第39話閑話 ダルマハクの革命
ここはダルマハクと呼ばれるエルフの里。
場所的にはローズウッドの東に位置する湖のほとりになる。
そこにキャラバンを率いて商人の集団がやってきた。舟を仕立ててのスオメン商人だった。
「何の用だ」
「例の商人が湖からやってきてますが」
「……またか」
年老いたエルフの長老がふんと鼻を鳴らした。かすかな冷笑は見下しているように見える。
ここに暮らすエルフの住居はゲルと呼ばれる簡易な家で、氏族で言えば四番目の『スクルド』たちが暮らしていた。
『スクルド』はエルフの中でも変わり者で、遊牧を行いながら草原を渡り歩く。
と、言ってもそこはエルフ。家畜は神の鳥グリンガムという鶏に似た巨鳥を連れ生活している。
グリンガムは体長二メートルで非常におとなしい草食の生き物だった。
「これはこれは、フィヨトリ様」
動物的な卑しさは商人特有なものか、欲張りで粘りつくしつこさが見て取れた。
もっとも人の機微など理解できないエルフには気にするほどの事では無い。
「ふん、私は忙しいのだ」
通りいっぺんの商人の挨拶を聞き流し、用件を早く言えと迫る。
社会通念など存在しないエルフの態度はそっけなかった。
「渡しても良いが対価は払えるのか?」
商人の用件など簡単で、以前に渡した魔道砲の事と聞くと、とたんに興味を失ったようにみえた。
したたかな商人は、とくに動じた素振りも見せず「もちろんでございます。さっ、これを」と、使用人に袋をださせる。
「ん?」
「最高級の黒糖でございます」
こぼれんばかりの愛嬌を振りまきながら出したものは黒糖の塊。絶対の自信があるのか、笑顔も良く出来たものである。
「……いらん」
「はっ!?」
「このようなものイランわ!」
野良犬でも追い払うような仕草で手を振る。
「ふん、無駄な時間を過ごした」
まるで容赦のない態度だ。
「ま、まってください!」
「しつこいな!」
「いや、黒糖ですよ? みなさまの大好きな!」
「だからイランと言っている! くどいな! 黒糖など我らには必要ないのだ!」
いつもとは勝手が違って慌てる商人。
そこに追い討ちが入る。
「何か欲しければ、コンペイトウで支払え!」
「コンペイトウ!?」
「そうだ! コンペイトウなら望むもの何でも渡しても良い」
「コンペイトウとは何なのだ……」
用は無いと追い出された商人は呆然と立ち尽くすだけだが、取り付く島も無く混乱するばかりだった。
同じようなやり取りは、ダルマハクのあちこちで繰り広げられた。
人族相手だけでは無い。
「肉が欲しいならコンペイトウを寄こせ」
「コンペイトウを渡すから、毛皮を三枚くれ」
「手伝って欲しければコンペイトウ」
どこに行っても『コンペイトウ』である。
※※※
「ふふふっ、革命は成功ね。コンペイトウを欲しがって、かなり言う事を聞かせやすいわ」
「カーラ様。コンペイトウの在庫がもうありません」
「あら? 早いわね。良いわヘリア。アレスに言って送ってもらって頂戴」
「かしこまりました。でも凄いですね」
「何がよ?」
「あれだけ我がままを言っていた連中、真面目に仕事し始めましたよ」
「くくくっ、どんどん働かせなさい! 良いこと! アタシが楽を出来るように、コンペイトウを餌にして働かせるのよ!」
このようにして、エルフ社会では徐々に金平糖が浸透していた。もはや通貨並の扱いである。
それに準じてカーラの仕事は減って行くのだった。
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