第14話閑話 ルオーの覚悟



「逃がすな!」


 暗殺の失敗を悟り、逃げ出そうとする相手を取り囲む。


「ぐぬぬぬぬ!」


 こうして外から忍び込もうとすれば、敷地に足を踏み入れた瞬間に風に絡め取られる。


 ご丁寧にも口を開けた状態で閉めることも出来ない。出来る事は悔しさに身を震わせるだけ。



「連れて行け」



 自害する事も許されない。



 哀れ以外に言葉は無かった。



 昨日まで、苦心していたのが嘘のように容易く捕まえられた。


 これというのも精霊様のおかげである。



 姉上が身に付けている精霊石は凄まじい威力を発揮した。


 なにせ離宮全域は精霊の目で監視され、蜘蛛の巣のような縄張りと化したのだから。



「妃殿下にお目通りを」


 侍女に声を掛け、奥殿につながる中庭に向かった。弟といえども奥殿の近くには簡単には出入りできない。


 しかるべき侍女か女官の許可が必要だった。




        ※※



「うふふ、時々確かめるようにお腹をさわるのよ」


 姉上はくすぐったそうにしながら、まとわりつく風の精霊に微笑みかける。


「分かるのですか?」


「そうね。見えないけれど何となくね」


 嬉しそうな姉上の姿を見て安全な事のありがたみを感じた。



「王都では噂で持ち切りだそうです」


 懐妊の噂は瞬く間に王都に広まった。


 世継ぎの誕生の知らせにヨールの祭事が重なった事から王都はお祭り騒ぎとなった。



 しかも、意図的に『スヴェアの御子が精霊に祝福された』と、付け足された事で何時の間にか神の子と呼ぶものまでいる。



 もっとも都合の悪い連中にとっては悪夢以外のなにものでも無く、かねてから手配していた奥向きに勤める者が動きを見せた。



 毒による暗殺を企むもの三人。直接的に危害を企てたもの四人。



 わずか一日で七回狙われた。



 もっとも、精霊の目を潜り抜ける事など叶うことも無くすべて捕らえられていたのだけれど。



 毒を仕込もうとした者は自らの手で毒を含み変死を遂げ、刃物を隠し持てば喉を突いて死んでしまう。


 尽く身体が意思を無視して、勝手に行動してしまうのだ。



 それも胎教に悪いとでも言うように姉上の目から離れた場所で行われる。



 具体的に言うと、俺の前にわざわざ連れて来て死刑執行だ。



 あっと言う間もなく、自らで裁きを付けてしまう暗殺者たち。


 まあ、精霊が身体を勝手に動かしているのだろうが。



 休まる暇もない。


 なぜか? 決まっているだろう。


 精霊から『報酬をちょうだい』と言われたような気がしたと思った瞬間に、身体から何かがごっそり抜けていくからだ。


 たぶん魔力を抜かれたのだろう。



 くそっ! 報酬は俺の魔力と勝手に決めやがったようだ。



 姉上の安全に代えられるものは無いのだが、誰の指図なのか分からなくなるから簡単に殺さないでくれと頼めば、先ほどの賊のように捕まえてくれた。



 実に便利な護衛だ。


 もっとも、その後要求される魔力の量が増えた気がするのだが気のせいだろうか。



 このまま吸い取られ続けたら寿命が縮むのかと恐怖している。


 何事も無ければ良いのだが。




「感謝しないといけませんね。アレスくんが来なければ精霊様の加護も無かったもの」


「アレスくん・・・・・・ですか」


 姉上は親しみを込めた相手を『くん』付けで呼ぶ癖がある。


 以前に離宮で陛下を「エドくん」と呼んだとき──エドガー・エリク七世だかららしい──は周りが絶句していたほどで、侍従長などは髭がひくひくと引きつっていた。



「流石にアレス様を『くん』付けするのはどうかと思いますが」


「あら? いけないかしら? 本人からは心地よく了解を頂いたのに?」


 いや確かにアレス様からは許可を頂いたが、あれを心地よくと言い切れるのかこの人は。


 半ば無理やり押し切った様に見えたのだが。



 けれど、姉上が言うようにローズウッドから訪れた少年には感謝をしなければならないだろう。


「何を以って返せば良いのかしら?」



 これが商人なら利で何時か返せるだろうし、臣下なら報酬をもってそれとすれば良い。


 たとえ足りなかったとしてもだ。



 けれど、あのエルフの少年から受けた恩をどうすれば返せるのだろうか?



「天秤のオークションでは精霊石に十一万の値が付いたそうよ。この加護の精霊石は幾らするのかしら?」


 姉上は虹色の精霊石を手に取った。


 下世話な疑問と笑うことなかれ。


 分かっている。


 祝福の儀式で授かった精霊石に値段など付けられるわけが無いのだ。



 要するに対価を払えないものを譲り受けたと言いたいのだろう。



「あなたならどうするかしら?」


 この問題は難しい。スヴェアだけの問題では無いからだ。


 姉上はククリ族の姫巫女。


 今回は、族長の頼みで姫巫女を守るため加護が与えられた。



 要するに一族として恩を受けたに等しいのだ。



「・・・・・・思い浮かびません」


 戦の事ならまだしも、この難問に浮かぶ答えは出ない。



「姉上にお任せします」


 俺は残念ながら考えるより戦うほうが得意で、おつむのほうは賢くない。そう言った事は姉上に任せる事に決めていた。



「そうね。では、ククリの姫巫女として申し付けます」


 その瞬間、普段の優しいスヴェアの妃殿下の姿は消えうせた。


 ククリの姫巫女の顔に変わる。



「死になさい!」



 ────────────っ! 



「未来永劫! ローズウッドに関わるものに危機が訪れた時には! 盾になり! 最初に死ぬ事を命じます!」



「最初に死ねと?」


「ええ。この度のことでいずれ災いが起きるやもしれません。その時に盾となり最初に死になさい」


 にっこりと笑って言った。



「出来ますね?」


 ふふふふふ、剣でも槍でも無く、盾になって死ねと・・・・・・。



 面白い!


 普段なら代わりに戦えとでも言うのだろうが、相手はエルフに精霊様とくれば俺以上の戦力で意味はない。



 ならば盾。



 うむ。それならやり遂げる自信がある。



「このルオーやり遂げて見せましょう」


 そう『王の守護者』たるククリのルオーが。

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