第5話

 数日経ったある日の事。


「おはようございま~す。本日は身体測定と体力測定がありますよ~。ホームルームが終わったら急いで着替えてくださいね~」


 今日も今日とて豊満な身体でスーツをパツパツさせながら、ニコニコ笑顔で天然エロ可愛教師の大森先生が告げた。


「待ってましたぁ! 入学早々女子の体操服姿を拝めるとは……。くぅ~! 俺ぁなんて幸せな男なんだ……」

「黙りなさいっての!」


 すかさず小町が大河の足を踏みつけようとするが。


「フギィッ!?」


 あっさり避けられ悲鳴をあげる事となった。


「なにやってんだお前?」

「あんたが避けるからでしょ!?」

「そりゃ避けるだろ」

「うぎぎぎぎ……」


 歯噛みすると、小町は「落ち着け、落ち着くのよ。こいつのペースにハマったら負けなんだから……」


 呟いて、大森先生に向かって右手を上げる。


「先生! 男子の着替えはどうするんですか!」

「そうでした! 佐原君には申し訳ないんですけど、場所がないのでトイレで着替えて貰えますか?」

「別にいいけど、教室じゃだめなんすか?」

「教室は女子が着替えに使うので……」

「マジかよ」


 大河が中学生の頃は、女子は更衣室を使っていた。

 女子が多いからか、愛聖では普通に教室で着替えるらしい。


「……またあんた、変な事考えてるんじゃないでしょうね」

「いや全然」


 小町に睨まれ、真面目な顔で大河は答えた。

 そして、ホームルームが終わるや否や、体操着袋を抱えて男子トイレに駆け込んだ。

 個室に入る時間も惜しく、その場でいそいそと着替えだす。


「うぉ!? なんだお前!?」

「悪いが男の相手をしてる暇はない!」


 後から入ってきた男子が驚くのも無視して、いち早く着替え終わった大河は教室の前の廊下へと舞い戻るのだが。


「……まぁ、そりゃそうか」


 大河の期待も虚しく、教室の窓にはカーテンがかかっていた。


「……いや、待てよ。これは……」


 よく見ると、カーテンの向こうに薄っすらと美少女達のお着替えシルエットが透けている。

 窮屈そうにセーラー服を脱げば、プルンと二つのたわわが揺れる。

 ハラリとスカートを外せば、大小様々なヒップラインが現れた。

 勿論淡いシルエットなので誰が誰だか分からないが、これはこれで得も言われぬエロさがあった。

 ゴクリと喉を鳴らし、無心になって夢のような光景に見入っていると。


「あんたねえぇぇぇぇぇ……」


 地獄の底から響くような憤怒の声に振り返る。

 怒った顔で拳を握る、体操服姿の小町の姿がそこにはあった。


「こんな事だろうと思って急いで着替えたら案の定よ! なに堂々と女子の着替え覗いてるの!?」


 小町がビシッと指を突きつける。

 大河は無視して、驚愕の表情で彼女を見返していた。


「な、なによ気持ち悪い……。なにか言いなさいよ!」

「……ありえねぇ」

「え?」

「令和の時代に赤ブルマとか! 愛聖最高すぎるだろ!?」


 大河の言う通り、愛聖の体操服はとっくの昔に絶滅したはずの古代遺物、赤ブルマだった。

 なぜか!?

 それにはこんな理由がある。


 そもそもブルマとは、アメリカの女性解放運動家 エリザベス・スミス・ミラーが考案したのを、同じく女性解放運動家のアメリア・ジェンクス・ブルーマーが広めた物である。


 この事からも分かるように、ブルマとは女性解放運動の象徴であり、清く正しく美しくをモットーとする元愛聖女学院でも取り入れられ、今日まで奇跡的に生き残っていたというわけだった。

 勿論そんな話は、この二人が知るわけもないのだが。


「な、なによ!? こんなの、別に普通でしょ!?」


 幼稚園から高校までエスカレーター式に上がってきた小町のような生徒には、他所の学校の体操着など知る由もない。

 彼女等にとっては、これが普通で当たり前だ。


「……あぁ、そうだな。まったくもってノーマルで普通だ」


 ここで下手に騒いだら、奇跡の天然記念物を絶滅させる事になるかもしれない。

 そう思って大河は誤魔化した。


「……じゃあ、さっきの態度はなんだったのよ」


 流石に簡単には騙されず、小町は訝しむのだが。


「そりゃ小町の体操服姿があまりにも可愛かったからだろ。言わせんなよ」


 大真面目に大河が告げる。


 嘘の理由だが、小町の体操服姿が可愛いのは本当だ。

 そもそも小町は普通に美少女だし、手足の長いスポーティーな体型の彼女には、赤いブルマが良く似合う。意外に大きな尻も非常にグッド。そこから伸びる真っ白い太ももが目に眩しい。実にアッパレな姿である。


「な!? へ、変な事言わないでよ!?」


 小町は真っ赤になってたじろぐと。


「あ、あたしなんか胸は小さいしお尻は大きいし、背だって半端に高くて全然可愛くないし……。どうせあんた、あたしに怒られたくなくてお世辞言ってるだけなんでしょ!?」

「俺の目を見ろ。これが嘘つきの目に見えるか?」

「そ、そんな事男子に言われたの初めてだし、嘘かどうかなんてわかんないわよ……」


 真剣な表情の大河に小町はたじたじである。

 と、不意に小町はハッとして教室の窓に視線を向けた。

 いつの間に着替え終わったのか、そちらでは一組の女子達が窓に張り付き、じっとりと胡乱な視線を小町に向けている。


「なんか委員長、良い感じじゃない?」

「あれは完全にメスの顏だな」

「……やっぱり一人で抜け駆けする気だったんだ」

「ずるい! ずるい! 私も男子と仲良くしたぁい!」

「ち、違うってば!? こいつがカーテン越しにみんなの着替え覗いてたから注意してたの! そしたらこいつが急に口説いてきて……」

「いや、口説いてはねぇけど」

「口説いてたでしょ!? あたしの体操着姿が可愛すぎて見惚れてたって言ってたじゃない!」

「それは言ったけどよ」

「え、ちょ、な、なにする気よ!?」


 大河はおもむろに小町に迫り、教室の壁に向かって壁ドンをした。


「小町。俺の女になれよ」

「「「キャー!!!!!!」」」


 窓から見ていた女子達が一斉に黄色い悲鳴をあげる。


「口説くってのはこういうのを言うんだろ」


 小町に告げるが。


「………………ぷしゅ~っ」


 当の小町は真っ赤になって目をグルグルさせている。


「……いやだから、男子に抗体なさすぎだろ」


 呆れる大河を他所に。


「委員長ずるい!」

「あたしも男子に壁ドンされたい!」

「ずるいずるいずるいずるい!」


 ギャラリーからは大ブーイングの嵐である。

 それで小町は我に返り。


「だ、ダメだってば!? それじゃこいつの思うつぼでしょ!? あたし達が男子慣れしてないのを良い事に、一人ずつ貪り食うつもりなのよ!?」

「いや、人をエイリアンみたいに言うなよ……」

「とにかくダメ! あんたは危険よ!? みんなも、こんな奴に関わっちゃダメだから!?」

「「「え~………………」」」

「悪いなみんな。小町が俺の事放してくれねぇんだ」


 窓の向こうで残念がるクラスメイトにひらひらと手を振ると。


「違うって言ってるでしょ!?」


 真っ赤になった小町のローキックが炸裂した。

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