祭ー1
狐魂祭、当日。
狐魂祭が開催される平山神社は広大な土地を持つ大神宮だった。
瑞穂と楓、ゴンが神社に到着したころ、すでに辺りは暗くなっていて、あちらこちらに狐火が灯り、参道には数えきれないほどの露店が立ち並んで、境内は行きかう妖や神たちでごった返していた。
「まだ待ち合わせまで時間あるよね」
楓は妖の露店を興味津々に覗いていた。
「あれは綿菓子?」
「ああ、あれは雲飴だよ。土蜘蛛が雲の糸で作ってくれんだ」
ゴンは得意げに露店の売り物について楓に解説している。
賑やかなところが苦手な瑞穂は、楓とゴンが露店巡りをしている間、参道から少し離れた本殿近くで二人を待つことにした。
本殿の周りは露店が並ぶ参道に比べれば、ひと通りは少ない。
そんな本殿前の広場に、坊主頭が風車と面の露店を出していた。
面は、神や妖たちに人気のある売り物だ。
人間の祭りは神を祀り祈りを捧げるものだが、神や妖の祭りというのは、己を慰めるために行う。
そのためには時として、他の者になりきることも必要なのだ。面をつけることで他人になりきり、非日常を味わう。
ただ、坊主頭が出している露店は場所が悪いせいか全く流行っていなかった。誰にも買われていくことのない面たちのとなりで、色とりどりの風車が風に吹かれ、くるくると回っている。
瑞穂はその様子を本殿の柱にもたれかかりながら眺めていた。
露店巡りを満喫した楓とゴンが瑞穂のもとに戻ってくると、瑞穂たちは祭りの係員と思しき狐をつかまえて、妖術対決が行われる闘技場の場所を確認し、参道を離れて闘技場へと向かった。
妖術対決が行われる闘技場は、境内の林に囲まれた場所に設営されていた。中央の舞台を取り囲むように椅子がずらりと並べられている。闘技場の周辺はまだあまり灯がついておらず薄暗くて人通りもまばらだった。
まずは主催者たちの控え天幕に向かう。
「もう来てくれたんや。ありがとう」
天幕の中からちょうど揚戸与が出てきた。
「蘭は中におるねんけど、ちょっと今手離せへんし俺が救護所案内するわ」
瑞穂たち一行は、控え天幕の隣に設置されていた救護所に案内された。舞台からは少し遠いが、会場内を一望できる場所だった。瑞穂たちが座る席の後ろには簡易の畳が敷いてあって、そこで怪我の手当てなどができるようになっている。
往診用の荷物を置いていると、快活な声が聞こえた。
「よう! 元気か? 瑞穂!」
雨音と、彼女の姉である
雨夜は瑞穂よりも背が高く、派手な男物の着物を着た女性だ。
「今日は雨霧はいないのか?」
一番上の雨霧の姿がみえない。
「霧姉は雷神のところに泊まりに行ってて、今日は来ないの」
そんなことより、と雨夜が瑞穂たちに詰め寄る。
「こいつらが診療所で働いてる妖たちか?」
瑞穂は雨夜に楓とゴンのことを紹介した。
「あの瑞穂がなあ。あたしも嬉しいよ。雨音なんか、家で涙流して喜んでたんだからな」
「ちょっとお姉ちゃん、私泣いてなんかないよ!」
「嘘つけ、目うるうるさせてたくせに。ほんとにお前は瑞穂のことになると感情が――」
雨音は急に大声を出して持ってきた手作りの軽食や菓子を説明し始めた。
「大学芋作ってくれたの?」
「楓が好きだって言ってたから作ってみたの。ゴンにはこれ」
雨音は弁当箱を開けてイワナの唐揚げを見せた。
「最高かよ!」
楓とゴンは夢中で雨音の手料理を頬張った。
「ほんとにうちの妹は気が利くよな。誰か嫁にもらってくんないかなあ?」
雨夜は、にやにやしながら瑞穂を見降ろしていた。瑞穂はどうして雨夜がそんなににやついているのか分からず、ああ、と適当に答える。
「お姉ちゃん、もうお酒はそのへんにして」
という雨音は酒を飲んでいる様子はなかったが、いつもより顔が赤く見えた。
「だけど、非神使契約にしたのは正解だったな」
雨夜が自分で酒を注ぎながら言う。瑞穂は首を傾げた。
「なんだ知らないのか? 監督署が猛烈な勢いで神社や事業所をつぶしまくってるっての」
「つぶしまくってる?」
「三百年記念あたりから検挙数がうなぎ上りなのよ。監査で引っかかった所の中には、刀根沼のようにお取り潰しになってるところもたくさんあるの」
「ただでさえ神使契約の監査は厳しいってのに、新しい署長は血も涙もないらしいからな」
会場を照らす灯が増えるにつれて、観客たちが続々と集まって来ていた。
そのなかに一際目立つ集団が現れた。護衛とみられる妖たちに囲まれて会場にやってきた女性は瑞穂にも見覚えがあった。
「噂をすれば、ご本人の登場じゃないか」
甲子。妖雇用監督署署長のお出ましだった。
相変わらず貼りつけたような笑みをあちらこちらに向けて、先に会場入りしていた神や妖に挨拶してまわっている。
「なんで署長様がこんなところに来てんだ?」
ゴンは嫌悪するような目で署長を見つめる。
「祭りなんて顔を広めるには絶好の機会だからな。特にこの祭りは名だたる神々も大勢やってくる」
署長はしばらくあいさつ回りをした後、瑞穂たちの席から舞台を挟んでちょうど反対側の席に座った。今度は入場してきた妖たちが続々と署長の所へ握手を求め集まっている。女の妖が多いようだ。
「あのおばさん、人気あるんだね」
楓が大学芋を口いっぱいに入れながら言った。
「一部の妖からは熱狂的な人気を集めてるみたいよ」
雨音がそんな楓に茶を渡す。
「俺、あんまりあのおばさん好きじゃねーけどな。なんか胡散臭そうだし」
「初の女性署長だから注目されるのよ」
「女鼠は今まで表舞台に立つことはほとんどなかったからな」
雨夜がくいっと酒をあおった。
「なんで?」
「鼠の妖たちはね、男が働いて女が子供を産み育てる。ということを厳格に守ってきたの」
「女鼠からしたら、甲子みたいな奴は憧れなんだろうよ」
話をしているうちに会場はいよいよ満席になり、すでに妖術対決への期待で満ちていた。
そして舞台に狐火がぼっと現れたかと思うと、ひとりの妖狐が立っていた。
揚戸与である。
「みなさん、心の準備はよろしいでしょうか。これから始める妖術対決は、祭りの名のとおり、狐の魂をかけた闘いでございます。たとえその身が滅びようと、我々は己の妖術に全身全霊をこめるのです!」
観客席の外をぐるりと取り囲むように設置されていた松明の灯りが一斉についた。観客たちの熱気が一層高まっていく。
「ひょー! この感じだよ!」
雨夜も会場の空気の高まりにのせられ声をあげた。
「第一回戦は…」
揚戸与の紹介で舞台に現れたのは、杖をついたよぼよぼの爺さんだった。
「あんなお爺ちゃんが出て大丈夫なの?」
楓は心配そうな目で闘壇者を見つめる。
「どうかな。妖はみかけによらないから」
今にも倒れそうな老狐の相手は、艶やかな衣に身を包んだ若い男狐だった。
若い狐はしゃなりしゃなりと舞台に上がり老狐に向かい合う。
ごーん、と対決開始の銅鑼が会場に鳴り響いた。
まず先に妖術をしかけたのは老狐だ。
懐から取り出した木の葉に呪文を唱え、煙に巻かれたかと思うと、そこには爺の姿はなく、代わりに大きな火鳥が現れた。
火鳥が息を吐くたび、辺りに火の粉が舞う。
「うおお! あの爺さんやるなあ!」
雨夜はスルメをしがみながら歓喜の声をあげる。
「火の鳥になるのって難しいの?」
楓がゴンに聞いた。
「そもそも
老狐が火鳥に変化すると会場は盛り上がったが、若い男は火鳥を前にしても余裕そうな笑みを浮かべていた。そして木の葉を取り出し呪文を唱える。
彼を取り巻いた煙が晴れると、そこには何の姿も見えなかった。会場はどよめきに包まれる。
「上だ!」
ゴンが指さす先には真っ暗な空を覆う、青龍の姿があった。
「青龍なんて大丈夫かしら」
龍は妖ではなく神である。龍神は複数いるがどの龍も絶大な力をもつ神なのだ。そんな龍に化けるということは、その姿を真似るだけでも相当な霊力を使うはずである。
空を見上げた火鳥はふわりと羽を広げ空に浮かぶ龍の元へ飛び立つ。辺りには火の粉が飛び散って、前の席にいた観客たちの着物が焦げていた。
空に浮かぶ龍と火鳥は観客たちの頭上で空中戦を繰り広げる。火鳥の吹く炎が着実にに龍を消耗させていく。
一方、龍が放つ攻撃は、一瞬閃光が光るものの術が途中でしぼんでしまっているようだった。
「こりゃ勝負あったな」
ゴンがしたり顔で言う。
「何でわかるの?」
「あいつ龍になったはいいけど、龍の術を使えねーんだよ」
ゴンの言う通り、龍は一度もまともな攻撃ができず、そのうち龍の姿を保つこともできなくなって、やがて狐の獣姿になってそのまま降参した。
「んだよ、つまんないなあ。もっと骨のある奴かと思ったのに」
立ち上がって観戦していた雨夜はどかっと椅子に座り込んだ。
若い狐は係の者に抱えられ瑞穂たちの元へ運ばれてきた。
火鳥の方は最後に天に向かって火を噴いたのち、老人の姿に戻ると観客の喝采を浴びながら舞台を降りていった。
若い狐は、瑞穂が思っていたより大した怪我をしておらず、神水を一口飲むと、すごすごと帰って行った。
二回戦の準備が行われている間、場内の灯りはおとされ、どこからともなく琴や尺八の音が聞こえてきた。
「黒麴せんべい~揚げ餅~鈴芋焼きは、いかがですか~」
幕間に、観客の間を縫うように歩く売り子の姿があった。
「あの子、どっかで見たことない?」
菓子の入ったかごを首から下げて会場内を歩いているのは、粉舐め婆の店にいた美少年たちだった。
「粉舐め婆は抜かりないねえ。ちゃんと酒のあてになる商品ばかりだ」
彼らが売っている粉舐め婆の菓子は、飛ぶように売れているようだった。
「粉舐め婆の店は監査に引っかかんないのかよ。怪しい匂いがぷんぷんすんだけど」
ゴンが雨夜と雨音に聞く。
「彼女の店は福利厚生が手厚いって有名よ」
「男好きの婆だけど、そういうところはキッチリしてる奴だからな」
ゴンは信じられないと言う顔で、売り子たちに目をやった。
「確か、あの店『優良商店百選』に選ばれてたな」
「あら瑞穂そういうの興味あったの?」
「いや、粉舐め婆が持ってきたんだよ。自分が掲載されたときの雑誌」
舞台の灯りが再度灯されると同時に美少年たちは姿を消していった。
「それでは、第二回戦! みなさん準備はよろしいですかー?」
揚戸与の威勢のいい声に会場の熱気が高まっていく。
太鼓のお囃子に促されるように舞台に上がったのは、見目麗しい少女だった。
漆黒のたおやかな髪をなびかせ、観客に一礼する姿は誰もが見惚れるほど可憐で美しい。
(こんな可憐な少女と闘える者がいるのか)
だが、そんな心配は不要だった。彼女の相手もまた、同じく美少女だったのである。
茶色のふんわりした髪の大人しそうな娘。先ほどの少女に負けず劣らずの可憐な少女だった。
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