第40話 神様が落としたと言われる赤い剣

「その日のミャーガン山の天気は雲一つない爽快な晴れだった」

「近隣の村や街も変わらぬ日々、この山にとってもいつも通りのことだった」

「しかし、その日の天気は一変したのだ」

「爽快な晴天は、突然の不気味な曇天に埋め尽くされた」

「曇天はまるで怒り狂うかのように炎を鳴らし、荒れ狂うかのように嵐をその身に纏い、暴れ狂うかのように雷を大地に打ち付けた」

「その天の様に恐れ慄いた人と動物の民たちはこの世の終わりを見たそうだ」

「そして、曇天から一本の赤い線がミャーガン山に突き刺さるように落ちていった」

「赤い線が落ちた後、ミャーガン山の天気はすぐさま曇天を払い、起きたことが夢であったかのような晴天にもどった」

「しかし、起きたことは夢ではなかった」

「ミャーガン山に最後に落ちた赤い線は起きたことを証明する傷跡を残した」

「もともと山には大きな空洞があり、赤い線が天から貫いたことで大きな穴が開いた。

「そして、空洞の底」

「赤い線の飛来した場所に神々しく突き刺さったものがあった」

「それこそが、赤い剣」

 

「何故、天から落ちて来たのかは誰もわからない」

「何が、この世界に起きていたのかも知りようがない」

「誰も何もわからぬまま結論を放置していると、赤い剣は神様の持ち物なのではと言われるようになった」

「それ以来、我々は世界が危機に瀕したときここに集まって神様に守ってもらおうと、ここを避難地とし剣を祀る神殿を建てた」

「赤い剣はそうしてレオリカン王国の国宝になったのだ」

 

 話が終わったようだ。

 

「これがこの地に安置された赤い剣の話だ。竜殺しの剣と発覚したのは悪しき竜が現れてからのことだ」

 

「…………っ」

 

 あまりに衝撃の内容だったために言葉を失う。

 

「……とても、壮大な話に聞こえます」

 

 何とか絞り出して感想を口にした。

 

「信じられんだろうが、おとぎ話の竜がこの世に実在した以上そうも言ってられまい」

 

「一つ、いいですか」

 

「ん?」

 

「竜はいったいどこからやって来たんですか?」

 

「それはわかっていない」

 

「そうですか……」

「けど、この剣があれば竜を倒せるんですね?」

 

 竜殺しの剣と呼ばれるものを改めて見る。

 普段見る剣とは明らかに違う。

 異様な輝きに魅入られそうになる綺麗な赤い剣。

 

「確証はない。竜殺しはあくまで我らの希望的な見解だ。実際に竜に通用するかはやってみなくては分からない」

 

「だから、ここに立て篭もるしかなかったわけですか……確かに、竜が近づいてこないなら無理に衛兵たちを危険に送り出すことはありませんね」

 

「違えば大勢の命が竜の前で散るからな」 

 

「……なぜ、わざわざ竜はこの剣を持って来いと言ったんでしょう」

 

「剣を持ち出させその隙にここを襲撃する腹積もりかもしれん」

 

「つまり、これを竜の元へ持ち出せば、この避難所が襲われる可能性が出てきて……竜をそのまま放置しておいてたとしても、いずれ別の村や街の被害が増していく……」

 

「もう一つ問題がある」

 

「えっ」

 

「この剣は鞘に納められているな」

 

「それは、剥き出しでは危ないですから……」

 

「そうではない。問題はこの鞘から剣を抜くことが誰にも出来ないのだ」

 

「! ……それは、この剣が竜殺しの剣という特別なものだからですか?」

 

「そういうことだろうな」

 

「カリフ王、ちょっと剣が抜けるか試してみても?」

 

「許可しよう」

 

 ライオンの像に安置されていた赤い剣を拝借する。

 

(どこか懐かしい)

(そう感じるのはどこかの絵本で同じようなものを見たからかもな)

 

 柄と鞘を左手と右手で握り、引き抜くために力を入れる。

 

 ――スル――

 

「あっ」

 

 誰にも引き抜けないという話だったが、あっさりと鞘から剣を引き抜いてしまった。

 

「抜けた……? カリフ王、剣が……」

 

「やはり、そうだったか」

 

「? どういうことです?」

 

「その赤い剣は竜殺しの剣。竜を倒すことにおいて絶対的な働きをするものだぞ」

 

「け、けど、先ほどはその確証がないって……それに、なんでオレに引き抜けたのか……」

 

「竜殺しの剣は竜を倒そうと心に決めた者にしか抜くことは出来ない。かつて古い文献に記されていた一文だ」

 

「……えっ?」

 

(さっきと言ってることが違う……)

 

「済まないロード。お前に試すようなことした」

 

(試された?)

 

「あ~~、皆の前で誓いを立てるって、こういうことでしたか……」

 

「あの場でお前が竜に剣を持てと言ったのを聞いたとき私は思ったのだ。竜はお前に剣を持てと言ったのではないか?」

 

「! オレに……?」

 

「竜だって目を持っているだろう。様々な物を見るための目を、我々からしてみれば故郷を襲った恐ろしい瞳だ。だが、竜はお前を見て、剣を持てと言ったのだろう。お前には普通とは違う何かがあると竜の目には見えたのではないか? 竜殺しの剣が払うと言っても、それは本質の力ではない。その気になれば今日のように悪しき竜はいつでもここへ近づくことが出来たのだろう。ならば竜も剣が簡単に引き抜けないこともわかっていた可能性がある。しかしお前にはそれができた。奴もそれを見抜いていたのだとしたら……」

 

「そうだったとして竜がなぜ自分を倒しに来いなんて言うんですか?」

 

「竜は誇り高い怪物だと文献にはあった。もしかしたら、竜殺しの剣を真正面から打ち砕き勝利を手にしようという、一種の挑戦のつもりかもしれん。だからこそ、剣に相応しい持ち手としてお前に目を付けたのではないか」

 

「オレを竜殺しの使い手に」

 

(そんなことのをさせるために、しゃべったのか)

(そんなことのためにオレは、命を落としそうになったのか)

 

「これを聞いても、戦いに行ってくれるのだろう?」

 

 赤い剣に映る自分の顔はすでに決意していた。

 

「はい、行きます。悪しき竜を倒しに」

 

 こうして竜殺しの剣をカリフ王から授かった。

 

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