第2話
そして半年後。
「……まさかこの俺が本当に愛聖に受かっちまうとはな」
入学式と書かれた看板の置かれた校門前に立ち、大河は感慨に耽っていた。
辛く厳しい受験勉強だったが、友人達の助けもあり、奇跡的に今日この場所に立つ事が出来た。
ちなみに噂では、男子の倍率は百倍を超えていたそうだ。
「まぁ、奇跡でもまぐれでも、受かっちまえばこっちのもんよ」
ニヤリと笑うと、大河は校門をくぐった。
校庭をしばらく歩いてふと立ち止まる。
何度か鼻をヒクつかせると、大河は胸いっぱいに深呼吸をした。
「うぉぉおおおお! なんて良い匂いなんだ!」
流石は元女子校のお嬢様学校。
愛聖は、漂う空気も一味違っていた。
素敵な女子とすれ違った時にふわりと香る甘酸っぱい青春の香り。
瓶に詰めて売ったら一本千円でも売れそうなあの匂いが、惜しげもなく辺りに充満している。
それも、世界中の花という花を集めてきたような、色とりどりで華やかなフレーバーである。
右を向けばツンと澄ました上品なお姉様の大人の匂いが。
左を向けばハツラツとしたスポーツ女子のエネルギッシュな匂いが。
前からは本を愛する寡黙な文学少女のミステリアスな匂いが。
そんな風に全方向から様々な女子の香りが回転ずしのように流れて来る。
もうこれだけで愛聖に入った価値はあったと、大河は右に左にクンカクンカと漂う匂いを嗅ぎまくった。
「っくぅううううう! たまんねぇえぜ!」
美少女達の匂い嗅ぎ放題コースに脳を痺れさせていると、不意に全方向から視線を感じる。
「お?」
辺りを見ると、当然のように女子、女子、女子。
白を基調とした制服を纏う麗しい美少女達が、ドン引きの表情で大河を見つめていた。
大河は暫しポカンとし。
「やべぇ! 早速めっちゃモテてる!」
嬉々として叫んだ。
彼女いない歴15年。
こんな風に女子の注目を一身に浴びるのも初めてである。
これはもう、モテと言っても過言ではない。
「愛聖入ってよかったぁ~……」
しみじみ呟くと、大河はこれから始まる薔薇色の日々を想像し、「でへへ~」と頬を緩せた。
唖然とする女子達を置き去りにして颯爽と校舎に入っていく。
「………………なに、あいつ」
「あれが男子?」
「こ、怖い! 男子怖い!」
「そう? 面白くない?」
「だから私は反対だったのよ!」
残された女子達がこんな反応をしているとはつゆも知らずに。
†
「わぁ、男子だ……」
「本当に入ってきた……」
「てかあいつ、なんであんなに嬉しそうなの?」
(そりゃ当然モテてるからだろ!)
腹の底から込み上げる嬉し笑いを隠しもせず、大河は自身の教室である一年一組を目指していた。
当たり前だが、廊下は女子で溢れている。
男子だってちょっとはいるのだろうが、少なすぎて大河の目には入らない。
しかもその女子達が全員、興味津々こちらを見ている。
気分はまるで売れっ子アイドルだ。
(……いや、実際愛聖の女子にとって、俺はアイドルみたいなもんかもな)
女子の中には大河のように途中から入って来る受験組もいるそうだが、基本的には幼稚園からずっと女子校状態で過ごしている生徒が大半の愛聖である。
道行く他人や家族を除けば、同年代の男子と触れ合う機会などほとんどなかったに違いない。
そんな所に僅かばかりの男子が入ってきたら、アイドル扱いをされてもおかしくはない。
お嬢様だって中には恋愛に興味のある女子もいるはずだから、薔薇色の青春は約束されたも同じだろう。
(こりゃモテすぎて逆に困っちまうかもなぁ)
「……うひ、うひひ、うははははは!」
あっちこっちから告白されたらどうしよう!
その時は大勢の中からたった一人の彼女を選ばないといけない。
全く、モテる男はツラいぜ!
なんて事を思いつつ、一人で気色悪い笑みを浮かべている。
「え、なんであいつ一人で笑ってんの?」
「男子謎過ぎ……」
「よくわかんないけど、すごく怖い……」
「キモ怖い……」
困惑し、怯える女子達の言葉も浮かれた大河の耳には届かず、彼は颯爽と一年一組の教室に乗り込んだ。
「うぃーっす! 俺の名前は佐原大河! 見ての通り、今年から愛聖に入る事になった超絶レアな男子生徒だ。ヨロシクゥ!」
入口で立ち止まると、大きな声で挨拶をする。
男子と一緒のクラスになる幸運な一年の女子達は、キャキャーと黄色い悲鳴で迎えてくれるに違いない。
そう思っていたのだが。
大河の予想に反して、教室は水を打ったように静まり返っていた。
直前まで賑やかに談笑していた女子達は、なんだこいつは? と警戒の表情を浮かべている。
お世辞にも歓迎されている雰囲気ではないのだが。
「うぃーっす! 俺の名前は佐原大河! 見ての通り、今年から愛聖に入る事になった超絶レアな男子生徒だ。ヨロシクゥ!」
大河はめげずに先程の挨拶を繰り返した。
美少女達はビクリとすると、その内の数名がか細い声で「よ、よろしくお願いします……」と返事をした。
「おう!」
大河は満足げにニヤリと笑い。
「なんだよ、聞こえてんじゃねぇか」
そう呟いて黒板に張り出された座席表を確認する。
「ラッキー。窓側じゃん」
しかも一番後ろである。
これも日頃の行いの賜物だろう。
なんて思いながら席に向かっていると。
「ちょっとあんた!」
気の強そうな美少女が怖い顔をして大河の前に立ち塞がった。
タイプで言えばお転婆系、セミロングの黒髪で胸はかなり慎ましい。
(お、早速来たか?)
入学早々女子から声をかけられた。
流石元女子校、幸先のいいスタートである。
なんて思いつつ、大河はニヤリと生まれつきの皮肉っぽい笑みを浮かべる。
「さてはお前、男嫌いの真面目ちゃんタイプだな?」
「なっ!? なんで知ってるのよ!?」
ギョッとして、男嫌いの真面目ちゃんがたじろぐ。
「いや知らんけど。入学初日に怖い顔で絡んでくる女子なんか大体そんなもんだろ?」
「……そ、そうかもしれないけど。あんた意外に頭が回るのね……」
「それほどでもあるけどよ? 伊達に倍率百倍突破してねぇぜ!」
ブイっと大河が右手を突き出すと、真面目ちゃんはハッとしてその手を払いのけた。
「そんな事はどーでもいいの! それよりも――」
「確かにな。そんな事よりまずは自己紹介だ。俺は佐原大河。お前は?」
「あ、あたしの名前は……って、なんであんたに名乗らなきゃけないのよ!」
「つれない事言うなよ。これから一年一緒に過ごすクラスメイトだろ?」
「そんなのあたしは認めてないわよ!」
「いや、お前が認めなくてもクラスメイトはクラスメイトだろ」
本当に、絵にかいたような男嫌いキャラである。
ラブコメの世界に迷い込んだような気分になり、大河は俄然ウキウキしてきた。
「まぁいいや。なら、こんなのはどうだ? 名乗られたら名乗り返すのが礼儀って奴」
「うぐっ……」
痛い所を突かれたのか、真面目ちゃんは顔をしかめた。
「あーあー。そんな顔されると、意地でも名乗らせたくなるぜ」
大河は意地の悪い笑みを浮かべ。
「愛聖ってのはお嬢様学校だって聞いてたが、その程度の礼儀も知らないのか?」
わざとらしく肩をすくめると、真面目ちゃんは「ふぐっ!? うぎぎぎぃ!」と悔しそうに歯噛みした。
「だははは! お前、面白い奴だな!」
「お、面白くない! 笑うなぁ!」
真面目ちゃんは真っ赤になって両手を振り回す。
「いや面白いだろ。うぎぎぎとかリアルに言う奴初めて見たぜ? こ~んな顏してさ」
大河が怒った犬みたいな顔で歯を剥きだすと。
「そんな顔してないでしょ!? 変な事言わないでよ!」
ますます赤くなる真面目ちゃん。
それを見ていた他の女子達が何人か「ぷふっ」と噴き出す。
「ちょ、みんなも! 笑わないでよ!」
「ご、ごめん! だって可笑しくて……くふっ、あははっ」
笑った女子が慌てて口を押えるが、堪えきれずに声は漏れ、肩はプルプル震えている。
「そう怒るなよ。人を笑わせれるのは立派な才能だぜ?」
「そんな才能嬉しくないわよ! もう、なんなのよあんたは!?」
「だから、俺の名前は佐原大河だって。いい加減覚えろよ」
「覚えてるわよ! 呼びたくないだけ!」
「あっそう? ならいいわ。じゃ、お前の名前は
「いいわけないでしょ!? なんなのよその適当な名前は!?」
「仕方ねぇだろ。〆子が名乗らねぇんだから」
あははははは!
頓珍漢なやり取りに、クラスメイトの笑い声が数を増す。
そんな様子に〆子は焦り。
「〆子って呼ぶなぁ!」
「なら名乗れよ」
「いやよ! それよりあたしの話を聞きなさい!」
「やだ。〆子が名乗るまで聞いてやんね」
「〆子じゃないってば!? あぁもう! こうなったら勝手に言うから! とにかく――」
「あーあーあー! 聞こえねぇなぁー?」
大河は耳を塞いで大声を出した。
「あー! ちょっと! ズルいわよ! この、もう、やめ、やめなさいってば!?」
〆子は大河の腕に縋りつき耳塞ぎを阻止しようとするが、女子の腕力ではどうにもならない。
「あははは、なにあれ、おっかしー!」
「佐原君面白過ぎでしょ!」
「いいんちょー! がんばれ~!」
「男子ってなんかすごいね……」
笑い声や声援、戸惑いの声なんかが飛び交いつつ。
朝のホームルームを告げるチャイムと共におっとりした雰囲気の若くてエロ可愛い美人教師がやってくる。
「は~い。皆さん、席について~」
「そ、そんなぁ!?」
「残念だったな〆子。時間切れだ」
「だから〆子って―― あぁもう!?」
ニヤリとする大河に、〆子は悔しそうに自分の席に戻っていった。
(おぉ、睨んでる睨んでる)
早速クラスメイトの一人から熱烈な視線を向けられる立場になってしまった。
(あぁ、今俺、めっちゃモテてる! 愛聖最高ー!)
そんな二人の様子に先生は「?」と小首を傾げ。
「よくわかりませんけど、早速男子さんと仲良くなってるみたいですね?」
嬉しそうに言うのである。
「違います!?」
全力で否定する〆子に、あちらこちらで笑い声が上がるのだった。
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