第19話動き出した存在
「やはり、全部壊れています」
ここはローズウッドの村を見下ろす丘に立てられた館の一室。
ランディ皇子と騎士の一行は、到着の後しばらくの滞在を決めていた。もっとも冬を迎える前に帰らねばならないのだが。
皇子に用意された最上級の客間では騎士を束ねるヤーレン子爵が報告に訪れていたのだ。
「結界が原因と考えても良いのかね」
「魔導師の話ではそれ以外に古代魔法具が壊れる理由は無いと言ってます」
話している内容は密かに持込んだ古代魔法具が、すべて使い物にならなくなった事が原因だった。
「調査や解析に使う国宝級を多数持ってきたのだが誤算となったようだ」
機能性という点では申し分無いが、優雅さのかけらもない茶器を眺めながら思案する皇子。
「魔法省のうるさがたが、ここぞと攻撃してくるのが見えてきそうです。言い訳はまた考える事にするとしても、調査出来ないのは困りました」
自身に与えられた任務をどうこなそうかとヤーレン子爵も困り果てた様子だ。
「やはり精霊石は複数あったという話です。森喰い虫、その被害を防ぐために使われたのは本当でしょう」
世間話のついでに老婆から聞いたという事実に拍子抜けした。
「隠すほどでもないという事か」
「行商人が噂にするくらいだから秘密でも何でもないのでしょう。しかし、領地を守るためとはいえ精霊石を惜しげも無く使ったのが、まさか本当だったとは、想像以上に不可解な種族です」
ヤーレン子爵が首を傾げるほど、エルフとの国交はおろか交流も殆ど無いオルネ皇国だった。
普通であれば、高価な精霊石を領民のために使うなど考えられないのだ。
「ここから導き出される答えは、ありふれた物とは言わないまでも、それほど貴重な物では無いという事かもしれませんね」
皇子は引き続き調査という名の交流を命じた。
※※
久方ぶりのローズウッドは活気に溢れている。
広大と言っても良い領地に対して、わずかな数しか人が住んでいない。直近の村にいたっては四百人くらいの規模。残りは山岳民族と離れた村落で細々と暮らしている。
そこにランディ皇子一行とルオーさんたちで百人以上が滞在し、さらにロマリカの民が加わったからだ。
「こんにちは」
忙しそうに作業をしている村人に声を掛ける。
「アレス様、こんにちは」
すかさずラトリーが飛んできた。
「どうなの、なにか困った事ない?」
「大丈夫です。みなさん、たくさん良くしてくれてますから」
楽しそうに笑顔で答える。
何をしているかと言えば、ロマリカの民が暮らす家を用意しているのだ。
村にはいくつか使われていない建物があった。そこに手を加えて提供しようとしている。
二階建ての建物は集会場として建てられた。百人は集まれる一階部分と二階は倉庫で、井戸と炊事場が備えられている。なかなか大きな建物だった。
緊急時に炊き出しを考えた作りなのかな。
しっかりとした石作りで古くてもまだ使える。普段から集団生活に慣れたロマリカの民には丁度良い物件だろう。
「宿と食堂にするんだって?」
「はい。みんな張り切っています」
元々村には宿は無い。行商人が訪れれば村長宅に泊まるのだ。けれど今回のように一度に大勢がやって来れば村の処理能力がマヒする。
さすがに貴族ならともかく、商人の類まで領主の館で面倒を見るわけにはいかない。
そこで宿の経営を旅なれたロマリカの民に任せたらどうかと、ローザから提案されたのだ。
「まあ、冬の間は訪れる人はいないから、当分は食堂と酒場だけかな」
「ふふふ、伊達に旅をしてませんから、各地で覚えた料理を披露しますね」
「そいつは楽しみだ」
どちらかと言えば素朴な家庭料理しかないローズウッド。娯楽も何も無かった村人に取っては初めての経験だろう。
予算も豊富だし、ある程度補助してみるかと心にメモをして次に向かった。
向かうのはルオーさんの所で草原の手前、川の近くに建てられた別館に向かう。ここは厩舎を備えた兵舎として建てられた。
と言っても、領軍なんて組織してないから空き家だったんだけどね。
そこにルオーさんの部下たち二十人程が居を構えたんだ。何でも恩を返すまでは帰って来るなって言われたんだって。
「こんにちは」
「おお、いらっしゃい」
ククリ族の戦士と言うだけあって、馬の扱いに長けていた。さっそく到着すると放牧の準備に取り掛かり、あっという間に草原には馬の姿が見られるようになった。
家畜を飼育していた村人に混ざって作業するためか、違和感無いくらいに村に溶け込んでいる。
さすがだな。
侮れんわ、ククリ族。
それとここに来ると。
「おお! 坊主よく来たな」
「こっちに来いよ! 弓を教えてやる!」
「バカやろう! オレが馬に乗せるんだぞ!」
「何言ってるんだ。今日は剣の使い方だろう」
毎度毎度、いやはや。
元気なおじさんたちに捕まって、馬の乗り方から剣術に弓まで驚くくらいに構われる。
ククリ族の大人たちは子供が大好きなのだそうだ。
いや別に変な意味じゃ無いぞ。
どこかエルフと似ていて、集団で子供の面倒を見るのが好きらしいのだ。
だってルオーさんまで「立派な戦士に育ててやるぞ」なんて言ってるくらいだから。
ありがたいと思いながら若干迷惑な僕だった。
「ああ、ごめんなさい! これから行くとこ在るからまたね!」
捕まる前に逃げることにしよう。
ああああ、ごめんなさい。
若干駆け足で森の手前にたどり着いた。
「こんにちは」
リーブさんの奥さんからお茶を貰いながらお土産を渡す。
「随分とたくさん買ってきたんだね」
もちろんスヴェアの王都で揃えた薬草と秘薬。金に糸目をつけねーとばかりに仕入れてきたのだ。
「頼まれていたのは全部あります。あと他に珍しそうな物があったので、ついでに買ってきました」
「どれどれ、ほう。うん、凄いね」
一つずつ確かめるように品質を調べていた。
「どれも状態は良いみたいだ。これなら病人が出ても安心だよ。でも本当にやるのかい?」
「実験なんで、どこまで出来るかわからないと言うのが本音ですけどね」
「なに。領民の健康を考えるなんて画期的だよ」
嬉しそうにそう言ってくれた。リーブさんは真っ先に僕の考えに賛同してくれたのだ。
「資金は出します。リーブさんには面倒をお掛けするかもしれませんが」
「うん、構わないよ。と言うか、僕のほうも驚いてるくらいだ」
石鹸が作れるようになった事で、公衆衛生と医療のシステム化をしようと考えてた。
国民皆保険とまでは行かないけれど、病気や怪我に対しての備えをしようとしているのだ。
「知り合いの薬師や治癒師には声を掛けよう。もっとも皆平民で貧乏だけどね」
そう言って笑うリーブさんだけれど、迫害されている亜人の中にはビックリするくらい博学な人もいるんだ。それと身分を失った人とか。
「はい、何人でも受け入れるので声を掛けてください」
幸い土地と資金だけは沢山あるから、あとは人材だけ。
これはロマリカの民を保護すると決めてから旅の途中で考えた事でもある。
特にスヴェアの王都に実際行ってみてそう思った。
何がって?
いや酷いのよ。
この世界の衛生観念の低さと亜人に対する差別。
他の国は正直それでも良いと思ったけど、綺麗に整備された王都でも臭うんだぜ。
遠くから見たスラムはもっと酷いそうだ。
ローズウッドではごめんだね。
精霊石を売ってお金を手にした僕は考えた。
何か有意義に使えないかってね。
せっかく百年も収入の当てがあるんだ。
確かお金持ちが使うことによって、世間が潤うとかネットで見た事がある。
生き金と死に金だったかな。
大金を持っていても使わなければ意味が無いとか。
日本のタンス預金の話だったかな。ローザあたりはタンス預金しそうだけど。
使いきれない金額を手に入れた僕は少しだけ考えたんだよ。このまま使わなかったらどうなるかって。
結論は良くわからないだ。
正直前世で、まだ高校生だった僕では経済のことなんて分らないよ。
ネットも嘘が多いしね。デフレだとかインフレって聞いても、物が安いのが何でダメなのとか思ってたくらいだし。
でも、富を独り占めしたらダメなのはそう思う。
エルフが貨幣経済を取り入れないのも、そのあたりが関係しているのかもしれない。
だから僕は自分で出来る事を考えたんだ。
その一歩がこれ。
「誰もが幸せになれる、福祉国家を目指します」
実際にはローズウッドは国じゃ無くて地域なんだけどね。
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