第16話面子という厄介な存在
僕はまわりで楽しそうな顔を見せる連中を眺めた。
帰国を前にして、ソナム妃殿下のご懐妊を祝う祝賀の宴に呼ばれたのだ。
「ダルマハク国ローズウッド領主アレス・ローズウッド様、ローザ様、イネス様入来!」
来場を告げる呼び出しの声で会場に入る。
本来は招待客と同伴者のみなのだけれど、イネスは別格みたいだった。いや、ローザがそうなのかな。
会場に入ると真っ直ぐにソナム妃に挨拶。
「ご懐妊おめでとうございます」
「ありがとうアレス殿」
次々と祝辞を献じている貴族に割り込む様に案内されたら見慣れない人がいた。
えっと・・・・・・誰?
「これはエリク七世陛下、おめでとうございます」
堂々としたローザの挨拶を聞いて僕もあわてて胸に手をあて膝をつく。
一応、王権に敬意を表して膝を付いたけれど頭を垂れる必要は無かった。
これは、エルフに人族の王権は及ばないからで楽だよね。
「アレス・ローズウッドと申します」
もっとも国を代表した公式な謁見の場ならもう少し違う、具体的に言えば王の呼びかけまで待たなければ不敬に当たるし、直接言葉を交わすことも無いだろう。
当然ながらローザから緊急に、レクチャーと言う名の拷問を受けたから・・・・・・知ってる。
一晩寝ないで、俄かとはいえ外交知識を叩き込まれたのだった。
「ははは、堅苦しい挨拶は無用だ。この度のことソナムから聞いたぞ」
エリク七世を見た僕は心の中で「ふーん、これが王様か」などと失礼な事を思っていた。
いかにも王と言うよりは優しそうなおじさんって感じだ。
「ほう、そちが精霊のイネス殿か」
「うむ、お主が人族の王か。間違いなく我がイネスじゃ!」
「精霊様! お、王の前ですぞ!」
横で御つきの人たちが青い顔をしてたしなめたけど、イネスに外交的な挨拶を求めるほうが間違っていると思う。
「かまわぬ、精霊とは自然そのもの。そこに王の権威を振りかざしても意味は無かろう」
スヴェアでは王の言葉は絶対である。
これでイネスの態度も失礼には当たらない事になった。
・・・・・・と言うより。
「ほれ、美味いか?」
ああ、これは。王様は餌付けがしたかったのか。
「はむはむ、おおおおお!!! これはなかなかいける! 良し! 王よ! もっとよこすのじゃ!」
手ずから差し出された料理を、次々と口に入れては満足げな表情で笑うイネス。
「おお! おい! もっと持って来い!」
完璧にペット扱いの王様を見てソナム妃はニコニコしている。
一国の王に食事の世話をさせるって・・・・・・まあ、精霊だからありっちゃありかも。
餌付けに満足したのか厭きたのか、その場をソナム妃に預けると別室に誘われた。
何だろう? 僕一人を案内するって。
普通に考えれば加護のお礼とかその辺なんだけど。
護衛の騎士に挟まれて離宮の奥へと進む。
登ったかと思えば下り、狭い部屋を三度四度と抜ける。すでに自分がどこを歩いているかなど覚えていない。広い離宮内部は複雑で一人で帰れ無い事は確実である。
「そんなに肩に力を入れなくても大丈夫だぞ」
大丈夫って言われても、無理ですから。
豪華な私室に案内されて、僕は緊張でがちがち。
騎士も下げられ、部屋の中に居るのは王ともう一人だけだった。
「ベルンハルトだ」
恰幅の良い中年の貴族はつまらなそうに名前だけを名乗った。
「この無愛想な奴が宰相のベルンハルトだ」
「なに、この後の話を考えますると宰相としては、愛想など振りまく気にはなりませんな」
ふー、随分と好戦的だな。
「初めましてアレス・ローズウッドと申します」
「まあ良い。勘弁してくれ、こういう奴なのだ」
苦笑しながら王は手で宰相に座るように促した。
緊張をほぐすためか軽く雑談を交わし、茶菓子を交換したあたりで王が切り出した。
「本題に入ろう。ここに呼んだのは他でもない。例の祝福の件だ」
はぁ、やっぱりそうか。
「まずスヴェア王国として礼を言おう」
「へっ! 陛下!」
これは大変な事と言っても良い。一国の王がエルフといえども地方の領主でしかないアレスに礼を言うのだから。
このために人の居ない所に案内したのかね。
「もちろんそれだけでは無い。ベルンハルト」
王は宰相に続きを促すように声をかけた。
「はっ、アレス殿」
「なんでしょうか」
「スヴェア王国として世継ぎが出来、しかも精霊様に祝福までされて誠に喜ばしいが、それだけでは済まない問題もあるのだ」
何かと思えば対価の事だった。
「懐妊を祝っての品としては、いささか高価すぎる」
これがこの場の本題だったのか。
「すまない」
王は申し訳なさそうにしている。
対価としては目安が一応ある。
天秤のオークションで付いた価値が十一万ノルン。王国金貨に換算すると六十六万エーギル。これが精霊石の価値となるからだ。
「妃殿下に拝見させて頂いたが見事な物であった」
まあそうだよな。あれは特別だし。
実際イネスによって加護の役割を付けられた精霊石は大きさで三倍以上あった。
「単なる祝福ならさておき、神器に匹敵する物を受け取って、何も返さぬというのは対面上受け入れるわけにはいかないのだ」
なるほど、要するにお返しをどうするかって事か。
「単純に三倍の金貨でといかない事が問題になっておる」
「実はね、秤の神殿で鑑定を受けたんだ」
ソナム妃殿下を連れて──加護の精霊石は妃殿下から離れないため──神殿を訪ねたそうだ。
「心地よく鑑定の儀式は受けられたんだがね」
王の顔色が悪い。
「どうされたのですか?」
「・・・・・・三千万ソナム・・・・・・」
「はぁ?」
ええと、いまトンでもない金額が聞こえたような。
「鑑定で出た評価が三千万ソナム。王国金貨一億八千万枚だそうだ」
到底払えない額。これが密かにアレスを呼んだ理由であった。
「属性が全部揃っているらしい」
ぼそっと宰相がつぶやくが、どうもイネスが頑張りすぎてしまったらしい。
「あはははは。この世に二つしかないらしいよ。それで、もう一つは秤の神殿にあるらしいってさ」
二つとも何でスヴェアにあるんだと、王の目も虚ろだった。
「そこでだ! アレス殿!」
「ひゃい!」
いきなり宰相に迫られ変な声がこぼれたアレス。
「ななな、なんとか融通を図ってくれんか!」
要するに対価を払えないから助けてくれと言う話だった。
代わりに贈り物で返そうにも、適当なものが無いらしい。
個人的には宝物でも良いんだけれど、国宝はさすがに勘弁して欲しいとの事だ。
で・・・・・・。
「せめて二十年、いや五十年の分割にしてくれんか!」
これがこの秘密会談を持つ事になった目的である。
国としての対面としてタダで受け取るわけにもいかないと言うのだ。
「通常、他国から祝いの品を受け取ったら、半分は返すのが通例なのだよ」
悲痛な宰相の声だが、ざっと現代のお金に換算してみたらよく解る。
僕は金貨の価値を五万円くらいと考えていたからだ。
そのまま物価が当てはまるかは疑問だが、実際に買い物してそう感じた。
ええと、計算してみると・・・・・・王国金貨一億八千万枚と言うから・・・・・・あれ? えぇえええ!!!! 九兆円!!!!!!
冷や汗が出てきた。
半分としても金貨九千万枚だよね。
それを五十年分割で支払うって事は百八十万枚? 日本円にして・・・・・・九百億!?
まあ、この世界と日本を比べるほうがおかしいけれど、スヴェアの財政規模で考えれば年百八十万枚を毎年支払うというのは過酷と言っても良いか。
王都で人口が二十万人ほど、王国全体でも三百万人くらいの小国なのだから。
こうして拒否できない交渉という名の密談は終わった。
「・・・・・・はい。それで結構です」
がっくりと疲れたアレスだったが、結局最初の話はなんのその。
「では百年分割ということで」
何時の間にか伸びた分割年数は百年。
「すまないねアレス殿」
「出来れば何か買っていただければ良いのですがね」
王の再度の謝罪と宰相の声を聞きながら、アレスの外交はスヴェア王国の圧勝に終わった。
もっともエルフにとって百年など刹那の時間である。
百年分割か・・・・・・長いな。
でもまあ当分使う予定もないし問題ないかも。いっぱいあってもどうせタンス預金するだけだしね。
ああそうだ! 帰りに少しだけお土産買おう。今回はそれくらいの贅沢しても罰は当たらないだろうし。
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