迷い込んでしまったのはポストアポカリプスな世界でした(旧題:ポストアポカリプスなう!)
@abc2148
チュートリアル!?
第1話 懐かしい世界
ポストアポカリプスとは何か?
と聞かれればネットから答えは簡単に拾う事が出来る、要約すれば終末論に基づく最終戦争や大規模な災害で滅んだ後の世界を指し示す言葉である。
だが●●●ならこう答える──夢も希望も未来も潰えたどん詰まりの世界と。
◆
目が覚めたら知らない場所に男は立っていた。
焼け焦げた地面、丸焼けになってフレーム剥き出しのまま放置された車、枯れた木々やヤバい色をした植物。少し視点を遠くへ向ければ廃墟と化した街並み。
過疎化した地方と言うには荒廃が進み過ぎた光景は現実味がなく、男は少しの間目の前の光景をどこか遠い外国の風景であるかのように眺めていた。
「……それでナニ、此処何処?」
男が口に出した疑問に答えてくれる者はいない。
言葉は乾いた空気に消える、目の前に広がるのは相変わらずの荒廃した光景である。
仕方なく男は現在位置を確かめる為に服からスマートフォンを出そうとした。
「あれ?スマホがない、何処かに落とした?」
しかし何時もの定位置であるズボンのポケットには何も入っていなかった。
それだけではない、何時もの見慣れた服装とは似ても似つかない草臥れた服を男は着ていた。
謎である。
突如として見知らぬ場所に立っていた事に加え服装まで変わっているとなると流石におかしい……が、だからと言って男に何かが出来る訳でもなかった。
有効な手立ては特に思いつかなかった男は仕方なく歩き出した、取り敢えず見晴らしのいい場所を見付けて場所の検討だけ付けようと考えたのだ。
そうして男が訳も分からず荒れ果てた道を進んで行き──とある風景を見て男の足が止まった。
「……なんか見た事があるな」
男は立ち止り、目の間に広がる風景を詳細に見つめ続ける。
何かが引っ掛かる、既視感とも言える僅かな取っ掛かりを元に自らの記憶の奥深くに沈んでいく。
時間の経過に伴い男の既視感は少しずつ強まっていき──そして答えを見付けた。
「あっ、この風景はゲームのパッケージに描かれていたものと同じだ」
漸く思い出した、目の前の風景はかつて夢中になって遊んでいたゲーム、タイトルは忘れてしまったが核兵器や生物兵器といった戦略兵器で荒れ果てた世界を生き残るゲームにそっくりだった。
ゲームの内容はポストアポカリプスでオープンワールドな世界でプレイヤーは生存する為にサバイバルを行い、出てくるミュータントと戦ったり自分だけの秘密基地を作ったり出来る非常にマニアックな洋ゲーだった。
無論、ゲームだけあって遊び方は無数にありプレイヤーを超人にして無双プレイも可能であったり、NPCを扇動してゲーム内の勢力同士を戦わせることも可能であったりと幅広い遊びが可能であり動画投稿サイトには数多くの名作が生まれたものだ。
「懐かしいな。何度も徹夜して遊んで…、寝不足で痛い目に遭ったこともあったな」
そんな事を考えながら後ろを振り返れば目に映るのはモニターで見た映像がそのまま…、いや現実と見誤る程の情報量を持った景色が目に飛び込んできた。
据え置きのハードでは性能の限界からか描写が出来ずぼかされていた部分もくっきりと見え、尚且つ視覚、聴覚だけでなく嗅覚や肌を通り過ぎる風などを感じる事も出来る。
まるでゲームの世界に入り込んできたような感じだ。
「いやはや、昔このゲームに夢中になった1プレイヤーとしては嬉しい夢だな」
そんな事を言いながら道端にあった錆び付いたガードレールに腰掛ける。
尻に感じる感触も現実と大差なく益々この夢に感心してしまう。
だが夢は何時かは覚める物、そんな事を考えながらぼんやりと空を眺めていると近くの茂みが揺れ出した。
今は風は吹いていない、つまり茂みが揺れると言う事は……。
「うおっ、夢で見るにしてもコレは無いだろ……」
目の前の茂みから現れたのは膝位の全高を持つ虫、そう、掃除が行き届いていない不潔な家に現れるGをモデルにした巨大な虫だ。
触覚をわさわさと動かしているのは周囲の環境を把握する為なのか、とにかく見ていて気持ちいいモノではない。
男は気付かれないように抜き足差し足で虫から離れようとし──しかし虫の頭がこっちを向いた。
「うわぁあああああ!?!?」
男は巨大昆虫が振り向いた瞬間に脇目も振らず絶叫を上げながら走り出す。
恥も外聞もなく全力で逃げ出したが後ろからカサカサと音が聞こえる。
振り返るまでも無く巨大昆虫が追いかけて来ている。
その事実、恐怖が男の火事場の馬鹿力を発揮し荒廃した世界を今迄経験したことが無い速度で駆ける事を可能にした。
其処から始まるのは男と昆虫の生死を掛けた鬼ごっこ、端的に言って地獄と言えるだろう。
◆
「ダメ、……、もう、走れない」
一体どれだけ走ったのか、スタミナが続かなくなるまで男が走り続けていたら巨大昆虫の追跡はいつの間にかなくなっていた。
その事に気が付いたのはスタミナ切れで倒れこんだ時であり、それによって緊張が途切れた身体にはより一層の疲労感が襲ってきた。
「もう嫌、夢なら覚めてくれ……」
最初は懐かしく心躍る夢だと思っていたのも昔の事、今では夢から覚めて早く現実に戻りたいと男は切実に思っている。
そして夢から現実に目が覚めても当分の間は常に街中の茂みに恐怖を持つことに違いない。
それでもいいと男は道端に座り込み早く目が覚めろと強く念じる。
だが一向に夢から覚める気配がしない、現実と見誤る程の情報が絶えず男の五感に送られるだけだ。
「……夢から覚めるには恐怖を感じるのが手っ取り早いけど」
夢から覚める切っ掛け、男の小さいころからの経験則上では夢の中でとても怖いと思った瞬間に目が覚めていた。
それは夢の中で底の無い穴に落ちる瞬間であり、車にぶつかった時だ。
だが現実と誤認しそうな程の精緻極まる夢では落下、追突共に怖すぎるので手近な自傷行為で目を覚ますとする。
やる事は単純、目の前にある枯れ木の幹に勢い良く頭突きをするだけだ。
「いくぞ、いくぞ!」
へっぴり腰になる身体を掛け声で奮い立たせた男は頭を枯れ木にぶつける。
そうして割と勢いよくぶつかったせいで今まで感じた事の無い痛みと頭蓋全体を揺るがす衝撃が駆け巡った。
だがこれで夢から覚める条件は満たした、痛みと衝撃で頭を回しながらも男は夢から覚める瞬間を待った。
だが幾ら待とうと夢から覚める気配はない、只々頭が痛いだけだ。
「覚めない、何で!?」
意味が分からない、これだけ頭が痛いのに男の眼前に広がる風景は何も変わらない。
眼に涙を浮かべながら、もしや痛みが足らなかったのかと思いついた男は再び幹に頭をぶつけた。
二度目は更に勢いよくぶつけたせいで更に強い痛みが駆け巡る──だが未だに夢からまだ覚めない。
三度目は皮膚が切れたのか血が一筋流れた──だが夢からまだ覚めない。
四度目は無かった、これ以上ない程痛む頭を更にぶつける気力は男になかった。
絶えず襲ってくる痛みで気力が尽きた男はその場に座り込んでしまう。
それでも痛む頭を何とか働かせてこの出来の悪い夢の正体を明かそうとして一つの考えが男の脳裏を稲妻の如く駆け巡った。
それは我が国、日本の文学作品において一大ジャンルであり男が今でも嗜んでいる大好きなジャンル、それは異世界転移。
甘酸っぱい乙女ゲーだったり剣と魔法の中世ファンタジーが定番の一大ジャンルであり、そこで目が覚めた主人公がなんやかんやあって大成する成り上がりの物語。
しかし残念ながら此処は男が夢見るような希望とロマンに溢れる世界では無かった。
此処は崩壊と汚染と破壊が満ちた”ポストアポカリプス”の世界。
「異世界転移ってやつですか!?」
かくして、乙女ゲーでもファンタジーゲームでもない、ポストアポカリプスを題材にした洋ゲーの終末世界に迷い込んでしまった男の慟哭が世界に放たれた。
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