第3話 慎重に行こう

 この世界におけるミュータントは大多数が敵対的な存在であり、プレイヤーを見かけ次第襲ってくる。

 相手が強いから逃げようと言った本能は無くプログラムされたアルゴリズムに従って動くだけの存在だ。

 だからこそプレイヤーの射撃の的になり、時には金策として大量に乱獲されるのがゲームにおけるミュータントの宿命・・だった。


 そう、それは過去の話、遠く男の視線の先にいる人型ミュータントのグールはゲームで狩られる雑魚ではない。


 かつては人間だったが特殊なウイルスに感染してしまい生きながらに変異してしまった存在。

 理性は無いが本能のみで動き、加えて鋭い爪を武器にして襲い掛かり低確率で毒の様な状態異常を引き起こす。

 幸いにも五感は退化しているのか余程の大きな音を出さない限りは襲い掛かってこない……筈だ。


「どうする、無視するべきか、戦うべきか……」


 正直に言えば勝てたとしても旨味がない。

 戦う事は現状では余計なリスクでしかなく、傷が元で感染症に罹ってしまえば治療の手立てがない。


「だけど回り道する余裕が無いんだよな」


 今、男がいるのは多少栄えていたであろう田舎町の一角。

 仮拠点として住み着いた町であり今は探索ついでに彼方此方見回りながら屑鉄や使えそうな廃材を集めていてその帰りだ。

 拠点周りの安全確保はしたつもりではいたが、如何やら漏れがあったらしく、そのせいで拠点への帰り道でミュータントと遭遇することになってしまった。

 


 此処で無視して帰る事も出来るが日が暮れ始めた今、夜中にグールを警戒しながら寝るのは辛い。

 何よりも何処から侵入してきたのか、侵入経路を探し出すために邪魔なモノは事前に取り除いておきたい。


「ポチ、ステイ」


 ネズミの丸焼きで懐いた犬はポチと名付けられた。

 安直な名前であるが名付けられた犬は不満げな様子もない。

 加えてかなり賢いのか此方が指示を出せば素直に従ってくれる、正直に言って一人での活動に早々と限界を感じていた男にとってポチは正に救いの神だった。

 僅かな異変を感じ取る警戒装置としても優秀であり、おまけに撫でれば素直に甘えてくる姿はささくれ立った心を癒す強力なアニマルセラピーとなった。


 そんなポチから離れ、足音を立てずにグールの背後に回り込む。

 幸いにも相手には気付かれることなく位置取りをする事が出来た。

 無論、五感の鈍いグールであり一匹しかいなかったから出来た事でもある。

 そして真後ろから突貫作業で作った最低品質のクロスボウを構える。

 錆が付いたままの板バネが変形しながらギシギシと小さな音を立てる、それでも板に蓄えられた力はそれなりのモノであり、手作り感満載のボルトを放つには十分だった。


 引き金を引き、クロスボウからボルトが放たれる。

 グールとの距離は20メートル程、クロスボウの射程内、そして外れることなくボルトはグールの身体にめり込んだ。


「グギャッ!」


 身体の中心から外れたが右胸に突き刺さっている。

 肺は確実に潰している、普通の生き物であれば激痛で動けない筈、だが相手はミュータント、これ位の痛みで狼狽える軟な相手じゃない。


「ポチ、ゴー!」


 此方に振り向いたグール、その背後からポチが襲い掛かる。

 反応も出来ずに鋭い犬歯を右足に突き立てられバランスを崩したグールは前のめりに倒れる。


「──グ……」


 グールは息を吸い大声で叫び出そうとする。

 『呼び声』と名付けられたその行動は大声で叫ぶと近くにいる同じグールを呼び集める、序盤におけるグールの厄介な能力。

 ”一匹いれば三十匹いると思え”、それがグールに数の暴力でボコボコにされたプレイヤーの恨み言として有名だ。


 だが叫ぶ暇は与えない。

 クロスボウは置き去りにしている、ポチが走り出したと同時に駆け出しもう一つの武器を構える。

 其処ら辺で拾った錆びた鉄パイプ、ソレを上段から勢いよく振り下ろす。


 狙い違わずに鉄パイプはグールの頭蓋にめり込んだ。

 行き場を失くした脳髄が頭蓋から溢れ両目から零れ落ちると同時に生命活動は完全に停止した。


「駆除完了、ポチも良く出来ました」


 やりました!と元気に尻尾を振りながら近付いてきたポチをわさわさと撫でてあげる。

 気持ち良さそうに目を細める愛犬に心を癒されながらも、未だにドキドキと心臓が鳴っている。


 結果を見れば仲間を呼び寄せる前に仕留め切れた、怪我も負っていない、だがこのままでは心臓が保たない。

 ゲームでは簡単に倒せたはずの存在が現実になって襲ってくる、それが途轍もないストレスになっている。


「強い武器が欲しい……」


 出来れば序盤に登場するようなミュータントを一方的に殺せるモノ。

 目標はファーストルック・ファーストショット・ファーストキルだ。

 そうすれば夜には安心して眠れるだろう。

 そんな事を考えながら男はポチと共にクロスボウと収集した廃材を背負って拠点への道を歩き出した。

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