祭ー2

第二回戦、対決開始の銅鑼が鳴った。


茶髪の少女が先にしかける。

天高く手を伸ばしたかと思うと、黒髪の少女に猛烈な吹雪が吹き付けられた。黒髪の少女はとっさに結界を張ってその吹雪を凌ぐ。


吹雪は観客席にまで猛威を振るっており、黒髪の少女と同じく結界を張って身を守れた者もいれば、間に合わずに吹雪の直撃を受けてガタガタと体を震わせている者もいた。


黒髪の少女は結界で吹雪をしのぎながら攻撃に転じた。彼女が舞台の床に手をあてると、床から植物の蔓が生えてきた。その蔓は少女たちの背を超えると、色とりどりの花を咲かせた。

赤や黄、橙の花々が少女たちを囲んで、舞台の上はまるで劇の一幕のように華やかに彩られる。だが観客たちが花の美しさに魅入られたのも束の間、その美しい花弁の中から花粉のようなものがまき散らされた。


茶髪の少女は袖で鼻を覆いながら狐火で舞台上に咲いた花を燃やし尽くす。どうやらその花粉には催眠作用があったようで、前列の観客たちはぐっすり眠り込んでしまっていた。


「好敵手って感じだよな。あの娘たちさ」

「そりゃ私がそう組み合わせたからな」

振り返るとそこには舞台を見つめる蘭の姿があった。

出てくるのが遅なってごめんな、と謝る。

「蘭さんが対決の組み合わせを考えたの?」

「そうや。あの娘たちが一番映える組み合わせにしたんや。この闘いはあの娘らにとったら婚活の場やからな」

「え、婚活?」

楓が目を丸くする。

「狐社会は実力主義やからな。女かて霊力が高くて妖術に長けた者が嫁候補として人気なんや」

ゴンがなるほどと頷く。

「自分の妖力の高さを見せつけたいのか」

そういうことや、と蘭が微笑んだ。

「実際にこの祭りに参加したことで、名家から嫁にと声がかかることもある」

「命がけの婚活ってことね」

「嫁の貰い手が見つからんでも、神さんに気に入られたら神使として雇ってもらえることもあるしな」


少女たちの力はまさに互角でなかなか決着がつかない。

次第に彼女たちの顔には疲れの色が見え始めていたが、会場は逆にどんどん熱気が高まっていくようだった。

その観客たちの熱気に追い立てられるように、彼女たちは戦闘を続ける。


互角の闘いが繰りひろげられるなか、茶髪の少女が木の葉を取り出し、大蛇に化けた。

これだけ霊力を消耗している状態で変化の術を使うということは、彼女はこの闘いを終わらせにかかっているのだろう。


大蛇の牙からは、どす黒い液体が滴り落ちる。黒髪の少女は、舞台の上を駆けずり回ってなんとかその牙をかわしながら呪文を唱えた。


直後は何も変化がないように見えたが、みるみる大蛇の動きがおかしくなってきた。

的外れなところに噛みついたり、体をくねらせてもがいているように見える。

「幻術をかけられたな」

大蛇が幻覚に囚われ、のたうち回っている間に、黒髪の少女も変化の術を使った。

彼女が化けたのは、大蛇の大きさを上回る巨大な猿だった。


猿は鼻息荒く大蛇に突進し、その拳を振り上げた。躊躇いなく大蛇を殴りつける。周囲には蛇の血が飛び散った。それは可憐な少女がやっているとは思えない、地獄絵図のような光景だった。


蛇が殴られる度に会場からは狂ったような歓声があがった。会場の興奮はまるで生き物のように場内をうごめいている。

「おお! いけえ!」

雨夜までもが飛び上がって拳を振り上げていた。

「お姉ちゃんてば! 一応、救護所なんだから、わきまえてよ」

雨音は興奮する雨夜を座らせようと必死だった。

楓は目をきゅっと瞑って後ろを向いてしまい、ゴンに終わったら教えてと叫んでいる。

「もう見てらんないなあ」

ゴンは彼女たちを憐れむような目で見つめていた。


少女たちはこの闘いに魂をかけている。妖術を愛する誇り高い妖狐として、持てる力を出しきり、自らの未来をつかみ取ろうとしている。その覚悟を踏みにじってはいけない。だが…


(この闘いに、まだ意味はあるのか)


最初は確かに、少女たちの妖術を披露するための闘いだったのだろう。しかし今、目の前で繰り広げられている光景はどうだろうか。観客たちの熱気に煽られ、非情なまでの暴力性をさらけ出し、そしてまた観客の好奇な視線に酔っていく。

もう、こに誇り高い妖狐などいはしない。

狂気的な空気に呑まれ、我を忘れて踊り狂う獣である。

もはや少女たちの人生に寄与するものなど何もない。ただ、残虐な快楽に呑み込まれて身を亡ぼすだけだ。


瑞穂は立ち上がった。そして舞台の方へ歩き出す。

そんな瑞穂の肩を誰かがつかんだ。

「何する気や?」

振り返ると蘭が険しい表情で瑞穂を見つめていた。

「二人の闘いをやめさせる」

「あほなこと言わんといて。この闘いはどちらかが降参するまで、外野が手だししたらあかん」

大蛇は血まみれになってぐったりしていたが、降参の意思を示す気配はない。

「もうこの対決に意味なんてないよ。蘭は観客たちの好奇心を満たすためだけに、彼女たちを舞台に送り出したのか?」

蘭は屈辱的な表情を浮かべた。

「そやない。けど、ここでやめさせたら、対決を途中で投げ出した弱者として、一生後ろ指されるんやで。あの娘らは家の名も背負って闘っとるんや。中断なんかしたらもう家に帰れんかもしれん」

「それだって命あっての話だろう。このままじゃ、観客たちの食い物にされて、二人とも死ぬぞ」


その時、背後からわあっと歓声があがった。

「大蛇のやつ反撃しやがった!」

大蛇は、なけなしの力を振り絞って猿の足に噛みついたのである。

猿は大蛇にかみつかれたあと、足元がだんだんおぼつかなくなり、ついにはどしんと大きな音を立てて舞台に膝をついた。


猿は少女の姿に戻ると、舞台の上で盛大に嘔吐した。

瑞穂はすぐさま彼女たちの元へ走った。楓とゴン、祭りの係員者たちも担架を担いで舞台に向かう。


舞台の上には、人目もはばからず嗚咽に苦しむ黒髪の少女と、打撲痕と血にまみれた茶髪の少女が横たわっていた。

「この娘は骨折しているかもしれないから、できるだけ体を動かさないように運んで」

係の者たちは瑞穂の指示に従って、茶髪の少女をそっと担架に乗せる。


「なんか準備しとこうか」

楓とゴンも舞台の上にやってきた。

「楓は結界紐と炭粉を飲ませる用意を。ゴンは包帯、清めの軟膏、あと適当に添え木になりそうな枝を何本か取ってきてくれ」


楓とゴンは瑞穂の指示通りそれぞれ準備にとりかかった。瑞穂は担架に少女たちを乗せるのを手伝い、彼女らとともに救護所に向かう。

救護所に着くと楓とゴンは、すでに治療の準備を整えて待っていた。

黒髪の少女は一旦嘔吐は止まったようで、青ざめた顔はしているが意識は、はっきりしている。

「楓はこっちの娘に炭を溶かした神水を飲ませて、ゴンは結界紐で足を縛ってくれ」

瑞穂は二人が黒髪の少女の治療に取りかかっている間に、茶髪の少女の容態を確認する。

こちらの少女の方がぐったりしていて意識も朧気だったが、予想していたよりも傷は浅く、骨折しているところはなかった。


(変化しているときに受けた傷は軽くなるのか…)


先ほどの若い男の狐も、火鳥の炎で火傷しているだろうと思っていたが、実際彼の体を診てみると手当の必要そうな火傷は見当たらなかった。


瑞穂は少女の体の出血箇所に清めの軟膏を塗布し、上から清潔な布をあて包帯で巻いた。その横で黒髪の少女は楓に介助されたながら炭を飲んでいた。噛まれた足にはすでに結界紐が巻きつけてある。


救護所の周りには、彼女たちを運んできた係の者たちと、観客たちまでもがぞろぞろと取り囲んで治療の様子を眺めていた。

そこに揚戸与がやってきて、皆さん席に戻ってくださーい、と叫ぶ。


観客席に戻っていく野次馬たちと入れ違いに、数人の狐が救護所に駆け込んできた。

「葉子!」

駆け込んできたのは、少女たちの親だった。少女たちの体を労しそうに撫でる。

瑞穂は簡潔に二人の容態を彼らに説明した。彼らは口々に感謝の意を述べながら泣き崩れた。

その様子を見て瑞穂は思った。

(こんなにも彼女たちのことを思っているなら、なぜこんな祭りに参加させたんだ)

瑞穂の思いを察したのか蘭がそっと声をかけた。

「色々言いたいことはあると思うけど、あの親たちも我が子のことを思って祭りに参加させたんや。それが誉れやと信じてな」

瑞穂は喉の辺りまで出かかった言葉を飲み込んだ。


妖はそれぞれ独特の風習を持っている。それは彼らの文化であり誇りでもあるのだ。神とて無暗にその誇りに触れていいものではない。瑞穂にとっては因習と思えることでも、立場が違えば、それは誉れ高い行為ともなりうるのだ。


少女たちは一時間後には随分顔色も良くなり、家族に連れられて家に帰って行った。

「さすが妖狐、回復も早いし、最後まで人の姿を保ってたってのはさすがだね」

雨夜と雨音も一緒に少女たちの看病をしながら、足りなくなった神水を作って少女たちに持たせてくれた。


その後も祭りは続けられたが、少女たちほど過激な闘いになることはなく、幸いにも、以降はかすり傷程度の患者しか来なかった。

そして最終的に、優勝したのは火鳥に化けた老狐だった。


祭りが終わったあと、瑞穂たちは控え天幕に呼ばれていた。中に入ると、蘭と揚戸与、そして机の上に乗りきらないほどの料理や菓子、酒が出迎えてくれた。


「今日はほんまにありがとうな。これ蘭と俺からのお礼の気持ちや」

楓とゴンは嬉々として料理に飛びついた。

「瑞穂、今日は大活躍だったね」

雨音と雨夜も天幕にやってきた。

「祭りの運営も、改善せなあかんところが色々見つかったわ」

蘭は珍しく肩を落としていた。

「そうかあ? あたしは今年の祭り、すっごい楽しかったけどな!」

雨夜はカハハと笑い声をあげた。

雨音はもう姉を窘める気力を失っているらしく、何も言わず小さく溜息をついた。

「そういや監督署の署長が来てたけど、蘭が呼んだのか?」

「あほな。誰があんなおばはん呼ぶかいな。誰かの招待状くすねて勝手に来よったんや」

蘭は憤慨した。

「何の連絡もなしに急に来はってな。しかも自分の所で作った酒饅頭を勝手に配ったりしはるねん。そういうのは運営に許可とってからにしてください、て言うたら怒らはるし――」

揚戸与は瑞穂たち以上に疲れているように見えた。雨夜がそんな揚戸与に、まあ飲めよと酒を勧める。


宴会は夜更けまで続いた。

そろそろお暇しようかと瑞穂が考えだした頃、ふいに、あってはならない香りが天幕の中に漂った。

最初に気づいたのはゴンだった。咄嗟に楓の腕を掴んで天幕の外へ連れ出そうとする。

楓は全く自覚がないらしく、ゴンのいきなりの行動に困惑しているようである。

瑞穂は身動きできず石のように固まったまま二人を見つめていた。どうかこのままなんとかやり過ごせますように、と願う。


「ちょっとあんた」

ゴンと楓が天幕の出入り口から出ようとしたとき、蘭が二人を呼び留めた。

ゴンは自分の背中に楓を隠したが、時すでに遅し。

蘭は立ち上がって二人の元へ歩み寄る。

「こいつ飲みすぎたみたいだから…」

「これはどういうことや――。この娘、人間やったんか?」

蘭は振り返ると真っすぐに瑞穂を見つめた。


とうとう知られてしまった。もう言い逃れはできない。

瑞穂が口を開きかけた時、楓がゴンを押しのけて蘭の腕をつかんだ。

「瑞穂は悪くないの。私が無理言って診療所で働かせてもらってて、その…」

「瑞穂あんたこれ、何してるか分かってんのか? 監督署に知れたらどうなるか!」

雨音や揚戸与たちも、天幕の中にいた全員が瑞穂を見つめていた。

「分かってる。だけど、楓は帰る場所がないんだ。そんなやつをほっぽりだせなかった。それにもう楓は診療所の一員なんだよ。楓が出て行きたくなるまで、おれは楓を追い出すつもりはない」

「せやかて、あんた、人間を雇うなんて前代未聞や――」

そういう蘭にゴンがつめよった。珍しく必死な顔である。

「もう楓なしじゃ診療所は回んないんだ。楓の治療がなくなったら収入面でもきついし、瑞穂の診察だって俺だけじゃ手が回んない。楓を追い出したら、監督署につぶされる前につぶれちまう」

蘭は困り果てた顔でゴンを見つめた。

「今まではどうやって隠してたの? 私も楓が人間だって全然気づかなかったわ」

雨音が首を傾げる。

「人間の匂いを消す薬を作ったんだ。それと香木の香りで誤魔化してた」

瑞穂は薬の効力が切れる頃合いを計りかねていた。

「この天幕の中でよかったなあ。大勢がいはるところやったら、大騒ぎになってたで」

揚戸与が瑞穂の肩に手を乗せる。

「はあああ」

蘭が大きなため息をついた。

「あんたらの好きにしい。けどこのままやったら、いつかばれてまうで」

瑞穂が作った薬を忘れずに内服させるとしても、長期的に見てどこまで安全かは分からない。さらに、あの薬を飲ませ続けることについても瑞穂は正直不安があった。

蘭は少しの間考え込むと、急にはっと閃いた顔をした。

「そやん、木蓮に相談しいな」

「え、師匠に?」

ゴンは嫌そうな顔をする。

「人間のことやったら、木蓮に相談するんが一番ええやんか」

「木蓮は人間について詳しいのか?」

「そりゃあもう、木蓮以上に人間のこと知ってる奴はおらんのちゃうか。匂いを誤魔化す方法も知ってるはずや」

楓が人間ということは、できればあまり他人に知られたくない。ゴンの育ての親ならば相談しやすい。

「私から木蓮に話通しといたるさかい。三人で行ってき」



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