第15話秤の神殿という存在
「では今後ともよろしく」
スヴェアの両替商さんから二十五万二千枚の金貨を手付けとして受け取った。残金はランディ皇子が後日運んでくれる事になっている。
この手付けはそのまま神殿に支払われ、取引が成立するまで神殿が精霊石を預かる流れだ。神の保証では詐欺も出来ないから安全だと思う。
「こちらこそ助かりました」
ロイヤルドさんもホッとしていた。
出品者が手数料を支払うのは当然としても、当初の予想額より多い現金を用意するのは大変だ。
「関税は魔木の代金から相殺します」
この世界の税金は高い。
たとえばローズウッドから仕入れた物を王都で売る場合。
スヴェアに持込んだ時点で関税が一割掛かかる。
また王都や王領の商人なら商税二割を売り上げに応じて──利益からじゃ無いのがミソだね──年初に王政府に支払う。
これだけかと思えば、教会税──ここでの教会とはサーム教──を二割取られるから実に半分も税金で取られることになるわけだ。
これが封建領地だと商税は領主に支払う。
といっても割合はまちまちで、多いところだと四割五割は当たり前って聞いた。
この感覚は現代日本を知っている僕からすると異常に思えるほど。
で、これだけかと思えば他にも組合の手数料が必要で、儲けはどこで出しているんだろう? やっぱり商品に乗せるのかね? それとも脱税? いやいやロイヤルドさんはそんな事してないと信じてますよ。
ちなみにローズウッドだと関税一割で商税は一割。教会税はそもそも教会という存在が無い──エルフは自然と女神を信仰してる──からいらない。
これは行商人を優遇しないと来てくれないという事情で、ちょっとだけ特殊な部類に入るかもね。
領民はもっと特殊で、感覚的に言えば全員サラリーマンに近いかな? 雇われてるって思ってくれたら判りやすいかな。
土地の所有は認めていないし、荘園と呼ばれる農地も全部ローズウッド家の所有で、報酬は一定量を現物か現金で支払い村で分配する。
原始的な共産主義みたいなものかな? エルフは元々そんな感じだし。
それでも不満が出ないのだからこれで良いのだろう。もしかしたら人口が少ないから成り立つのかもしれないね。
※※
神殿で手数料を支払った僕らは、神官のスカラソンさんに呼ばれた。
豪華な大聖堂の礼拝堂を抜けて回廊を進む。
秤の神殿は大聖堂と小聖堂に分かれているのは知っていたけど、オークションが行われたのも大聖堂だしここに来たのは初めてだ。
小聖堂は空気が清らかで独特の気配がした。
「アレスといったな。お呼びだ」
そう言って礼拝堂の奥を指し示す。
「ここから先は一人で行って貰う。断っておくがくれぐれも失礼の無い様にな」
誰に呼ばれているんだろう? どうもスカラソンさんの様子がおかしい。具体的に言うとまず顔色が悪い。冷や汗までかいている。
よっぽど偉い人なのか。
あれ? でも確かスカラソンさんって大神官だよね? ・・・・・・えっと。
一番偉い人だって聞いたような。
礼拝堂を抜けると岩に囲まれた中庭に出た。
広さはさほどでもない。
でも、濃厚なというか、空気が重い。
「これってどこかで感じた」と思った瞬間に気を失った。
※※
『起きなさい』
どこかで僕を呼ぶ声がする。
『*****よ目を覚ませ』
そう呼ばれた僕は目を開く。
白い。ただ白いだけの空間に僕はいた。
『やあ、やっと気が付いてくれたね』
誰だろう?
『ふふふ』
「あなたは誰?」
光に包まれて姿はわからない。でも普通じゃ無いのだけはわかった。
『うーん、難しい質問だけど今は秤の神と言った方が良いかな』
「うえっ! 神様!!!」
いやいやいや! 普通どころかトンでもない!
『そう驚くことは無い』
無理です。妖精に精霊とかこの世界はファンタジーだけど、現実に神様にあって驚くなと言うのは無理な話だ。
『ファンタジー? ああ、そうか。うん、キミの認識じゃそうなるか』
あれ? 心を読まれてる?
『そうだね。全部伝わっている』
うげーっ! どどど、どうしよう! 失礼な事するなって言われてたのに! 誰だなんて言ってたよ。ちょー! 神様じゃん!!!
『あはははは、大丈夫だ』
ううぅ・・・・・・すみません。スルーしてくれて。
『さっそくだがキミに頼みがある』
頼み、何だろう。
『キミの作った精霊石を一つ貰えないか』
秤の神様から僕に精霊石を作って欲しいと頼まれた。
神官のスカラソンさんが魔石を用意しているから作って貰えないかって。
「ええと、それは全然かまわないんですけど」
『どうしたのかな? ああ鑑定の事か』
そうなんだ。鑑定で値段が付かなかったのに、高額で売っちゃったからどうかなって思って聞いてみた。
『そうだな。私のしていることは、既にある価値をはかることだけだ』
価値をはかる?
『比べるモノが無ければ秤は傾かない。それが秤の役割だからね。君の作った精霊石はキミだけのモノだ。比べることなど出来るわけが無い。だからキミが決めればそれで良い』
うーん、良くわからないけど。問題ないって事か。
『さて。名残惜しいが、この世界に長くは呼べない。そろそろ帰すとしよう』
そう言われた途端に僕の意識はまたも遠のいていく。
なんか物凄く暖かい気持ちに触れた気がして良い気分になりながら。
『*****逢えて良かったよ。ああそうだ、礼をしないといけないね』
最後にそう聞こえた気がしたのだ。
※※
気が付くと僕は中庭で座り込んでいた。
先ほどまでの濃厚な・・・・・・今ならわかるあれは神気だ。
ローズウッドの泉と一緒。
知っているはずだ。
礼拝堂に戻ると、スカラソンさんが待っていた。
「ふん、どうやら失礼は無かったようだな」
いくぶんホッとした表情でそう言うと魔石を取り出した。
いままで見た事も無いサイズの魔石で三十センチ以上はあるだろうか。
「良くわからんが、お告げでお前にこれを渡せば作ってくれるとと言われたのだ」
因惑した表情で「まさか、秤の神からお告げがあるとは・・・・・・」と、聞けば初めての経験だという。
祈りの途中でそれとなく神託が起きる事はあるらしいのだが、具体的に呼ばれて指示されたのは初めてらしい。
「お、お前もお会いしたのか?」
「はい」
「そ、そうか」
「ええと、ここで作ってもかまわないですか?」
「あ、ああ。なにかいる物はあるのか」
「いえ、とくに」
受け取った魔石に魔力を込めた。慣れたせいか、それとも秤の神殿だからか吸い込まれるように魔力が流れる。
「凄いな」
スカラソンさんが驚いていた。
いや僕もちょっとビックリしたよ。
だって、いつもならある程度魔力を込めてから精霊が集まるのに、この場には凄まじい勢いで精霊が列を成しているんだもん。
口止めは神様から言われてるらしく「安心してよい。誰にも口外はしない」と言われた。
そして七色に渦を巻きながら光り輝く精霊石が生まれた。
どこからか『ありがとう』と聞こえたような気がしたけど、あれって神様だよね。
こうして、『渦巻く精霊石』と呼ばれる秤の神殿の神器が生まれたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます