第7話 英雄を目指している王子様

 ロードはある人に呼ばれて急ぎ足でそこに向かっていた。

 

 ストンヒュー宮殿には500名以上の兵士がいる。

 けれど、衛兵には人以外にも、イヌ、サイ、馬、サル、鷹、イノシシなども所属していており、合わせると1000名に及ぶ。

 総じてストンヒュー兵団と呼ばれる。

 

 彼らの役割は、非常時における王族と大臣たちの護衛や国を揺るがす大規模な脅威に対抗するために存在している。

 まさに国のには欠かせない戦士たちだ。

 ところが、ここストンヒュー王国は事件や災難といったものがない平和な国で、今だに彼らが戦士として活躍したという話はない。

 なので今現在のストンヒュー兵団の役割は、夜間に王国をくまなく見回ること、宮殿または王国外周の見張りくらいしかない。

 平和すぎるから王族たちの護衛に付く必要がない。

 そんな仕事のない彼らも平和の味を満喫して怠けているわけではない。

 午前中はほとんど稽古や訓練に費やして、日々戦士の誇りを忘れずに身体を鍛えている。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 時刻は11時過ぎ。

 向かっていたのは宮殿から離れた位置に建てられた吹きっさらしの施設、ストンヒュー宮殿・訓練場だ。

 ここにはルールがあって、午前は人が午後は動物が訓練場を使えるという決まりだ。

 今の時間だとやはり人が訓練場を使っていた。

 兵士たちが、各々好きなように身体の筋肉を鍛える運動だったり、模造剣を使う個人戦闘の稽古だったり、弓と矢を使って正確に狙った的を射ぬく練習だったり、盾を持った者同士がぶつかり合い押し返されないようにする訓練をしている。

 

 僕は数段の階段を上がり、大きな入り口から訓練場に足を踏み込んだ。

 兵士たちの邪魔をしないように気を配って歩いていく。

 目的の人物を探しているが見当たらない。

 

(あそこか?)

 

 向かった先は模造剣で稽古をする衛兵たちの集まり場だ。

 人が入り乱れたり動き回っていたりして、正確に誰がいるのか見えづらかったから向かって探すことにした。

 

(あっ……いた)

 集まりの中に兵士たちとは格好の異なる高貴な正装に身を包んだ青年がいる。

 

 彼はシャルンスという名前の男性で、年は一つ上の20才。

 気高い容姿は国一番と若い女性に話題にされ、人当たりのいい性格も合わさって老若男女を問わない人気がある。

 しかし、驚くべきはストンヒュー王国の偉大なる血族を持つ王子さまであらせられることだ。

 

 彼を呼び出した張本人の王子さまに話しかける。

 

「シャルンス王子、お待たせしました。使用人ロード、ただいまこちらにはせ参じました」

 

「おぉ! 来たねロード! いまは忙しくないかな」

 

「忙しいです。いま目の前には国の宝があるので、慎重かつ丁寧に接さなくてはいけなくて、傷一つが大事件になりますから」

 

 かなり大げさな身振り手振りに、演技掛った口調を王子に対して行った。

 だけどそれは親しい間柄ならではだから出来ること。

 

「ははは……そうだね。僕は気にしないが使用人たちにとっては面倒事かもしれないな。よし! ロード以外の人に声をかけるのは極力控えよう」

 

「えっ!? それって仕事増えます?」

 

「ジョークさ、それより敬語辞めないか? 話しづらいんだけど……」

 

「ダメです。それやって怒られるのはオレですから……」

 

「昔はあまり気にもしなかっただろ? はぁ~~大人になる弊害だ。王位を継承したら敬語禁止令を敷くしかないね」

 

「いつまでも子供の頃のようにはいかないんですよ。宮殿の外だったら敬語なしでいきますから、我慢です」

 

「そうは言っても、近頃は街に出ては女の子たちに囲まれるし、馴染みのお店に行っても……」

 

「はい、また今度にしましょう。それで何か用があったんじゃないんですか?」

 

「ああ! そうだった。実は剣の稽古を最近始めてさ、衛兵の人たちに相手をしてもらっていたんだ」

 

「訓練場で模造剣を持ってたらそうとしか思えませんが……それが?」

 

「なら、わかるだろう? 敬語の件と同じさ」

 

「……剣の稽古をしてもらっても気を使われてまともに相手をされてないと?」

 

 

「その通りさ」

 

「ちょっと衛兵さんたち? この人こう言ってますが……」

 

 近くいた衛兵さんたちに聞いてみた。

 

「気を使う? してないしてない」「したら失礼でしょ! 王子が強いだけです」「やられましたよ……」

 

「って言ってますよ……」

 

「どのみち、満足のいく稽古はできてないんだ」

 

 どこかを寂しそうな遠い目をして呟いていた。

 

「はぁ~~そうですか。。。それで?」

 

「ロードはたしか身体を鍛えていただろう? 走り込みとか尋常じゃない記録を出したと街で噂を耳にしたよ」

 

「それ前に言いませんでした?」

 

「そうだった? まぁ今は聞いてくれ」

「それで思うんだ。身体能力の高いキミに剣技を手ほどきしてあげればいいんじゃないかと」

 

 王子が興味を引かせるためか素振りをして見せる。

 

「……オレに稽古の相手になれと?」

 

「ああ、君にその気があるなら……」

 

「その必要はないですよ王子」「ロードは以前、ここによく通ってましたから」「たしか衛兵になるって言って始めたんだよな」

 

「それは聞いたことないぞ、本当か?」

 

「ええ、はい。昔2年ほどの少しの間に……」

 

「なんだ、ならさっそく始められるじゃないか」

 

 模造剣の置かれた木箱に向かっていく。

 

「えっ? あっ! いやオレは……」

 

 木箱から模造剣を一本取り出して差し出してきた。

 流されて模造剣をつい受け取ってしまう。

 

「これを使うといい、あとは……誰かロードに装備を持ってきてくれないか!」

 

「私が行ってまいります」

 

 近場の衛兵が王子の言いつけに従ってその場から離れる。

 

「あのー、オレは……」

 

 あまり気が進まないが、

 

「ロード頼んだぞ俺たちじゃ王子の相手にはなんなかったが」「そうそうあれからさらに鍛えたんだろ、昔のことは忘れるといい。お前ならやれるさ」

 

 友人たちでもある同い年くらいの衛兵たちの期待まで背負わされてしまう。

 

「……だといいけど」

 

 あまり昔のことは思い出したくはない。

 

「ふっ、いい緊張感だ。こんなにワクワクすることは滅多にないくらいだ」

 

「王子。一つ聞いてもいいですか?」

 

「なんだい?」

 

「どうして剣の稽古なんて始めたんです?」

 

「君だよロード」

 

「オレ?」

 

「君のおかげで僕の夢が決まったのさ、君が見せてくれた絵本があっただろ……国のために立ち上がって敵を倒し英雄になった主人公の話だ」

 

(アレか……けどアレは勇者の話だったような気が……)

 

 王子の言いたいことは変わらないだろうからどうでもいい考えだ。

 

「あれを読んでしまっては一国の王子が憧れないわけがないんだ、だから僕はここで鍛錬して強くなることにしたのさ、何があってもこの国を守れるようにね」

 

「!」


「ほれ、はぁ、、、ロード、はぁ、、軽装、、、持ってきたぞ、、、やる、よな?」

 

 息を絶え絶えにしてかなり急いで持ってきてくれたんだろう。

 兵士の差し出して来た物を見て少し考える。

 

(……昔のオレも王子みたいなこと言ってたっけ)

(……オレは強くはなれなかったけど、王子ならなれるかもな)

 

「……ああ、やる」

 

 持ってきてくれた兵士に対して答え、

 

「わかりましたよ王子。やりましょう」

 

 軽装を受け取った。

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