今年から共学になった九割女子の元女子校に進学したらめちゃくちゃモテた話

斜偲泳(ななしの えい)

第1話

「てかみんな、進路どうすんの?」


 中学三年生も半分が過ぎたある日の事。

 昼休みに男友達で集まって駄弁っていると、その中の一人が突然言い放った。


「どうすんのって、卒業までまだ半年もあるんだぜ? そんな先の事考えてねぇよ。なぁ?」


 大河が同意を求めると、友人たちは「嘘だろ……」と顔を引きつらせた。


「……え。マジ? みんなもう決めてんの?」

「俺は高校行かないで実家の和菓子屋継ぐつもりだ」

「僕は東大行きたいから進学校かな」

「俺は手に職つけたいから工業高校」


「マジかよ。何も考えてねぇの俺だけか!?」

「いや、マジでお前だけだって」

「まだ半年って言うけど、あとたった半年だよ?」

「ギリギリになって焦っても遅いし、そろそろ決めとかないとヤバいだろ」

「んな事言われても、進路とか考えた事ねぇし……」


 佐原大河さはら たいが、十五歳。

 毎日をノリと勢いで浪費してきた、バカでスケベな男子中学生である。

 そんな彼を見て、友人達はやれやれと溜息をつく。


「なら今考えろよ」

「そうだよ。とりあえず高校には行くんでしょ?」

「まぁ、多分……」


 大河の家は特に継げるような稼業をしているわけではない。

 そうでなくとも、大河は漠然と高校には通うものだと思っていた。

 家族だってそうだろう。


「けど、いきなり進路とか言われてもなぁ……」

「なんかないのか? こういう学校が良いみたいな」

「あー……」


 大河は少し考えると。


「家から近い所がいいな!」


 頓珍漢な答えに、友人達がずっこける。


「バカか!」

「そんな理由で決めちゃだめだってば!」

「もうちょっと真面目に考えろよ!」

「んな事言われても、別に高校なんか入れればどこでもいいし……」


 そもそも大河は選べるような立場ではない。

 成績は常に下の方だし、部活もずっと帰宅部で、学力も推薦も絶望的だ。


「そんな事言ってると後で絶対後悔するぞ?」

「そうだよ。学校によって雰囲気とかも全然違うし。よく調べないで不良高校とかに入っちゃったら大変だよ!」

「てか大河。お前夢とかさ、将来やりたい事とかねぇの?」

「あー……」


 再び大河は考え込む。


「ユーチューバーになって楽して儲けてチヤホヤされてぇ」

「死ね」

「大河君らしくはあるけど……」

「ユーチューバー舐めんな。てか人生を舐めんな」

「お前らが聞いたから答えたんだろ!?」


 まぁ、大河も我ながらバカな答えだと思っているが。

 実際バカなのだから仕方がない。


「他になんかないのかよ」

「こんな風になりたいとか、こんな事したいとか」

「お前の将来に関わる話なんだぜ?」


 そう言われて、今度こそ真面目に考えた。

 夢と言われて思いつくもの。

 こんな風になりたいと思える憧れの未来像。

 もっとシンプルに、自分はどんな高校生活を送りたいのだろうか?


「……女子にモテてぇ」

「「「は?」」」

「男の夢だろ! 中学は女っ気なんかまるでなかったし! 高校に入ったらバカみてぇに女にモテまくりてぇ!」

「そんな高校あるかよ!」

「てか、お前なんかどんな高校入ったってモテねぇよ!」

「……そうとも限らないよ」


 ふと思いついたように秀才の友人が告げる。


「マジかよ!? そんな夢みてぇな学校があんのか!?」

「多分だけど……。愛聖女学院って知ってる?」

「知らねぇわけねぇだろ! 美人が多い事で有名なお嬢様学校だ!」


 幼稚園から大学まで一貫教育を行う女子校で、大河の家からも近い。

 男子の間では愛聖の女子は憧れの的で、大河も登下校の際は愛聖の女子で目の保養をしている。


「てかそこ女子校だろ?」

「いや……。確かあそこ、高等部だけ来年から共学になるんじゃなかったか? ほら」


 工業高校に進む友人が携帯で愛聖のホームページを探し出す。

 そこには確かに、少子化を理由に来年度から共学化し、男子生徒を募集する旨が記載されていた。


「ね? 来年からって事は、このタイミングで入れば一年以外は全員女子だよ。これなら大河君でも流石にちょっとはモテるんじゃない?」

「天才かよ!」

「いや、いくら一年以外みんな女子だからって、それくらいでこいつがモテるか?」

「共学になるなら普通にライバル多いし、男子だって毎年増えるわけだからな」

「た、確かに……」


 なんとなく貶されているような気もするが、事実なので大河は納得した。


「それがね、愛聖って結構歴史のある女子校だから、今回の共学化は色々賛否あったみたい。共学化もお試しって事で、男子の定員は一割くらいしかないんだって」

「一割!?」

「つまり……」

「残りの九割は女子って事か……」

「そうそう。それに、もしかしたら再来年は男子入ってこないかもしれないし。これなら流石にモテそうでしょ?」

「モテるだろ! てか、これでモテなきゃ一生モテねぇよ!」

「まぁ、それだけ男が少なかったら仕方なくこいつで妥協する女子もいそうだが……」

「そもそもの話、愛聖ってお嬢様学校だけあって結構偏差値高いだろ。大河の学力じゃぜってー無理だって」

「んなもんやってみねぇとわかんねぇだろ!」


 握り拳を机に叩き付け、大河は叫んだ。


「俺ぁ決めたぜ! 来年はぜってぇ愛聖に行く! そんで愛聖の美女達にモテまくって薔薇色の青春を謳歌するんだ! その為なら、勉強だってやってやる!」


 言うが早いか、大河は教科書を開いた。


「おい、大河? お~い?」

「ダメだな。こいつ、完全にその気になってやがる」

「こうなった時の大河君は凄いからね。このやる気が続いてくれれば愛聖合格も夢じゃないかも」

「いや、いくら本気モードの大河でもそれは厳しくないか?」

「同じような事考えてるライバルも多いだろうしな」


 心配する二人に、秀才の友人はそっと人差し指を立てて声を潜めた。


「ダメならダメでいいんだよ。今の内に沢山勉強しておけば、受験の時に選択肢が増えるでしょ?」

「……確かに」

「……お前、本当に頭いいな」

「それほどでもあるけど。大河君には色々助けて貰ったし、僕なりの恩返しだよ」

「なるほどな」

「まぁ、バカだけど頭が悪いわけじゃないからな、こいつは」


 三人の友人が振り返り、真剣な表情で教科書を睨みつける大河に生暖かな視線を向ける。

 不意に大河は振り返り。


「やべぇ! なにがわからねぇのかわからねぇ!?」


 同時にガクッと肩でコケ、三人は思った。

 やっぱこいつ、ダメかもしれない……。

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