化等で朽ちたのだろう。

 いや探せば見つかるかもしれないが、当てもなく可能性はゼロに近い。

 そうであれば残されたのは何か価値あるものを使った物々交換しかない。

 だが、今の自分が持っているのはクロスボウに、鉄パイプ、生活に必要不可欠な工具類と拠点にため込んでいるガラクタ位しか……、いや、一つだけあった。


「すいませんがコレはどれくらいの価値がありますか?」


 行商人に差し出したのは小瓶、その中には自作した薬が入っている。

 自分にしてみれば材料と設備さえあればゲームの序盤から作れた回復アイテム、毒の状態異常を解毒し、僅かに体力を回復させる程度。

 そして現実と化したこの世界においても同様な効果を発揮したこの回復薬の価値は幾らなのか。


「これをいいんですか! 貴重な代物ですよ!」


「自作です、薬学を修めているのでこれ位であれば材料が揃えば作れます」


 如何やら価値はかなり高いようだ、その効果は実際に体感した行商人が良く分かっているからな。

 無論行商人が嘘を言って安く買いたたこうとしている可能性も皆無ではない。

 だが、それはそれで勉強料として払ってしまってもいい、この人には色々と聞けたから情報料だと思えば安いモノだろう、そんな事を考えながら小瓶に視線を彷徨わせていた行商人を眺める。

 だが迷いが長く続くことは無く、何かを決めたのか行商人の視線は先程迄の優しそうな物から一変していた。


「如何やら私は幸運に恵まれたようです、これ程のお薬となればピストルと銃弾もお付けしましょう」


 正直に言えば驚いている。

 中古品のピストルとはいえ小瓶の薬では足りないと考えていたが、ピストルに加えて銃弾もオマケでくれるとは予想外だ。

 ……絶対なんか裏があるに違いない、話が上手すぎる、もしかしなくても厄介ごとの匂いがプンプンするぜ! 


「それと可能であれば今あるお薬を可能な限り買い上げたいと思います。勿論、そちらにお支払いする代金分の商品をこの場でお売りいたします」


「素晴らしい取引だ、今後ともよろしくお願いしたいのだがいいかね」


「勿論です。今後ともよい取引が出来る様に努めましょう」


 流石は行商人、生き馬の目を抜くが如く商機を逃さない姿勢には感服するしかない。


「それと、私はポールといいます。お名前を聞いても」


 名前……、名前か、此処で名乗るべき名前は何が良いのだろうか、適当にでっち上げた偽名か、それとも日本にいたころの名前か。

 ──いや、どれも違う。まだ数日しか経っていない、だがこの身体が覚えている知識、技術は昔の私が必死に考えて積み上げて来たモノだ、ならば名乗るべき名前は一つしかない。


「ノヴァ、私の名前はノヴァだ」


 それがゲーム世界において男が名乗っていた名前だった。

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