第18話アレスの思いという存在



 早朝の王都は朝もやの中に浮かんでいる。


 フーっと吐き出す白い息で、手を擦り合わせながら近くまで冬が来たなと思った。



「全隊出発!」


 掛け声とともに膨れ上がった一行はローズウッドを目指した。


 先頭を騎兵が進み、続いて乗用馬車が並んでいる。後ろには荷馬車の列が長く伸びていた。両脇を固めるのも騎兵でゆっくりとした速度で動き出したのだ。



「なんか凄い事になってるんですけど!」


 ここまで大掛かりになったのは、もちろん大量の金貨を運んでいるからだった。



「彼らが我が国自慢の王宮護衛隊の連中だ。錬度は高いからこの旅は安心してくれて良い」


 向かいに座るランディ皇子が説明してくれた。そう、僕が乗っているのは我が家の馬車では無くて、八頭立ての豪華な馬車の中です。



 いやいや! なんでランディ皇子と一緒なの!


 しかも! 金貨輸送にこの人ったら国から騎士を連れてきたのよ。



「我が国の騎士がスヴェア領を通るのを納得させるのは大変だったよ」


 どうも護衛にしては数が多いと難色を示す連中が多かったとか言ってるけど、百人からの騎士って多いと思います。


 それぞれ二、三人の従者を連れているから、これから戦争に行くよって言われてもおかしくない数まで膨れ上がってるし。




「そうだ、何か飲むかね? おいキミ、お客様に飲み物の用意を」


 傍らに控える侍女に言い付けると、にこやかな笑顔を見せた。ホント僕らに愛想良いよね。



「おおお! これは菓子ではないか!」


 イネスが歓声を上げた。それもそのはず、マカロン風の焼き菓子は甘くて柔らかいもん。


「たくさん用意してあるから、どうぞ召し上がれ」


 皇子自らがイネスの世話をするってどうなのよ? スヴェアでもそうだったけど、王族という人たちは精霊に構いたがるみたいだ。



「うまうま」


 両手に持ったまま、ランディ皇子から差し出された焼き菓子に飛びつくイネス。


 さっそく餌付けされています。


 周りで控える人たちからも微笑ましそうな笑顔がこぼれているし。



 それにしても道中はランディ皇子と一緒なのかな。それだと緊張して疲れるんだけど。


 いや悪い人じゃ無いんだよ。物凄く気さくで良くしてくれるし、偉そうな態度を取ったりしないんだから。



 良い人なんだなって思う。


 でもね・・・・・・。


 何か引っ掛かるんだよね。



 どうしてここまでしてくれるのかってさ。理由が無い親切はちょっと怖いよ。




        ※※





 ローズウッドに向かう隊列は何の問題も無く旅程を消化していた。


 当然だろう。完全武装の騎士隊にかかって来る盗賊とかいないだろうし。


 難所の手前で馬を休めるために休息を取った。



「アレス殿、ここから半分をククリの里に向かわせるよ」


「はい、お願いします」


 何故か僕らに同行する事になったルオーさんから、荷馬車が六台と護衛の騎士がククリの里に残してきたロマリカの民を迎えに出ると言われた


 その間、金貨を運んでいるために足の遅い僕たちは、ローズウッドに先行することになる。



 荷馬車を引くには多すぎる馬の数で、足取りも軽くククリの里に向かう。二頭引きでも充分なのに四頭繋がれていたから、あっという間に分かれて行った。



 馬が多いのはローズウッドに帰れば牧に放たれ繁殖に廻されるからで、しっかりとした輓馬をルオーさんが選んでくれたから力強い。


 もちろん騎馬用も十数頭連れて来ている。これは将来を見据えた投資で僕が提案したんだ。



「良い馬たちですね」


「当然だな。誰が選んだと思う? それにお金に糸目をつけなくて良いのだから良い馬が手に入ったよ」


 ルオーさんが笑いながらそう言った。



 ローズウッドは馬が少ないからね。交易をするのでも農地を広げるのにも馬は必要だ。



「帰ったら牧の整備と繁殖を誰かに頼もうと思っています」


 馬は高価で貴重な上に目利きに優れていなければ手が出せないから助かりました。



 それから王都でかなりの買い物をしている。


 行商人任せでは、なかなか手に入らない道具とか作物の種など。


 特に葡萄の苗木をイネスに何種類か選んで貰ったから試してみるけど、気候的に大丈夫かな。精霊の見立てだから上手く行くと思うけど。



 他には魔道具をいくつか手に入れた。



 今回なにかと騒動の種になった精霊石。


 実は謎が深い。



 イネスが加護を付与した精霊石は別として、属性に染まった精霊石は開放させると魔法が発現する。



 ローザが以前、森喰い虫退治に使ったときに炎の柱が立っていたやつだ。あれは精霊石を開放して炎の魔法を使ったのだ。


 ローザ個人の魔法だと、あそこまでの威力は出ないそうで、そう考えると精霊石は異常だ。



 イマイチ使い道に難がある精霊石。


 ローザに聞いても精霊魔法の触媒以外には使い道が無いようだ。エルフは万が一の時のお守りとして宝飾品に加工して持つらしい。


 ローザが持っていたのがそうだよね。



 でも、エネルギーで考えたら物凄いものがある。それと自分で作れるのでコスト0なのが魅力だ。これって凄いよね? だから魔石仕様の魔道具で精霊石が使えるように出来たらと思ったのさ。



 現代日本人の記憶を持つ僕としては、いくら威力が高くても武器としての利用はご勘弁願いたい。自分が作ったのならなおさら嫌だ。



 核じゃ無いけど、軍事より平和利用ですよ。



 そう思っていろいろ試してみたけど上手く行かない。



 厨房の調理器具で幾度か試してみても駄目。


 精霊石は魔石と違って力を一気に解放するから、魔道具としての利用は困難だったりするんだ。



 それとエルフ製の魔道具だと術式が精密すぎて改良が出来ない。これはチューニングの幅が少なすぎるのが原因だと睨んでいる。


 逆に人族で使っている魔法具はアバウトだったから何とか出来ないかと思っている。



 だからローズウッドに帰ったら色々試してみるつもりだ。いまからそれが楽しみなんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る