第41話 もう誰も傷つかせない為に戦う

 ミャーガン山・避難所。

 時刻は夜の22時過ぎ。

 カリフ王の計らいでシャルンス王子やストンヒューの兵士たちは一先ず休ませてもらえることになった。

 僕は王子と二人で避難所である街を見渡せる場所にいる。

 竜殺しの剣やこれからのことについての話をした。

 

「竜殺しの剣か……」

 

「すまない王子。竜を倒して英雄になるのは王子のはずだったのに」

 

「そんなことはどうでもいいよ。あの竜は一刻も早く誰かが倒さなくてはいけないんだ。ただ、ロードが戦うというのは心配だけど」

 

 模造剣を差し出してきた。

 

「持つんだ……」

 

「えっ今?」

 

「そうだ。竜と戦うなら私に勝つくらいでないと主人としては君を行かせるわけにはいかない」

 

「ここは見送って欲しいところだけど……」

 

「ロード、実はあのとき見えていたんだ。君が真正面から竜に立ち向かっていく姿が、それは僕にはできなかった。とてもじゃないがアレは人が戦えるものではないよ」

 

「……そうだな」

 

「でも、君は戦いに行く」

 

「ああ」

 

「前に私に負けたのに、これから戦おうとしている。ならば私に勝ってもらわないと、行かせることは出来ない」

 

 観念して模造剣もぞうけんを受け取った。

 

「……わかった……ルールは?」

 

「前と一緒さ……」

 

(打ち込めるだろうか)

(いや、出来ないだろうな)

(なら……武器を弾けばいいだけでいいか)

 

 試合を始めるために十分な間合いの配置に着く。

 

(けど)

(本当にオレは勝てるだろうか……)

(強くなったわけでもないのに)

 

「本気で行くよ!!」

 

 王子は配置に着いたと同時に、模造剣を鞘から引き抜いて、何の合図もなしに飛び込んでくる。

 

「まっ!」

 

「始まったら待ったはないよ! 竜と戦うときになったらなおさらさ!」

 

 急いでロードも剣を引き抜いて、王子の振る剣を受け止める。

 剣を受け止められた王子は飛び退いて、すかさず次の攻撃に打って出る。

 

「はぁ!!」

 

 王子が勢いよく剣を振りかぶり、攻撃を繰り出そうとする。

 

「――っ!!」

 

 ロードも攻撃の阻止を試みて剣を勢いよく振る……だが、

 王子は剣を振り下ろさずにその場で止まった。

 

「――――」

 

 僕の剣も王子の身体に届く寸前のところで止まった。

 

「やっぱりこういうことだったか……」

 

 お互いに剣を止めたままの体勢になった。

 

「……ど、どういうことだ」

 

 シャルンスは勝負を始めたはずなのに、どうして中断したのかわからない。

 

「それはこっちのセリフさ、どうして剣を止めたんだ?」

 

「それは、王子も……」

 

「私の事より君の方さ……打ち込めば君の勝利だったはずだ」

 

(試されたのか?)

 

「私の機嫌を取っているつもりか?」

 

「……はぁ~~、白状します」

 

 お互いに剣を鞘に納める。

 

「うん」

 

「オレはいつも人を攻撃する気にはならないんです。わざとじゃありません。例え稽古でも訓練でも、剣で人を傷つけるようなことは、オレには出来ないんです。だから誰にも勝てないんだと思います」

 

「そうか……もういいよ」

 

 模造剣を引き渡すようにと手を差し出してきた。

 

「だって、それは裏を返せば“何があっても人を傷つけない”という強い意志だろ。私にはそれが足りなかった。竜と戦っても私は何も出来なかったよ。そのせいで皆が傷つき、私は自分の甘さに気づかされた。力は……さらに強い力の前では無力だ」

 

 

「そんな王子は……」

 

「慰めてくれなくていい。私は稽古で強くなったことで勘違いしていたのさ。強ければ英雄になれるんだと……でもそんな考えでは英雄にはなれないんだ。だって、絵本の英雄はいつだって全てが終わった後にそう呼ばれるんだから、なろうとしてなるんじゃない。それができた人がそう呼ばれるんだ」

 

「できた人……」

 

「ああ、絵本の主人公たちはいつだって人のことを考えてきたからこそ、その結果として彼らは英雄と呼ばれるようになるんだ。君のような考え方をした彼らがね……」

 

「!」

 

「キミは竜に立ち向かえたんだろ? だったらもう私には勝っているよ。例え勝負で剣が止まってしまってもね」

 

(剣が止まっても弱さじゃないのか)

 

「では、私はもう行くよ。竜との戦い続きで疲れていてね」

 

「シャルンス王子……オレは竜に勝てるだろうか」

 

「さぁ……キミ次第じゃないか?」

 

(ますます、わからなくなるな)

 

「立ち向かった時は何を思っていた? どうして戦うことが出来たんだ」

 

「どうして?」

 

「それが私になくて、君にあるものだと思う。一度じっくり考えてみるといいよ」

 

「はい」

 

 そう言って、その場から去って行った。

 

 一人になると座り込んで考え事をする。

 

(あの時、オレはどうして竜に立ち向かえた)

(竜殺しの剣があったわけでもないのに)

(あのまま戦っていたら確実に命はなかった)

(それでもまた戦おうとしている)

(勝負ごとに一度も勝ったことがないのに)

(どうしてここまで進んだんだ)

 

(旅の途中に何かあったか?)

(あった。被害に遭った民たちに会った)

(それだけじゃない気がする)

 

 近くに置いていた鞄の中から一冊の絵本を取り出した。

 

(この絵本を読んだからか)

(オレのような考え方をした主人公……って王子が言っていたな)

 

 ページをパラパラと捲っていく。

 

(この主人公のように悪い竜と戦うために立ち上がったってことか)

(このスライムも小さい身体に弱い力のせいで誰にも勝てなかった。まるで今のオレみたいだ……)

(でも、話が進むにつれて大きな心が強さになった)

(その強さで世界を悪い竜から取り戻した)

 

(もしかして)

(オレがやりたかったことはこれなんじゃないか?)

(このスライムのように皆の幸せを取り戻せるような……)

(そのためにオレは強さが欲しかったんじゃないか)

(だから、子供の頃のオレは強くなりたいって)

(だとしたら)

 

(やろう)

(人と動物がもう傷つくことのないようにするために)

(悪しき竜をこの手で倒そう)

 

 この時、ロードはまた一歩、道を前進した。

 竜殺しの剣を固く握り、決意の表情を引き締めて。

 

 しかし、まだ気づいていないことがある。

 『レジェンドオーブ・スライム』という絵本のもっとも大事な部分を見落とていることに、ロードはまだ気づいていない。

 

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