第6話 使用人長ビッシィさん

 長い回廊をひたすら歩いていき曲がり角である人物に出くわした。

 その人は眼鏡をかけた黒髪の女性。

 つい先日、この宮殿で使用人長に就任したビッシィさんだ。

 ティーセットを持ち歩いていたので、どこかへ運んでいく途中だったみたいだ。

 

 

「あっ! おはようございます使用人長」

 

「――はひ! お、おはようございますロードくん」

 

 真面目な彼女にしては珍しい反応で、持っていたティーセットが一瞬グラついた。

 小さく喉を鳴らして表情を引き締めた。

 

 

「……やはり、まだ使用人長と呼ばれるのはまだ慣れませんね。くすぐったさがあります」

 

「お互い様ですよ。こっちも使用人長と呼ぶのはまだ慣れてなくて……」

 

「ふふっ……そうですか、ロードくんもですか。なら私はそう呼ばれることに慣れて貰うためにも、頑張らなくてはいけませんね」

 

「あっ! いや別に使用人長になったことに意義があるわけではないんですよ」

 

「わかってますよ。気にしていませんから変に弁解べんかいするのはやめてくださいね。みっともないので……」

 

「……失礼しました」

 

「さて話が変わりますが、ロードさんは鏡をご覧になったことはありますか?」

 

「えっ、ありますけど……何かおかしいですか?」

 

「ええ、はい」

 

「……あっ! ネクタイはそのあげちゃって、付け忘れたわけでは……」

 

「弁解はなしですロードくん」

 

「はい……」

 

「はぁ~~ちょっとこれ持っていていただけますか?」

 

 ティーセットを差し出されたので、言われた通りに両手で受け取る。

 すると懐から紐のネクタイを取り出して、襟元に回してくる。

 

 

「いいですか――別に規則だから言うわけではないのですよ。ここでは身だしなみの乱れは誰も気にしないでしょう、けれど必ず目に留まってしまうものです。その乱れは他の方に、ロードさんご自身が乱れているのだと、あらぬ誤解を招いてしまいます。ですからご自身の為にもキチンとした正装でお仕事に臨んでください。そうすれば誰の目から見てもあなたは素敵な人として映りますからね」

 

 その手がネクタイをしっかりと締め、歪みのないように整え、最後に服を払ってくれる。

 一歩下がって満足そうに笑顔を浮かべ〔うんうん〕と頷いた。

 

「ありがとう。ビッシィさん」

 

「いえいえ、ではティーセットをこちらに……」

 

「いや、オレが運びますよ。お茶を注ぐのは昔からやっていますし、どこに持っていけばいいんですか?」

 

「庭園の方でお仕事をなさってる庭師の方々に振る舞ってあげてください」

 

「あ~~お爺さん達に……わかりました」

 

 二人がやり取りをしていると奥の方から身分の高いネコさんが数匹、列になって上品に歩いてくる。

 この宮殿で暮らすネコの大臣の一家たちだ。

 先頭を優雅に歩くのは大臣ご本人。

 二人の使用人はネコの大臣とその一家に頭を下げる。

 

「ニャむ、二人共ご苦労、、、身なりがきちんとしていて大変よろしいニャ」

 

 大臣と一家たちは通りすぎた。

 ビッシィさんが意味深な笑みを浮かべ、まるで(誤解されずに良かったね)と言われているような視線だ。

 

「……ビッシィさん、誤解なんだ」

 

 

 ▼ ▼ ▼

 

 

 ティーセットを持って宮殿外にある【庭園】に行き、働いている庭師の人たちに緑茶を振舞った。

 庭師の人たちは高齢の男性がほとんどだが、中にはカマキリやクワガタもいる。

 皆、草木の手入れを一休みして木陰でくつろぎ緑茶を嗜む。

 一人だけまだ作業に没頭していたお爺さんが居た。

 キリンの首の高さを利用して、服を咥えてもらい高い木を整備している。

 なので緑茶の入ったカップを受け皿ごと持ってお爺さんに届けてあげることにする。

 

「あのーー! 緑茶いれましたーどうぞー!」

 

 声をかけるとこちらに気づいたようで、お爺さんを咥えたキリンの首が下がる。

 地に足をつけたお爺さんは無言でズズズゥと音を立てて緑茶を飲み干した。

 カップを返してきた後は、またキリンに高い所に上げてもらい作業の続きを始める。

 

(これが職人か……)

 

 宮殿の庭園にはヒュウゥゥゥといい風が吹き、草花を優しくサァーサァーと撫で、近場に干されているシーツをからかううようにフワッフワッとはためかせる。

 お日様の下で、イヌたちが木製の円盤を飛ばして取る遊びをし、木の上でインコたちが下手な歌を唄い、ウサギやリスが追いかけっこをする。

 

(ここは……子供の頃から変わらないな)

 

 その変わらない光景に安心感を覚える。

 

「おーーーーい! ロード!」

 

「――!」

 

 そんなとき不意に遠くの方から呼びかけられた。

 

「今から訓練場に行くんだ! 君も来てくれないかー!」

 

 高価な正装に身を包んだ青年が馬に乗り、こちらに向かって大きく手を振っている。

 

「はい! 少しお待ちを!」

 

 答えを聞いた青年は馬に乗って先に向かう。

 手にした空のカップを近くのテーブルの上に置いた後、呼びだした青年の方にスタスタと急ぎ足で向かった。

 

(……忙しいな)

(でも、こうして人に必要とされるのは嬉しい)

 

(子供の頃は強くなるために頑張っていたっけ……)

 

(けど、もう強くなれなくてもべつにいいと思う)

(今はもう違うことを考えているからだろう)

(ここで皆と幸せな世界を作り続けていく)

 

(それが大人になった今のオレのやりたいことになんだ)

 

 ある人の待つ訓練場に向かって急いでいく。

 

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