第41話 ロタの町という存在



「租借しろとは、随分なお言葉ですね」


 スヴェアから派遣された文官を前に辛らつな言葉を浴びせるローザ。



「なんとも申し訳ない……」


 文官も神妙に頭を垂れてかしこまるばかりだ。本来、外交なら立場は平等でお互いの利益のぶつかり合いとなるはずなのだが、全くの下手の態度と言ってよい。



 それもそのはず、ロタの町の帰属問題だったからだ。


 王政府は正直言ってこの件を持て余していた。


 守備隊が犯した問題で、現在は峠のふもとまで国境線を下げさせている。


 そのためにロタの町は無政府状態となっているのだ。と、言っても治安が乱れているわけでは無い。もともと田舎で人口も少なく、敬虔なサーム教徒が多いことから争いも少なかった。



 当初は緩衝地帯として空白にするつもりだった。ところが貴族から不満の声が出たのだ。


「勝手に領地を削るとは王家といえども許しがたし」と声が聞こえれば同調するものが出た。


「ロタの国境守備隊は国軍ではないか? ならば何故ヴィットーリオ伯爵が罰を被るのだ」


 地方を束ねる貴族からはこんな声も聞こえた。



 もちろん国境警備の任は王からヴィットーリオ伯爵に命じられているし、そのための予算も計上されていた。


 理屈で言えば管理責任を問われるのも当たり前だろう。それでも罰が重いというのだ。



 王政府は因惑する。


 ヴィットーリオ伯爵を擁護する勢力が無視できない規模で存在するからだった。


 簡単に尾っぽを巻いた王家を批判し開戦を叫ぶ連中も出たくらいだ。


 そこで出た話が租借である。


 これならヴィットーリオ伯爵にも利があった。



「話にならないわね」


 ローズウッドとしては現状で充分なのだ。


 取り立てて利益のない辺境の町など欲しいわけでは無いのだから。




 その後、事前協議に訪れた使者と文官に親書を渡して終わりとした。






        ※※※



 街道工事に魔木の出荷と忙しさを増すなか。


「一度オルネ皇国を訪問しようと思う」とローザに告げた。


 ローズウッド家の経営会議の席上でだ。出席者は村長とロイヤルドさん。それにオブザーバーのルオーさんを含むいつもの連中だった。


 当然、ラトリーも出席している。今では彼女たちロマリカの民は貴重な戦力なのだから。



「そうですね。その方が間違いないでしょう」


 ローザが言うように、多少の不安はあるがオルネ皇国との関係は険悪では無い。ランディ皇子などはかなり好意的とも言えよう。



 もちろん誰か使者を立てる方法もある。


 けれど、今回は僕が行った方が良いような気がしていたのだ。これはローザも同じ考えのようだ。



「あとはルートをどうするか何だけど」


 ククリから海沿いにオルネ皇国に入るか、スヴェアを経由──この場合は王都から西に延びるルート──して行くかだ。


「スヴェアとの調印がありますから、先に王都を訪れては如何ですか?」


 ロタの件で親書を送った。そろそろ答えも出る頃だろう。決まれば正式に調印して条約を結ぶつもりだ。



 さてどうするか? 安全なら断然スヴェアからなのだが時間がかかる。


「ギレアスとはククリの里で落ち合おう」


 時は金なりとも言うじゃん。


「僕の目的はローズウッドの発展だ。スヴェアとは現状で困る事は無いから放っておこう」


 ロタを何とかしたいのはアチラの都合だ。王様には悪いが後回しにすることにした。



 あとは連れて行く人選なんだが……。


 すぐにローザが侍女に指示を出していた。


「旅の間のお菓子を忘れるな! コンペイトウも入れておくのだぞ!」


「マリエス、私とアレス様の旅の支度を! 同行はイネス様は当然として……そうですね? 御者をお願い出来ますか?」


 お茶で寛いでいるルオーさんに視線を送った。親指を立ててニコリと笑うルオーさんって相変わらずカッコ良いな。






        ※※※



 騎乗の護衛を二人連れて馬車は進む。ククリでも二人は相当な騎士らしい。でも最近ロマリカのお姉さんと良い雰囲気だったな。しばらく離れて心配じゃないのかな?


 そう思った僕は窓を開けて聞いてみた。



「ねえ? 彼女とはなれて寂しくないの?」


「なっ! そ、それをどこで! あわわわ」


 純情なのか顔を真っ赤にしてる。くふふ、館の侍女の情報網は凄いのだよ。


「大丈夫。ルオーさんは知らないから」


 によによと笑いながら反応を楽しんだ。


 あとで町に着いたら心づけを渡そうと思いながら馬車に揺られていったのだ。







        ※※※



 ロタの町は以前より活気があった。


「何か人が多いね」


「工事の影響でしょうな」


 ククリの人がそう言った。たしかロザンさんだったか。


「ロザンさん。よく来るの?」


「そうですね。時々見回りに来ています」


 門から入ると衛視の詰め所があるのだが、なんとそこには見慣れたククリの人が二人詰めていた。



「ご苦労」


 ルオーさんの呼びかけに軽く手を挙げた。


「もしかして? 誰かが詰めてるの?」


 聞けば自主的に町の中を巡回しているとか。


「放っておけば荒くれ者が好きにしますから」


 まったくのボランティアらしい。



「ローザ?」


「ご安心を。きちんと、その分の手当ては出しております」


 ホットした。流石はローザだ。


「兵たちには丁度良い休暇と役得なんですよ」


 ロザンさんも笑って言うけど頭が下がる。



 うん、ここは。


「ねえローザ? 彼らに……いや、ククリの人たちに心づけを……。そうだな、差し支えない程度の酒代を出して」


 こういう事は領主としては知らないでは済まされないと思う。今度からはきちんと把握しようと思った。






         ※※※



 アレスたちが無事宿にたどり着いた頃、ロタに暗躍する者たちがいた。


「ローズウッドの小僧が現れました」


「ふん、目障りな」


 誰かと言えばサーム教の神官だ。


 大司教のビグヴィルの命でロタの教会に来た者達である。



「旅装から察して、すぐに旅立つと思われますが」


「うむ、目立たぬようにしておけ!」


 彼らは無政府状態のこの町で、教会税と一緒に徴税を行っている。もちろん正規の徴税では無く勝手にであるが。



「いまいましい連中だが、やつらのお陰で潤っているのも確か」


 敬虔な信者の多い町は代官不在の無政府状態。だがククリ族のお陰で治安は良好、人でも多い。教会にはうまみの多い町だった。



「もう暫くはこのまま、甘い蜜を甘受させてもらおうか」


 そう言って次はどうやって金を集めようかと笑うのだった。

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