第13話公表とオークションという存在
祝福の儀式のあと場所を移した。
「こちらでお待ちくだされますか」
女官に案内された応接室。
場所が奥向き手前で、あきらかに高位の女官が現れるなど扱いは最上級である。
待つことしばし、ソナム妃殿下は若い男性を連れて現れた。
「ルオーと申します」
弟と聞けばなるほどと思った。
いかにもロヴァルを若くした感じで良く似ていたからだ。
うん? 人払いしたのか。
中庭では侍女や女官など結構な人が世話をしていたけど、この場に現れたのはソナム妃殿下と弟のルオーさんだけだ。
「イネス様。先ほどは祝福をありがとうございます」
そんなソナム妃殿下の言葉から歓談は始まった。
政治利用という言葉がある。
前世では皇室がうんぬんとか良く耳にした。
もちろんネットでの知識だけどね。
「では精霊から祝福を授かったことを公表したいと言うのですか?」
ローザが難色を示していた。僕のこともあるから大っぴらにしたくは無いのだろう。
これは良くわかる。心配しているのだろう。
話はこうだ。
現在のソナム妃殿下を取り巻く状況は複雑だった。
正妃マルグレーテとの関係はそれなりに良好であるらしいのだが、取り巻きに問題があるらしい。
取り巻きとは要するに利権を握っている連中の事かな。
現在おおまかに分けると、スヴェア王国には三つの勢力があるそうだ。
宰相を旗印とした一派とサーム教徒の貴族で、この二派は高位の貴族が多く共に正妃マルグレーテを支持していた。
残りは官吏と下級貴族なんだけど、数は多いが力的には弱いみたいだ。
「彼らにとって、この子の存在は都合が悪いのでしょう。とくに宰相と教会が手を結んだことで、予断を許さない状況にあります」
悲しそうなソナム妃殿下はお腹を労わるように擦った。
暗に示しているけど内実はソナム妃殿下、もしくはお腹の子が危ないということかな。
まあ、世継ぎが出来れば権力構造が変わるから必死なんだろうが・・・・・・。
なんだかな。嫌な国だわ。
懐妊も王様に伝える前に漏れているみたいだし、当然離宮にもスパイがいるって事だろうと思う。
「懐妊を公表すれば最悪・・・・・・魔の手が伸びる事もあるのが現状です」
そこで今回の事を利用する。
離宮にて招いた精霊が懐妊に気付き祝福を授けたと。
「ククリの者なら精霊様を敬うのは不自然ではありませんから招く理由になります。陛下にもそう伝え、離宮のものには軽い口止めを出す程度にしたいのです」
精霊の祝福を授かるというのは慶事にあたる。王国の世継ぎにこれが与えられた事を利用したいという。
要するに手を出し難い状況を作りたいのか。
うーん、どうしようかな。
イネスと目が合ったら「ん? アレスの好きにして良いぞ」と、はいはい。お菓子に夢中なんですね。
イネスは祝福どころか加護まで与えてるし、いまさらって感じだしな。
ローザが気にしているのは僕が精霊石を作れるって事だけだし、それさえ漏れなきゃ大丈夫だろう。
それと加護の件は話したよ。
物凄く驚いていたけど公表するかは任せてある。
「では、イネスを政治利用したい、と? いう事ですか」
僕はちょっとかっこ付けて、ネットのにわか知識を披露した。
いや、使ってみたいじゃん。普段はこんな言葉を使う機会は無いし。
「えっ! いいえ。そ、そう言われれば否定できませんが、決して精霊様を利用しようとなど」
「でも実際はそうですよね?」
王族相手にどうかと思うけど僕はエルフ。
人族の理に縛られる事が無いのはこういう時には実に便利である。
恩を売れる機会では最大に利用する事にしよう。
※※
「なるほど、精霊石の値段ですか」
僕が出した精霊石を手に取ったソナム妃殿下。直径三センチ近いけど僕が作った精霊石のなかでは小さいほうだ。
加護を込めた精霊石と比べながら時々ため息を吐いていた。
色は青と赤で中心に行くほど強く光っている。ちなみに虹色の精霊石は直径一〇センチ以上はあった。
なぜこんな事をしてもらっているかといえば、祝福を公表する代わりにソナム妃殿下に鑑定を頼んだからだ。
王族に頼むのは下世話な事だと思うが僕ではどうにも決められない。
ソナム妃殿下なら、普段から宝石なんかを手にする機会が多いからね。
「確かに形は魔石ですね」
祝福の儀式で作るところを見られているので今更なのだが、イネスが作った事にしてあくまで僕は手伝ったと説明していた。
「そうですね、決めないのはどうでしょう?」とソナム妃殿下。
「決めない? どういう意味でしょうか?」
「ええ、神にも決められないのなら、欲しい人に決めてもらったら良いんじゃ無いかと思って」
秤の神様の鑑定の事も話してある。
「それで良いのでしょうか?」
ちょっとだけ不安。
僕が難色を示すと大丈夫ですよと言われた。
「これだけの綺麗なものですもの、きっと価値が判る人なら大丈夫と思います」
うっとりとした顔は女性特有だな。
ローザにもあげたら喜んでたし。
この一言を受けて僕たちは決めたのだ。
スタートをゼロで始めると。
ゼロ円スタートって、ネットオークションみたいだわ。
※
オークション会場は熱気に包まれていた。
もちろん交渉に現れたのは代理人で、当事者じゃ無い。大手の商会の関係者だとか。
すげー貫禄があるんですけどけど。
いかにも私は名家の代理人で、庶民など相手にしておれませんって・・・・・・いやなオーラがビンビンと伝わる。
「では、これより天秤のオークションを開始します」
今回はファーストプライス・オークションで行われる。
これは一番高い値を付けた買い手に販売される方式だ。
開催者が一段高い場所に立った時。
「おお、始まるところだ。どうやら間に合ったようだね」
遅れてきた参加者だろうか? 背の高い金髪の青年が現れた。
オークション開始と同時に白熱した。
「一万!」「一万二千!」
スタート後すぐに一万を越えて競りは一気に加速していく。
「こ、これは・・・・・・流石は天秤のオークションですね」
ロイヤルドさんも若干引き気味なのも良くわかる。
ここで使われている単位はすべてノルン(神貨)だ。
「ノルンは天秤のオークションで使われる単位で神の通貨の総称です。もっとも実際には流通していないので、エーギル金貨で支払うのが一般的ですね」
さすがにロイヤルドさんは商人だけあって、丁寧に説明してくれた。
なぜノルンを使うのかは、各国金貨の価値に違いがあるからだ。
直径二十二ミリで重さが約八グラム、金の含有量が約九割。これが条約で決められたエーギル金貨だが、実際には各国で微妙に差がある。
「ほら、持ってみたら判ると思いますが重さが違うでしょう?」
「本当だ」
見せてもらった金貨は比べると確かに違っている。
「一ノルンに対しての交換率で言えば、スヴェアの発行している金貨は六枚と他国に比べてやや高くなってます」
他にもバラン共和国などは九枚でスオメン帝国とオルネ皇国が七枚だそうだ。
この比率がそのまま市場で通用するわけでは無いが、エーギル金貨の価値を秤の神殿で決めている事は通貨の保証をしている事と等しい。
なぜなら神殿を通せば他国の通貨を交換する事が可能になるからである。
「もっとも我々商人が誰でもと、いうわけには行かないんですけど」と苦笑した。
許可を受けた両替商だけらしい。
うーん、要するに銀行の事だね。
だとすると神殿は日本銀行か。
ここで通貨の単位を並べると一エーギル金貨は一〇〇グラン銀貨が基準になる。
そして一グランは一〇〇スルト(銅貨)となって、補助通貨として二十グラン銀貨二十スルト銅貨もあった。
それにしても・・・・・・。
マジ、ぱねっす。
いやいやいや! この人たち正気なのかと目を疑うわ。
だって・・・・・・。
開始からあっと言う間に値段が上がり留まることを知らない。
「良いんですかね? こんなに高くて」
僕らの予想では高くても三万ノルンで収まるだろうと思っていた。
けれど・・・・・・。
「十万!」
誰もが会場の熱気に中てられていたが、流石に十万の声がかかるとどよめいた。
あっ、さっき遅れてきた人だ。
誰だろうあの人は? ロイヤルドさんも知らないと言うし。
青年は金髪の美丈夫で、どことなく華やかな雰囲気があった。
最初に出された青い精霊石は十万ノルンで彼の手に落札されていった。
「十万ノルンですか・・・・・・」
王都で庶民は月に金貨五枚の収入を得て一人前とされる事を考えれば、どれだけの大金かわかると言うものだ。
続いて赤の精霊石の出番だ。
「七万!」
「八万!」
いやいや凄いね。
いま競りに残っているのはスヴェアの商人とその青年だけだ。
「ええい! くそっ! 十一万!」
鬼気迫る顔で、やけくそ気味に声が鳴り響いた。
十一万ノルンといえば金貨六十六万枚。
その勢いに諦めたのか青年は引き下がった。
赤の精霊石はどうやらスヴェアの商人の物となったらしい。
※※
「困ったな」
落札の後は当然支払わなければならない。ところが、支払い方法で困った事になったのだ。
「まさか手形が通用しないとは」
オルネ皇国のランディ皇子は困った顔をしていた。どことなく気品があって華やかなはず、はい隣国の皇子様でした。
通常、大きな取引となればギルド間の決済が主になる。
そう約束手形はこの世界にもあるのだ。
でもローズウッドには商業ギルドが無いんだよね。
誰にも必要なかったからな。
貨幣経済を採用していないエルフにとって信じられるのは物だけである。
まさかの物々交換の世界。どれだけ後進国なんだよって話だ。
確かに大きな取引に魔木もあるけど、これは大部分がロイヤルドさんの所に預けられ、ほとんどがエルフ領に物品で運ばれていく。
要するに母の元に渡っていくわけだ。
従って現金化するのは一部なので、いままで問題になった事は無かった。
皇子も国に戻れば幾らでも金貨があるとはいえ、運ばせるには時間が足りなかった。
オークション後はすみやかに支払うのが規則だったりするからね。
もっともお互いが同意すれば、その限りでは無い。
「残念ですが、交換のたびに国を出るのも不便ですから」
にこやかな顔のローザさん。皇子相手でも強気です。
エルフを含めてローズウッドも、条約を結んでいないので手形決済に応じる必要が無いから、これは正当な事だったりする。
あくまで手形取引は条約を結んだ上で国が保証するからだ。
「金貨の手配をお願いできますか?」
皇子はスヴェア一番の両替商に確認をとっている。
先ほど十一万の金額で落札した人だ。
「私どもでもさすがに直ぐにとは・・・・・・」
「うーん・・・・・・困ったな」
幾ら両替商といっても百二十六万枚もの金貨をこの場で揃えるのは大変そうだった。
「せめて二日頂ければ用意できるのですが」
おお! 凄いな。二日あれば用意できるのか。
「ではこうしましょう? 用意できるまで待ちますので、引き換えは金貨と同時とさせてもらいますか?」
ん? ちょっと黒い顔をしたローザ。なにか企んで無いか?
「おお! そうして貰えれば助かります」
「でも・・・・・・」
「どうされました?」
来た来た! これは何かをお願いする時のポーズだ。
僕もこの顔で頼まれると「うん」と言ってしまうんだよね。
「では、受け取りはローズウッドでお願いします」
おおおおおおおおお!!!! ナイス! ローザさん。
「・・・・・・ローズウッドですか」
「ええ、その際にもう一方の金貨も一緒に運んで下さいませんこと? おほほほほ」
ナイスだよ! 実は受け取った金貨を運ぶのを困ってたのよね。なにせ百二十六万枚だから。重いし危険だし。
「よろしくお願いします」
交渉がまとまったのか、黒いローザは笑顔を満面に浮かべていた。
対照に皇子の顔は若干引きつり気味である。
※※
この後ちょっとした騒動が起きた。
王都ではヨールの祭事が行われていた。
近隣、いや大陸中から集まる商人と観光の人たち。その数は普段の数十倍とも言われる。
まず行商人は王都に着くと金貨を両替した。つり銭を確保するためだ。
両替商はその分を見込んで例年通り金貨を用意していた。
けれど、天秤のオークションで落札された精霊石が、まさかの現金払いということなど誰が予想していただろうか。
百二十六万枚の金貨は近隣の都市からもかき集められて行く。
当然不足する金貨。
需要と供給が崩れれば混乱を招く。
こうして、しばらくの間王都近隣では貨幣の不足が続いたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます