第7話

 詳しい話を聞く為に、大河と小町は事件現場である教室に戻った。


「体力測定から帰ってきて着替えようと思ったらあーしのブラがなくなってたの」


 リサは困惑した様子で腕組みをしながらそう告げた。

 スラリとした体形に反して、リサはかなりの巨乳の持ち主である。

 腕組みをしているせいで、猶更それが強調されている。

 腕組みと言うよりも、両腕で胸を支えていると言った方が正しいような状態だ。


「なくなってたって……。つ、つまり今は、ノーブラって事か!?」


 ゴクリと唾を飲み込むと、大河はリサの胸を凝視した。


「ジロジロ見るなぁ!?」

「ぐはぁああああ!?」


 すかさず小町が目つぶしを食らわし、大河は両目を押さえて悶絶する。


「……いや、普通にブラしてるけど」


 そんな様子にドン引きしながらリサが告げる。


「おい小町!? 冤罪だぞ!?」

「ぶ、ブラしてたって女の子の胸ガン見して良い事にはならないでしょ!?」

「正論言うなよ!」


 ギャーギャー言い合うと。


「「……は?」」


 二人は同時に首を傾げた。


「ブラしてるって、なくなったんじゃなかったのかよ?」

「ていうか、そもそも体操服に着替えるのにブラは脱がないわよね?」

「委員長はそうかもしんないけど、あーしの場合は胸大きいから、運動する時はそれ用のスポーツブラに着替えてんの。なくなったのは普段使ってるお洒落な奴」

「フガッ!?」


 小町はショックを受けてふらついた。


「マジかよ!? どんだけでけぇんだ!?」

「Gカップだけど?」


 驚く大河に、リサは得意顏の裏ピースで答えた。


「じ、Gカップ!? こいつはグレートだぜ……」

「……だから、ジロジロ見るなって」


 目を血走らせる大河を、フラフラしながら小町が注意する。

 小町はブンブンと頭を振ってショックから立ち直ると。


「とにかく、与那覇さんのブラがなくなったって事は分かったわ。それでこのスケベ魔人に窃盗の容疑がかかったってわけね」

「だってこいつ以外考えられないっしょ? 自己紹介の時も女目当てだって公言してたし、いつもエロい目であーしらの事ジロジロ見てるじゃん」

「待て待て待て! 確かに俺は女目当てで愛聖に入ったし、四六時中エロい目で女子を見ちゃいるが、誓って盗みはやってねぇ! てか、男子なら俺の他にもいるだろ!?」


 と、大河はクラスの端で存在感を消していた数名の男子に視線を向ける。

 大河のせいで空気になっているが、一応一組には他にも男子はいた。

 モブ男子達はギョッとすると、無実を訴えるように必死に首を横に振る。


「……そうだけど。怪しさで言ったら佐原がダントツでしょ?」

「そーだそーだ!」

「あんた意外にあり得ないでしょ!」

「エッチ! スケベ! 変態! 泥棒!」


 リサの言葉に、大河を快く思っていなかった女子達がここぞとばかりに騒ぎ出す。


「エッチでスケベで変態なのは認めるが泥棒ではねぇよ!?」


 言い返す大河の隣で、小町はやれやれと肩をすくめる。


「これも日頃の行いね……と、言いたい所だけど。こいつは盗んでないわよ」

「おぉ小町!? 信じてくれるのか!?」


 大河が歓喜する一方、リサは冷ややかな視線を小町に向けた。


「……こいつの事危ないって言ってたの委員長じゃん。それなのに庇うような事言うんだ?」

「あたしだってこんな奴庇いたくないわよ! でも、仕方ないでしょ? 身体測定の時も体力測定の時も、あたしはずっとこいつのそばに居て悪さしないように見張ってたんだから。こいつには、こっそり教室に戻って与那覇さんの下着を盗むようなチャンスはなかったわよ」

「そうだそうだ! 俺は無罪だ!」

「だぁ!? 煩いわね! 耳元で叫ばないで! っていうか、くっつかないで!」


 小町を盾にするように叫ぶと、彼女は鬱陶しそうに大河を手で押しやった。


「あたしは事実を言ってるだけ! あんたを助けたわけじゃないから!」

「照れるな照れるな! 本当の事言ってくれただけで大助かりだぜ! サンキュー小町! よ、頼れる我らが委員長!」

「あ、あんたなんかに褒められても嬉しくなんかないんだから!?」


 などと言いつつ、満更でもなさそうな小町である。

 そんな小町を見て、リサはますます表情を険しくさせる。


「勝手に盛り上がんないでくれる? てかあーしには、委員長が佐原の事庇ってるようにしか見えないんだけど?」

「は、はぁ!? なんであたしがこんなエロ魔人の事庇わなきゃいけないのよ!?」

「男子に媚び売ってチヤホヤされたいとか?」


 リサの発言に女子が騒めき、教室の空気がヒリつき始める。


「じょ、冗談言わないでよ!? あたしはそんなの、全然興味ないから! 男子なんか大嫌いだし! こいつと一緒にいるのだって嫌々で……」

「その割には楽しそうに見えたけど? ねぇ?」


 リサが尋ねると、女子達は口々に「そうだそうだ!」と同意した。

 実際、少しは楽しいと思っていたのだろう。

 小町は「そ、そんな事、ないわよ……」とバツが悪そうに否定した。


「超嘘っぽい。やっぱあんた、委員長の立場利用して男子とイチャイチャしたいだけっしょ? そういうの、マジ寒いから」

「ち、違う! あたしは、みんなの事が心配で……」

「その辺にしておけよ」


 パンパンと手を叩き、大河が注目を集めた。


「さっきから話がズレてんぞ。問題は、リサの下着がなくなったって事だろ?」

「……てか、気安く名前で呼ばないでくれる?」

「またそれかよ。俺たちゃみんな同じクラスの仲間なんだぜ? 仲良くやろうや」


 大河はニヤリと笑って友好を示すが。


「仲間? 冗談でしょ。たまたま同じクラスになっただけの赤の他人じゃん。そーいう寒い友達ごっこ、あーしはごめんだから」

「あっそ。まぁ、無理強いはしねぇけど。とにかくだ。証拠もねぇのに人の事犯人扱いしてギャーギャー言うのは感心しねぇぜ?」

「怪しい奴がいたら疑うのが普通でしょ? てか、あーしは被害者なんですけど?」

「その通りだ。だから俺も力を貸すぜ? ようはなくなったブラが見つかりゃいいんだろ?」

「……そうだけど。どうするつもり?」

「簡単な話だ。俺は女の匂いに関しては物凄く鼻が利く。だから、リサの胸の匂いを嗅げば、ブラの場所も分かるってわけよ」


 ヒクヒクと動かした鼻を指で示し、得意気に大河は言う。


「……嘘でしょ?」

「……マジ?」


 リサも小町もその他の女子も、みんなしてそんなバカなとドン引きである。

 一方で、こいつならもしかしたら……と信じかけている様子でもある。


「勿論嘘だ。いくら俺でもそんな犬みてぇな真似できねぇよ」


 ガクっと女子達が一斉に肩でコケる。


「なんなのよあんたは!?」

「ふざけるのも大概にしろし……」

「だっはっは! そう怒るなって! この中に犯人がいたら、今のでビビって顔色変えるんじゃねぇかと思ったんだよ!」


 思わぬ言葉に、女子達があちこちで「た、確かに……」と感心する。


「……それで、どうだったの?」

「あぁ、犯人は……」


 勿体ぶる大河に、一組の面々はゴクリと固唾を飲んだ。


「……いや、期待させてわりぃんだけど、普通に分からなかったぞ?」

「あんたねぇ!?」

「……マジでなんなの?」


 小町が胸倉に掴みかかり、リサは心底呆れた様子で額を押さえた。


「だから怒るなって! ダメ元だよダメ元! それに、他にも案はあるんだって!」

「どうせしょうもないアイディアなんでしょ?」

「安心しろ。今度はもっとマジな奴だ」


 小町含め、クラスメイトの反応は冷たい。

 どうやら先程のハッタリで完全に信頼を失ったらしい。

 もちろん、そんな事でめげる大河ではなかったが。


「みんなで持ち物検査をするんだよ! この中の誰かが盗んだんなら、まだ持ってるかもしれねぇ」

「隠したり捨てられたりしてたらどうすんのよ」

「そん時はそん時だ。とりあえず、やるだけやってみようぜ。上手く行きゃ犯人が分かるんだ」

「それはそうだけど……」


 先程のやりとりで自信を失ったのだろう。

 小町は弱気な表情でリサの顔色を伺った。


「……あーしは別に文句ないけど。それって誰が検査すんの?」


 言外に、あんたらは信用できないと言いたげである。


「一人ずつやっても時間がかかるし、隣の席同士でやりゃいいんじゃねぇの?」

「他はそれでいいけど、あんたらはダメでしょ。グルになってるかもしれないし」

「だから、違うってば!?」


 必死に否定する小町を、「言われても仕方ねぇって」と大河が制する。


「なら、俺達の荷物はリサが調べろよ。それなら文句ねぇだろ?」

「……それなら、まぁ」


 リサが同意し、一組の面々は一斉に隣同士で机や鞄の中を調べ始めた。


「……漫画に、ゲーム機?」

「はぁ!? あんた、学校になにしに来てるのよ!?」

「そりゃ勿論薔薇色の青春を謳歌する為だろ?」


 ふざけた答えに二人が呆れる。


「とにかく、俺は盗んでなかっただろ?」

「まだわかんないし。別の場所に隠してるだけかもしんないじゃん」


 そう言ってリサは小町の机に手を突っ込むと。


「……え?」

「な、なに?」

「おいおい、まさか……」


 嫌な予感は的中し、リサは小町の机から派手なヒョウ柄のブラを取り出した。


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