4

 眠りと現実の狭間にいる少年は、玉の汗を浮かべてウンウンと唸っている。やがて汗同士がくっつきあって、額の皺を伝い流れ始めると、少年の眼はにわかに大きく見開かれた。


 部屋の中は、暗闇と静寂に支配されていた。


 自分はいつの間にか寝てしまっていたのか……?それともまだ夢の中か?少年は震える手で、汗まみれの己の顔を触ってみた。

 

 ……ある。

 唇も、鼻も、目も、眉毛もある。それはそうだ。夢の中でだって自分はじゃなかったじゃないか。

 だが、不思議と安堵のため息が出ない。

 

 少年は、体が緊張で強張っている事に気付いた。それで大きく息をつくために、一旦目を閉じ、ゆっくりと息を吸いこんだ。

 

 その時だった。

 少年は奇妙な事に気付いた。閉じた視界の裏側に、かすかな光を感じたのだ。それでほとんど反射的に再び目を開けた。吸った息は吐きだされる事なく、胸の辺りでとどまっている。

 

 目の前に、がいた。あの、顔のない、灰色の、赤い隈取の、のっぺらぼう達。そのうちの一人が少年の目の前で手燭をかざしていた。


 ぼんやりとした手燭の灯りの中に、数人ののっぺらぼうと少年の顔が浮かんでいる。

 

 どこかの部屋から、微かに時計の秒針の振れる音がした。

 

 カチコチ。カチコチ。

 のっぺらぼう達は身じろぎ一つせず、何らの音も出さず、ただ少年の顔を覗き込んでいる。

 

 カチコチ。カチコチ。

 少年は両の目をひん剥いて、まるで時が止まったようだ。

  

 カチコチ。カチコチ。

 呼吸を忘れた体は限界を迎え、空気が漏れ出そうになる。 


 カチコチ。カチコチ。カチ。コ。チ。

 ついに、少年の口から息とも声ともつかぬ音が出た。


「アッ……」


 刹那の無音。

 そして……

 

 割れんばかりの笑い声が巻き起こった!! 

 

 のっぺらぼう達は体を痙攣させて、激しく頭を振り回している。

 口がないはずなのに、異様な笑い声を発している。

 野良猫同士が喧嘩をしているようにも聞こえるし、何度も銅鑼を打ち鳴らしているようにも聞こえる、けたたましい笑い声!

 

 少年の顔がみるみる紅潮していく。ずっと抱えている己の苛立ちを見透かされているような気がして。


 のっぺらぼう達は少年を指さしてひたすらに笑い続ける。中には体をよじらせながら猿のように手を叩いて笑うのもいる。

 

 なんなんだこいつらは。おれをばかに、ばかにしてるのか?


「う……うわあああぁあぁ!!!」

 

 とうとう少年は吠えた!吠えて布団を跳ねのけ、飛び起きた!


 のっぺらぼう達はすでに方々に散っている。まるで少年の行動などお見通しと言わんばかりに。尚も笑い続けて!


 少年は怒りに我を忘れてのっぺらぼうを追い回した!

 襖を蹴倒しながら逃げるのっぺらぼう達!

 彼らはいつしかその数を増やして、あちこちを飛び回ったり、赤いちゃんちゃんこや衣服を脱ぎ散らかしながら踊り狂ったり、どこから持ってきたのか鍋を棒でしきりに叩いたりしている。

 そのどれもが少年の癇に障った。少年はますますいきり立ち、上へ下へとのっぺらぼう達を追い掛け回した!

 

 狂乱劇のさなか、どこかから火が起こった。

 火は木造の館をたちまち包み込み、少年の視界に飛び込むまでになった。

 

 火は炎となり、海と化した。だが、のっぺらぼうはなおも少年を取り囲んだり離れたりと挑発を繰り返すばかりで、まるで炎など気にも留めない。

 

 そのうち、遊女の格好をしたのっぺらぼうが少年を押し倒した。遊女は着物を脱いで裸身を露わにしたかと思うと、その着物を少年に覆いかぶせてしまった。

 けたけたと笑うのっぺらぼう達。少年は必死に体を揺すったが、両の手足も抑えられてしまっているようで、動く事もままならない。

 

 着物で顔が塞がれて呼吸がしづらい。少年は虚ろになっていく意識の中で、遊女の顔を見た。着物の繊維を透かして遊女を見た。真っ平らな顔面が溶けてゆき、少しずつ人間のものと思しき凹凸が現れ始めていた。だが、その顔が完全に現れる寸前、少年の意識はふつりと闇の中へと溶けて行った……。

 

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