第30話 面白いのは何故だろう
空が黒に満たされた夜のこと。
夕食を済ませた後は後片づけをしてゆっくりと時間をつぶした。
次の日の早朝すぐに出発できるように、午後21時には皆の家でネズミたちと一緒に毛布にくるまり眠りについた。
ルロウは外の大岩の上に寝そべって、借りた絵本を読むと言っていた。
▼ ▼ ▼
皆の家・屋内。
「ん……んん? いま、なん時だぁ? ふあ~~」
ふと、夜中に目を覚ました。
輪の形で作られた時計の針は午前2時を指し示していた。
「ん~~まだ、早かったか~~」
もう一度眠りに着こうと思ったが、眠気が覚めてしまったらしい。
(ちょっと、外行こう)
毛布を払い立ち上がり、ネズミたちを起こさないように静かに扉まで歩く。
扉を開いて深夜の外に出た。
少し肌寒いうえ辺りが真っ暗なので不安が積もる。
少しフラフラと目的地もなく歩いていると、大岩に寝そべって絵本を読んでいるルロウを発見した。
近づいて、声を掛けようとしたが、途中で足を止めてやめる。
(待て、昔、読書中に声をかけられるのがイヤだったな~~)
しかし、10秒とせずにルロウは絵本を読み終わって閉じた。
(ん? 終わったのかな……)
「読み終わったのか?」
「なんだ、いつからそこにいたんだ? 気配を消してくるなよ」
「普通に歩いてただけだ……それよりずぅっと読んでたのか? 朝早いんだぞ? ちゃんと寝たのか?」
「これからだ。いつもこんな生活さ。宮殿暮らしのお前じゃ考えられないだろうが……これ、返すよ。ありがとな」
絵本を大岩に残してルロウはそこから降りた。
「……で、どうだった? 面白かった?」
「ああ、面白かった、、、が……今の状況だとオレは怖かったな」
「こ、怖い……?」
この絵本を何度か他人に読んでもらったことはあったけど、今まで聞いたこともない感想を聞いた。
「ほら、それ悪い竜が出るだろ? 今俺たちも悩まされてるのも悪い竜じゃないか……」
「そういえば、いたな、悪い竜が……けどこれは絵本だ」
「それでも、今のこの世界の状況とあまりに似てないか? 平和で幸せな世界に突然、悪い竜が出てきて国を破壊してくとこなんか」
「た、たしかに……似てる」
「まぁ、そっちはハッピーエンドで終わったからいいけどよ……今それを読むのは少し辛いな……」
「そうだな、悪い竜がレオリカン王国を襲ったんだよな。ごめん、こんな大変なときに見せるものじゃなかった」
「別にいいさ。それに絵本の竜は国を壊しはしたが、誰も命を落とさなかった。子供のために考えられた物だったろうよ。世界観なんかも独特で読んでて飽きることもなかった」
「旅のオオカミにそう言われると嬉しいな」
「ふぅ、じゃあ、オレはそろそろ寝るからな……」
「ああ、おやすみ」
ルロウの姿が夜の闇に消えていく。
その場に取り残されて、近くの大岩に腰掛け絵本を手に取り見つめる。
子供の頃に何回も読んだお気に入りの愛読書、レジェンドオーブ・スライム。
しかし、今この本の内容と同じような状況が現実の世界で起こっていると言われた。
(レジェンドオーブ・スライムか懐かしいな)
(最後に読んだのは3、4年前かな)
(たしか、この本の竜は国を壊したけど命までは取らなくて、それで皆に許されたんだっけ……)
(でも、こっちの世界はレオリカン王国の民たちが……)
(……怖いな)
辺りが暗いこともあって、よりいっそ考えに恐怖が混ざる。
(はぁ~~竜なんて絵本の中にいるだけでよかったのに……なんでよりによって悪い竜なんだ)
(子供の頃に来てほしいとは思った竜も、今はこんなに許せない)
(やっぱり絵本は絵本だった……)
あなた方に仇を討ってほしい。
(オレにはどうすることも出来ないな)
(どうして、あんなに頑張って鍛えていたのに強くなれなかったんだろう)
(どうして、竜が出た時のことを考えて始めたことだったのにオレはやめてしまったんだろう)
(あのまま続けていれば……)
(衛兵になれていれば……)
(いや、ダメかオレは誰にも勝てない弱い奴だった)
(皆の仇なんてオレには取れない)
(オレが悩んでも仕方ないか)
(きっと王子たちが倒してくれるさ)
(オレの分まできっと戦ってくれる。あの人たちはオレと違って本物の英雄になりに行ったんだから)
懐かしい愛読書を撫でる。
(悪い竜か……もう一度、読んでみようかな)
(きっとオレにとって、もうこの本は面白くないんだろうけど……)
少しためらったが表紙をめくり読み始める。
▽ ▽ ▽
(世界がこうなってしまったら)
(もう絵本で見た夢は寂しく辛いものに変わっているだろうな)
(それでも心の中では、まだ子供の頃に、はしゃいでいた自分の姿を思い出せる)
(そんな子供時代も、ここで完全に夢を打ち砕かれてしまうだろうか)
(こうして読んでいるとそんなことを味わうんだろうか)
(それは怖いな。辛いな。悲しいな。苦しいな)
(だったら読まなくてもいいのに)
(このまま読み終わればこの今の気持ちはどうなる)
(この感情はどんな風になってしまうんだ)
(そんなこと知りたくない)
(ここで、いい思い出のままにしておきたい)
(ここで、読むのをやめておけば幸せなままだ)
(でも、子供の頃のオレがそうさせてくれない)
(好きだった本がオレを逃がしてくれない)
(どんどん読み進めてしまう)
(悪い竜が出てきてしまっても)
(色々な不安や恐怖を思い出させても)
(ページをめくらせる)
(きっと思い出したくもないことを教えられるのに)
(この本が辛いことを教えようとしてるのに)
(でも)
(あれ?)
(あれ面白い……)
それでも、竜が許されるシーンを見たときは顔にわずかな笑みを浮かべた。
(こんなの絶対あり得ないのに)
(こんないい話が現実で起きるはずがないと)
(もうわかっているはずなのに)
(何でだろうなぁ)
(……面白い)
(……こう思うのは、何でなんだろうなぁ)
なぜ面白いと思ったのか、大人になってもまだわからない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます