第8話 王子様との模擬戦
ストンヒュー宮殿の訓練場。
「ん? なんだ? 何集まってんだ?」「王子とロードが決闘するんだ」
「アホ! そんな野蛮なものじゃない稽古だよ」「ロード? 何だ? あいつ剣なんて使えたのか」
「さぁ使用人の護身術でも見せてくるんじゃないか」「なに言ってるんだ。あいつ前にここで訓練してたじゃないか」
「そういえば、そんなことあったな」「でも、ロードって……」
「うるさいぞ。静かにしないか」
衛兵長が注意した。
円を作るように集まった衛兵たちの中心で、王子と向き合って対峙している。
これから二人で模擬戦を行うのだ。
「僕は気にしないが、気が散るなら下がらせようか?」
周りに囲まれても心を乱さず優雅に振る舞う姿は実に王子さまらしい。
「別にいいです」
周りは気になるがクールを装う。
「始めましょう。ルールは?」
「勝利条件は先に相手の身体に剣を当てること。あと敗北条件にこの円から出ることと、武器を落とすこと。いいか?」
「……わかりました。合図は?」
「まだ手に剣が馴染んでないだろう……? 君からどうぞ、好きなタイミングできたまえ」
(言われてみれば……剣を持つのは数年ぶりか)
腰に提げた剣を引き抜く。
本物の剣ではない模造剣にせよ、その美しい形と秘めた力には魅入られるものがある。
模造剣を手に馴染ませるために軽く振り回す。
数十回ほど振り昔の感覚を思い出す。
周りには素人が振り回しているように見られているのだろう。
クールを装う顔に熱くなるような恥ずかしさがこみ上げる。
きっと真っ赤になって苦い表情をしていることだろう。
衛兵たちはというと割と普通に見入っているのか、彼の感情の変わりようなどわからないのだろう。
振り続けていると少しずつ剣筋に鋭さが芽生えてくる。
滴り始める汗を感じる。
(もう十分か……)
動きを止めて深呼吸を数回して、身体の調子を整える。
「では王子、行きます……」
宣言した言葉を受け取った王子は頷いてくれる。
両手で模造剣を構え、王子の元へゆっくりと近づく。
習って王子も剣の構える。
けれど、まだ構えに剣を振る意識を感じられない。
ただ待ち人が来るのを待っていて立ち尽くしているだけのように感じる。
こちらの構えた剣が王子の構えた剣に触れる。
相手に剣を打ち込むには十分な間合いに来た。
けれど、どちらも打ち込む気配はない。
まずは身体の調子を思い出すための腕試しといったところだから、先にこっちから仕掛ける。
剣に力を込め触れていた相手の剣の構えを押して崩そうとする。
そうすると王子も剣に力を込めて崩されないよう押し返し抵抗する。
王子の剣に力が加わったことを剣を通して知る。
力で押し返されて素早く下に剣を滑らせ――今度は逆側から王子の剣を抑えにかかる。
そうすると王子は同じように素早く剣を下に滑らせて――こちらがして見せたように逆に剣を抑えに込んでくる。
けど王子の剣の動きを先読みしていたので抑えられる前に弾き返す。
王子は剣を弾かれはしたが、その反動を利用してこちらの剣を弾き返してきた。
このような剣によるじゃれ合いが何回か続く。
「なっか!――なか、やりっますね~~おうじ! わっ! 弾かれっ! くぅ~~危なっ!」
「君こそ、うまいじゃないか、おっと! ははは、これはどうかな? うん! なるっほど……そう来たっか!」
さらにカンキン! カンキン! と模造剣が響きを生み出していく。
周囲の衛兵たちはじゃれ合う剣に魅入られていた。
「そろそろっ! 準備運動はいいんじゃないかな!」
「ええ!――そうっですね!」
互いに剣によるせめぎ合いを打ち切って、一歩、二歩、三歩、と下がり間合いを開く。
練習はここまで。
手に剣は十分馴染んだ。
ここからは本番。じゃれ合いなしの試合が始まる。
見物している兵士たちは息を呑む。
剣を構える王子と静かに見つめ合う。
緊張の汗が走るのを感じながら、少しずつじりじりと足を前に進める。
余裕の表情を浮かべる王子は左右に横移動をしながらも足をこちらへ進めてくる。
「「……………………」」
お互いの距離が剣の間合いに到達するとダッ! と片方が地を蹴り飛び出した。
飛び出したのは王子。
こちらの真横から剣を振ってくる。
カァン!
それを両手が頭の位置に来るようにし、剣を下に向けるような形に構えて受け止めた。
そこから無理やり外側に振り、受け止めた王子の剣を押し返す。
だが王子は素早く剣を引っ込め、こちらの胸当てに向かって鋭い突きを放つ。
当たれば王子の勝利だろう突きだ。
「!」
とっさの判断でタッ! と後ろに飛び下がった。
そうして突きを回避した。
王子との間に距離が開くけれど、突きの体勢を崩さずに直進してきた。
王子の放つ突きを下から掬い上げるようにして自分の剣で弾いた。
お互いぶつかりそうになって、剣同士のつばぜり合いに持ち込んだ。
その様子を衛兵たちは固唾を飲んで見守っていた。
「おしい!」「何が?」
「今、ロードが打ち込めてたら勝ってたな」「王子はそんな隙をくれないよ」
お互い一歩も引かないつばぜり合いをするが、そこから先に動いたのは王子だった。
タッ! と踏み込むと、素早く背後に回り込んできた。
王子は振り向きざまに剣を横向きに振ってくる。
周りから見れば王子の剣の一撃が相手の背中に決まるかに思えたはずだ。
だがキィーン! と剣と剣による甲高い音が響き渡る。
ギリギリのところで剣による防御を成功させた。
剣を“背中に触れさせるくらいまで後ろに振り上げて”背後からの攻撃を防いで見せた。
背を向けたままなので、予め王子の攻撃を先読みしていていないと出来ない行動だった。
『『『おおっ!』』』
この防御の仕方を見た衛兵たちは驚いていた。
攻撃を行った王子自身もきっと驚いたはずだ。
それから次の行動に移る。
剣をピッタリと触れさせたまま、その場で両足を使ってタァン!! と勢いよく跳躍しグルンと宙で一回転する。
それは王子の背後へ回るための後ろへの宙返りだ。
今度はこちらが王子の背後に回って剣の攻撃をする。
一連の動きを見ていた衛兵たちなら“ロードが逆転した”と思ったはずだ。
だが、反射的に王子は剣を閃かせながら後ろを振り向く。
キキィーン!
剣と剣のぶつかり合う甲高い音がして、
カラッカラ―ン!
一本の剣が場に落ちる音が響いた。
落ちたのは剣はロードのものだ。
王子の剣によって手元から弾かれたのだ。
この試合は剣を落とし方が敗北するというルールを最初に決めていた。
つまり、勝ったのはシャルンス王子だ。
「……はぁ……はぁ」
接戦だったことを感じさせる息遣いの王子。
弾かれた剣をゆっくりと拾いに行く僕。
「…………はぁ~~オレの負けです。王子」
模造剣を鞘に納め、勝者に祝福の拍手を送る。
「そう……みたいだね……ははは」
勝利を認められたことで肩の力を抜いていた。
「王子の勝利だぁ!」「おう! さっすが王子様!」
「素晴らし!」「お見事です!」
衛兵たちも勝者に拍手を送っている。
「ははは……ありがとう! ありがとう!」
「王子。おめでとうございます」
手を差し出すとそれを取ってくれて、お互いに握手を交わした。
「ああ! いい勝負だった! ありがとうロード!」
「満足いただけたのなら何よりです」
「だけど最後は危なかったよ。とにかく何かしなきゃと思って剣を思いっきり振ったんだ、まさかあれが勝利に繋がるなんて……」
「まぁ勝負なんてそんなものですよ。単に鍛えてるだけでは勝てるとは限りませんから。とっさの判断力、それが最後の一撃で王子が勝利した理由です」
「そうか……ああいう余裕のないことは、みっともないと思ってあまりやらないようにしてたんだけど……」
「なるほど、君のおかげで少し戦いのコツが掴めたよ」
「お役に立てて何よりです。では、オレはこれで失礼します」
「ああ、付き合ってくれてありがとう。仕事頑張ってくれ」
「はい王子も」
王子に軽いお辞儀をして、その場から離れる。
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