第2話 きびだんご(団子ではありません)
男には逃げられない時がある、それは大事な会議だったり、人脈作りの為のクソみたいな飲み会だったり、受注生産限定のお高い玩具を買う決断を下す時だったりと様々だが、まあ、色々ある。
だからこそこんなクソみたいな世界に迷い込んでしまった自分にもその時は訪れる、むしろ世界が世界だけにこれから訪れる数多くの苦難、その始まりの場面かもしれない。
無論逃げる事は出来る、だがそれは問題の先送りであり、今現在の男からすれば貴重な時間を浪費するという代償が伴う。
そしてコレは先送りするだけで最後には自分で決断し解決するしかないのだ
「逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ……!」
何処かで聞いた事があるような台詞を口ずさみながら、視線をあちこちに彷徨わせ、独り言を呟きながら、そして男は覚悟を決めた。
視線を定め、気合を入れ、口を大きく開けて喰らい付く────ネズミの丸焼きに。
「ブボァッ!?ゲホッ、ブゲホ!?!?ひんッ……!」
想定の三倍以上不味かった。
◆
自力で仕留めたネズミを焚火で焼き上げて、それを食べた。
文章にすればなんてことは無い一文にまとまってしまうが最後の食べるが曲者だった。
未だに口に残る不味さは二度と味わいたくはない。だがそうも言ってられない事情がある。
「クソ不味かったが、これで飢え死にはしない筈……だよな」
涙目になって食べつくしたネズミはこのポストアポカリプスな世界において雑魚ミュータントの一種である巨大ネズミだ。
雑食且つ繁殖力が強い、オマケにミュータント化したことで巨大化しており季節も場所も問わず何処にでもあらわれる存在。
ゲームでは序盤の戦闘における指南役として数え切れない程プレイヤーに命を捧げてくれて、ゲームが進行すれば路傍の石のように雑に扱われる悲しき定めのミュータント。
オマケにドロップする素材はゴミとか自身の肉といった利用価値が限りなくゼロに近い。
男もゲームでは無視するか射撃の的程度にしか扱ってこなかったが、今は違う。
ゲームの中に存在する数あるゲテモノ食材の中で序盤で入手可能であり、難易度も低い、おまけに巨大ネズミは彼方此方に居るので絶滅する心配がない。
何より食べた際のデメリットが無いのが素晴らしい!
「流石にミュータントの食べ過ぎで突然変異とか起こしたくないしな。でも医療系アイテムや医療設備があればゲテモノでも食べられるか……?」
医療系アイテムや設備を作るとなれば様々な素材、専用の設備が必要となる。
無論今の男は素寒貧の状態であり、逆立ちしたって医療系アイテムを出す事は出来ないし最新の医療設備を用意する事も出来ない。
だが男は何も持たないレベル1の蛮族ではない、異世界転移のお約束とも呼べるチート能力を持っている!
……もっているのだが
「何だよこれ、作りたい物の作成手順や仕組みが分かるだけって。しかも全自動じゃなく自分の手足を使って作るしかないのかよ」
そう、材料さえそろえばスキル使用!全自動で目の前に出現!といった感じで生み出されることは無く、呪文をホニャララと唱えるだけで出来るわけでもない。
文字通り作り方と仕組みが分かるだけで自分の力で作り出す必要があった。
「……それでも無いよりはましか、このお手製ナイフでも何とかネズミは倒せたんだ」
自分の手が握っている粗削りなナイフ、そこら辺の廃材から作り出したソレは設備も経験も無い自分で作り上げたものだが品質は良くない。
ソシャゲ風に言えばN(Normal)以下の物だろう。それでも手ずから作り出したものだと考えれば少しだけ誇らしくもある。
「それにしても、これからどうするか……」
男は異世界転移したならば童心に帰り世界を救い、美人を侍らせて酒池肉林を尽くすぜ!……と考えているのではなく、真面目に今後の生存戦略について考えていた。
なにせゲームであったからこそ楽しむ事が出来たポストアポカリプスな世界、其処に平和な日本ですくすくと育った自分が放り込まれてしまったのだ。
下手をしなくてもこの世界には死が溢れており、少しの油断で死んでしまうのだ──割と惨い死に方で。
「……だけどなんも覚えてないんだよな!ストーリーも勢力も地形も、み~んな!つうか何年前のゲームだよッ、今じゃ仕事で忙しくて昔みたいにゲームも出来ないし、続編出なかったから今まで忘れていたのに!」
だからこそ真剣になって男は考える、これからどうするか、どうやってサバイバルしていくか、昔の記憶を何とか掘り起こして有益な情報を得ようとした。
──故に気付かなかった、思い出す事に集中し周囲への警戒がおろそかになった瞬間にソレは現れた。
抜き足差し足忍び足、足音を立てないようにゆっくりとソレは男に近付いて行く。
そして男の真後ろから枯れ枝を踏み抜いた音が聞こえて来た。
「!?」
男は音を聞いた瞬間に現実に引き戻され、そして振り返る事が出来ずにいた。
自分の後ろには何かがいる、それが分からない、だが振り返るのは恐ろしく、下手に動き出せばその瞬間に何かが喰らい付いて来るのではないか、そんな事が頭の中を駆け巡り動き出す事が出来ない。
そして一秒が経ち、五秒が経ち、十秒が経ち……、何故かいまだに後ろでいるであろう何かは行動を起こさない。
動き出すのを待っているのか、それともただの気のせいであったのか。
だが考える時間を与えられた男は覚悟を決めた──先ずは勢いよく振り返り、腕を高く掲げ、変顔をしながら大声で奇声を発して威嚇することに。
男も結構いっぱいいっぱいだった、それでも覚悟を決めたのか男は後へ振り返る。
其処に居るであろう何かに対してビビって逃げてくれと願って。だが目の前にいたのは巨大な虫やミュータントなどではなかった。
四つ足で大きさは自分の腰程、薄汚れてはいるがふさふさとした毛が生えており頭部にはピコピコと動く三角の耳。
「ワンッ!」
犬がいた、犬種で言えばジャーマン・シェパードぽい感じの大型犬、しかもお座りをしている。
何故に犬!?と頭の大部分に更なる混乱が齎されたが冷静な頭の一部は謎を解き明かそうとその犬を念入りに観察する。
そして気が付いた、犬が口から涎を垂らしている事に、そして視線を向けている先が自分ではなく焚火であり其処で焼いているネズミであることに。
「お手」
差し出した右手に犬は迷いなく前足をのせた。
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