3

 夜。館内は真暗く、すっかり寝静まっている。


 少年は、薄っぺらい布団の中で眠れずにいた。

 寒いからというのではない。

 記憶を探し求めてここまで歩いてきたはいいものの、本当にここに自分の記憶があるのか。いや、そもそもなぜ記憶を探しているのか、なぜ記憶を失くしたのか?考えても考えても、答えはおろかその糸口さえも見つからず、悶々としていたのだ。


 少年は布団を頭までひっかぶり、目をつぶった。布団の温もりなどは久しぶりで、こんな煎餅布団でも心地が良い。

 だがやはり寝付けない。寝ようとしているのに、うずまく思考を止められない。

 

 頭の中にこれまでの道のりが浮かんでくる。荒れ野に茶屋に竹林、山、そしてこの旅館。いや、それだけではない。それまでに砂漠も歩いたし、大きな川を渡ったりもした。風雨にさらされたり、強い日差しに倒れそうになったりもした。

 

 しかし、そのどれもに、なにか現実味が無かった。

 

 本当に自分はそのような道のりを経て、ここまでたどりついたのだろうか。考えれば考えるほどに、もう分からなくなってゆく。


 少年の脳内が少しずつ混濁し始めてきた。意識が遠のいてゆく……。浮かんでいた映像も薄れていき、、、

 

 突如!

 

 あの茶屋で出会った老爺の姿が現れた。それも大写しになって!

 さらには竹林で出会ったちゃんちゃんこが、それから遊女、旅芸人、番頭、書生や他の宿泊客らの姿が!

 それらの姿がコマ送りのように浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返し、段々と自分に迫ってくる。

 だのに、なぜかその顔だけが見えない。見えない……!見えない!!

 

 この違和感はなんなのだ……!!

 少年は目を大きく見開き、彼らの姿を凝視した。


 そして、ようやく違和感の正体に行きあたった。


 顔が見えないのではなかったのだ。

 だと、少年には認識できなかったのだ。

 目も、眉毛も、鼻も。口も。本来顔の表面にあるはずの凹凸が、まったくのっぺらぼうのように潰れて平坦になってしまっていたのである。顔面はすべて薄く灰色に塗られ、頬には歌舞伎役者を思わせる赤い隈取が施されていた。


 のっぺらぼう達は万華鏡の如く、少年の視界の中でぐるぐると回り始めた。

 少年は身動きひとつ取れず、だが辛うじて唾をごくりと飲んだ。それを見たのっぺらぼう達は、頬の赤い隈取をゆっくりと動かした。


 笑って、見せたのだった。

  

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