第40話 閑話 ある朝の出来事
「……うぐぅ」
アレスは感じる必要の無い居心地の悪さを感じていた。
主従の繋がりで言えば圧倒的にアレスの方が立場が上なのに、物凄い絶望感と敗北感にまみれている。
アレス・ローズウッド。エルフの国とスヴェアの中間に位置し、ヨーロッパで言えばデンマークに近い所を支配している少年。
十五を過ぎても小柄な姿は整った容姿に恵まれ、人によっては良くない欲望の的になるかもしれない。
主にショタが好きな人から。
「なにも恥ずかしがる必要はありません」
エルフの女中長は氷の目で見下ろす。
たまに発情期とかでおかしくなるが、非常に優秀なエルフ。
言葉に含まれるトゲを感じひるむ。
視線に気おされ自然に下を見ると、窮屈そうに押し上げる胸の膨らみにぎょっとし、さらに逃げた先が優美な曲線に包まれる腰元で「見ちゃだめだ」と目を瞑った。
「アレス様くらいの年頃ならば自然なことです」
目元を細めて口角があがった。妙な迫力に気持ちは後ずさりながら、アレスはぎゅっとこぶしを握った。
あああ、あかん。絶対絶命や──!。
なぜに心の声が関西弁なのかはさておき、アレス・ローズウッドがピンチなのは変わらない。
「どうされました?」
美しい外観は女性らしさに溢れているが、背をぴんと伸ばして慈愛の笑みを封印しているいまは厳格さが増している。
怒っているのだろうか?
そうだ! ここは早く謝るべきだろう。
そう考えたアレスは追い詰められているのにまだ気がついていない。
「ごごご、ごめっ、隠しててごめんなさい!」
なんでここまでと思いながらアレスは謝罪した。涙が出そうだ。
そんな謝罪を受けたローザの目が丸く開かれた。
「──────!」
こっ、怖い。正直なアレスの感想である。
※※※
事件が起きたのは目が覚めたときだった。
アレスは転生者だ。日本で生まれ高校生までの記憶がある。
いわゆる思春期の男の子だった。
ところがハーフエルフとして生まれ変わった現在。心と身体がアンバランスなのだ。
いや、それではまだ正確では無い。
知識と心と身体がちぐはぐだったのだ。
第二次性徴も起きず子供のまま。
当然欲望などあるわけがない。
ところがだ。
記憶にはグラビアを初めとして知識としてエッチな事を知っているのだ。
中にはそのものズバリのAVまで見た事がある。
だが欲望が起きない。
全然エッチな気分にならなかった。
そのはずなのだが……。
どうも夢の中では前世の記憶が時々目覚めてしまうようで、さっきまでは妙にリアルな夢を見ていた。
不思議と内容までは覚えていないが、質感はしっかりと記憶にある。
「はああ、大きかった」
そう呟くと赤面した。
なにがというと、イヤらしい夢を見ていたからだ。手にはまだおっぱいの感触がある。
アレスの名誉から言ってみるが、普段はそんなことは無い。
まだ半分夢の中のようだった。
そんなこんなで、ぼおっとしながら首を振っていると「あっ!」股間の不快感で目が覚めた。
「……やっちまった」
どうも思春期の青い性で汚したみたいだ。
遂に来たかと、第二次性徴を喜ぶ暇も無く慌てたアレスは一人でなんとか隠そうとして。
孤軍奮闘してみたのだが……。
哀れあっさりとその企みはローザの目にする所となったのだ。
ベッドの下はローザの感知するところなのだ。
※※※
「何も恥ずことではありません」
大事な事なので二回言いましたとばかりに繰り返された。
その度に小さくなるアレス。
「……ふっ」
ななななな! なに!? その笑い、ふっとか聞こえたけど!!!
もう恥ずかしさとか何とかで気が気では無い。
「ああああ、洗うから! 返して……」
後の言葉が続かなかった。
凝視されていたからである。
なにがって?
汚れた下着を両の手に持って凝視しているローザの姿。
「あわわわわわ! ろ、ローザ?」
なおも追い討ちは続く。
ローザは指先で汚れを突き鼻先に当てたのだ。
「────いっ!」
さらに、くんくんと匂いまで嗅いでいる。
「────!!!」
アレスの心臓はもうバクバクでSAN値がゴリゴリと削られていく。
「……それにしても」
眉間にシワを作ったローザ。
普段中々見れる表情では無いのだが。
「たっぷりと出されて……魔力も程よい加減だこと」
ものすごくゆっくりとした話し方に
「────────!!!!」
絶句した。
────最悪だ。
アレスはぷるぷるしたゼリー状の汚れを見せつけられて絶望感に襲われたのだ。
※※※
本日はイネスはお出掛けである。
村の公衆浴場をお気に入りのイネスは、ロマリカの民のところにお泊りだった。
大きな露天の浴槽につかり、宿の食事に舌つつみを打つ。
夜はお姉さんたちにかまわれてから一緒に寝るのだ。
「週に一度の贅沢なのじゃ!」
そう言ってそそそと出かけていった。
物凄く、なんだか嫌な気がする。
「あら、お一人で入るのですか?」
朝の出来事はなんのその。妙に機嫌の良いローザは、口元に笑いを含ませながらそう言った。
食事も終わり、風呂に入ってこようかな? と思ったときだ。
ぼーっとしてベッドに腰掛けていると「新しいのを出しておきますね」シーツの上に真新しい下着を置いた。
それは良い、問題は無い。無いと思いたい。
でも……真っ白いそれを置く時にかがんだローザの胸元からチラリと白いレースが覗いた。
心なしか良い匂いもしてきた。
何故だろう? 胸騒ぎがする。
「えっ」
「よろしかったら洗って差し上げましょうか?」と耳元で囁かれた。
「えっえっえっ!?」
「うふふ」
かーっとなった頬に手を当ててきょろきょろするが、笑いをこらえながら部屋を出るローザの姿があっただけだった。
も、もしかして、からかわれたの!?
混乱のなか。あわあわするアレス。
そして夜が近づきアレスの受難はまだまだ続く。
※※※
妙に妖しい空気がこもる桃色空間。領主が暮らす最上の部屋のとなりに、うずくまるローザの姿があった。
『……重症だ』
それを眺めどこからとなく声がする。もちろんローザには聞こえないのだが。
もしも存在を感じる者がいれば「女神」と思うかもしれない。
けれどカーラが見たら、その変わらない魂の輝きに「リーヴ様」と呼ぶかもしれない。 姿はしわくちゃの老婆では無く、未来を求めてたどり着いた昔の姿に変わっているのだけれど。
『まさか、ここまでとは』
妙に妖しい空気をかもす桃色空間に残念そうなため息が聞こえた。
魂まで染められた発情期のエルフの姿である。着慣れた黒のドレスから覗くふとももには薄っすらと汗までにじんでいた。
そんな確実にアレスが見たら引くだろう姿で、うずくまるローザの姿に呆れていた。
『まったく、まだ早いのに……どうしようか?』
リーヴスラシルが傍らで苦笑いをする。
リーヴはエルフの祖であり、神の国からの彷徨い人だ。リーヴスラシルと共にエルフたちを見守ってきた。
『ひゃぁ、あれだけしっかりしたローザをも狂わすって……』
『あはは、流石としか言えない』
『まったくだね。でも、完全じゃ無いのに凄いよホント』
二人が外に出られるようになったのは最近だ。それまでは眠りについていたのだが、泉に立つ石柱にアレスが魔力を注いでくれたことで割と自由に出歩いている。
『まあ、アレスは特別だから』
『そう、アレスは特別だから』
二人の声がそろって笑い合うと『『どうしようか』』とまた声がそろった。
夜はこれからである。
※※※
一方アレストいえば。
「うぬぬぬぬ、なぜ? ピクリともしない?」
何時も以上に念入りに洗う途中。さん然と輝く(笑)己の股間に声をかける。
思いつくままにグラビアアイドルの肢体を思い浮かべた。
あれやこれや、けっこうお気に入りでお世話になったその姿は、前世の自分なら即臨戦態勢となったはずなのに。
「……なぜだ」
想像してみて欲しい。知識では充分エッチなのに、欲望が湧かないという状態を。
どうも身体と心が繋がっていない様子である。
「の、呪いなのか?」
先ほどは焦っていたがアレスも男の子。
念願の第二次性徴を喜ばないわけではない。
ましてや触れれば堕ちるとばかりに隙だらけなローザと暮らしているのだ。
当然発情期のことも知っている。
いまは何とか抑えているけど、どれだけ負担をかけているかも良くわかっていた。
解決方法も……。
思うところはあるのだが納得している。
要するに自分が早く大人になれば良いのだ。
普段は興味が無いようなフリをしながら、実際まったく興味が無いのだが。
「……うーむ、考えてもしかたないか」
悩んでもどうしようもないことは諦めよう。
「まな板の鯉だ。出たとこ勝負だな」
そう考えたら体がぶるっと震える。
「湯冷めしそうだ。もう一度浸かろう」
わりと暢気なアレスだがそれでも夜は来る。。
※※※
「ろ、ローザ?」
これから就寝するというのに完全装備のローザがいた。
ゆっくりと絨毯の感触を確かめるように踏みしめながら歩いてくる。
「ひっ!」
アレスが喉を鳴らしたのは恐怖からだろうか。
べつに変わった姿では無い。いつもの黒のワンピースだ。
「ああああ、あれぇ? 寝るのにその格好?」
黙って首を横に振るローザ。
妙に生々しい。
ちょっとびびるアレスを尻目に。
「最初は……うふっ、これで」
スカートを持ち上げ恥ずかしそうに下を向いた。
「はいぃいい──い?」
※※※
『くっ、ぷぷぷっ!』
『なにーなにーなにー?』
リーヴスラシルがあげた笑い声に反応するリーヴ。
真っ赤な顔で恥ずかしそうにしたローザを見て、こらえきれなくなったのだ。
懸命にアレスを誘惑する姿は痛々しい。
こっそり覗いてしっているのだ。ローザの努力している姿を。
かなり間違った方向に行ってしまって『正直どうなの?』と思ってしまったが、努力は努力だ。
否定するわけにもいかない。
『ぷぷっ、でもさー』
恋愛経験値の低いローザを面白がって、いじっていたのが大半なのだが、来るXデーを想定しての鍛錬と発情期を抑えるための自己発散は思い出しても笑える。
いやはやロマリカの色っぽいお姉さんたちは教えすぎだ。
半可通、聞きかじり、耳年魔(笑)最後のは字が違うけれど意味は一緒。
それがいまのローザの姿。
『成就させてあげたいけどねー』
必死にアレスに擦り寄ってせまる姿を見た二人は。
『でももう少しだけ』
『うん、もうちょっとだけ』
真剣な、それで申し訳なさを込めて。
『『我慢してね』』
声がかぶった。
※※※
「ひゃっひゃっひゃっ!」
マウントポジションをとられたアレス絶体絶命の危機を迎えていた。
「あああ、アレス様……」
潤んだ瞳のローザが目を閉じた時。
「……あれ? あれあれ!?」
「すー、すー、すー」
「えっ? えっえっ!」
突然眠りに付いたローザをどうして良いか焦るアレス。
『ふふふっ』
『ごめんね、ローザ』
眠らせたのは二人だ。
『リーヴスラシル?』
『なんだい? リーヴ?』
『少しだけ力をちょうだい』
『ん? 良いけど、どうして?』
ちょっとだけ表情が曇る。たくさん力を使うと存在が薄くなるのだ。
『今回のような事があれば困るから、アレスの力を抑えたいの』
『……封印するの? 遊びに行けなくなるのいやだなー』
消えてなくなるわけじゃなくても、自由に出歩けないのは嫌だった。
『そこまではしないけど』
『けど?』
聞いたわりに返事を待たず、リーヴはアレスに光を注ぎ込む。
『半分こしよ』
『うん、半分こ』
リーヴスラシルも同じように光を注ぎ込んだ。光はアレスの身体に入り込み魔力を押さえ込んだ。
『半分こなら、また遊びに行けるでしょ?』
『そうだね、そのうちアレスに魔力を貰おう』
『ごめんねアレス。少しだけ不便だけど我慢してね』
『もともと多いから大丈夫さ』
『だね、人族相手なら問題ないよ』
『『だねー!』』
そう言って二人は、そっと消えたのだった。
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