第24話 強壮作用・癒やしと休息
2度目の通信を終えたあとあと、ラトナは部下を引き連れて娼館に入った。あまり大きな声じゃ言えないけどお接待でソープというのはしばしばある。そういう時は経理に領収書を見せられないから、弊社の独自システム「深夜外出手当」という意味深な福利厚生を使ってあくまでポケットマネーから出した体で一定額を補填していた。
館内は何かしら香木が焚いてあった。そういう匂い、そういう空気の霞み方だ。2階が桟敷席のようになっていて女の子たちが客を見下ろしていた。直接選ぶタイプの店は初めてだ。
というかそんなことより明らかに男客のための店だ。こちらの世界では女も普通に入るのか。一応改めて言っておくけどラトナは女だ。
番台にはお腹の大きな妊婦が座っていて、なんだか体調が悪そうだった。ふんわりしたブロンド、淡い肌色、水色の目。耳の上に角。黒いけどラトナの角とは質感が違う。巻き方といい、もう少し羊っぽい。
「ずいぶん膨らんだね」とラトナ。「竜の子でも孕んだ?」
妊婦は頷いた。馴染みの相手らしい。
「おいおい」
「まだ4ヶ月……」
「産むとき確実に股が裂けるから覚悟しときなよ」
「そんなの聞かせないでよ」
「女の子、紹介してもらおうか」
相手は涙目になった。
「介護プレイは趣味じゃない」
「そんなぁ……」
他の部下たちは各々相手を見つけて連れ立っている。そういうシステムか。僕は桟敷を見渡した。手前のソファに座っている子が手を振った。目が留まった。惹かれた、と言っていい。こういう時は直感に従うものだ。
彼女は手摺に掴まってのっそりと立ち上がった。顔立ちからなんとなくあどけないプロポーションを想像していたけど、全然違った。首や手足、腰は折れそうなくらい細いのに、それでいて胸も尻もすごく大きかった。歩きづらそうなくらいだ。階段を下りてくる間ベビードールの裾がふるふると揺れ続けていた。目の前に立つと僕よりやや背が低いのが意外なくらいだった。
番台で鍵を受け取って部屋に入る。エキゾチックな雰囲気の部屋だ。観葉植物が置いてあるのと、カーテンのかけ方が独特なのかな。壁際に平型のロウソクが並んでいて他に大きな光源はなかった。
「他の人と格好が違うけど、あなたもラトナの部下なの?」
「まあね。でも雇われだから騎士ではないんだ」
敬意を欠いているわけではない。いつだったか、なんとなく相性がよくない女の子と寝ている時に言われた「言葉と体の距離感がちぐはぐなのは醒めるわね」というのが心に残っていて、それ以来こういう場では相手に合わせることにしていた。むしろその方がリスペクトだと思ってやっている。
女の子はガルゼルという名前だった。10代ってほど若くもないのだろうけど見れば見るほど童顔で、しっかりしたアイラインや口紅が馴染んでいるのが不思議だった。かなり暗い赤毛で、ワインレッドと言ってもいいくらい。たっぷりした丸みのあるセミロング。やはり耳の上から羊っぽい角が生えていた。彼女は好きなだけ角を触らせてくれた。
「竜族の角とは違う感じだね」
「サキュバスの角ってこういうものじゃないかしら。私のって別に珍しくないわよ。もしかして初めて?」ガルゼルの話し方と物腰にはどことなく気品が感じられた。
「僕の国ではサキュバスってすごく少ないんだ。夢に見る人はたくさんいるだろうけど」
「ふふ、じゃあ今日はサキュバスのことたくさん教えてあげるわね」
「それはもったいないな」
「もったいないって?」
「君がサキュバスだから目が合ったってわけじゃないと思うけど」
ガルゼルはキスをした。長くて吸い付くような舌だった。かすかにライチあるいはグレープフルーツのような柑橘の匂いがした。
「口がお上手なのね」
「君には及ばない」
僕はベビードールを、ガルゼルは僕のズボンを脱がせた。正直心配だった。僕の息子は日々の忙しさと疲れのせいで僕自身の欲求と無関係にうなだれていることが少なくなかった。
「かわいそうに、すごく元気がなさそう」
「寝起きが弱いんだ」
「大丈夫、ヤケドしそうなくらい熱々になってるもの。――口でされるのは嫌じゃなくて?」
「全然」
そのあと数分と経たずに不思議なことが起こった。ガルゼルにしゃぶられた僕の息子はまるでひと月ぶりに雨を浴びた草のように背筋を伸ばして天を仰いだのだ。
「どうかしら?」
「す、すごい」
「サキュバスの唾液には強壮作用があるのよ」
「強壮作用」僕は思わず聞き返した。いや、サキュバスの話だけども……。
「舐められると元気が出るってことよ。だからキスをすると疲れが取れるし、こうやってしゃぶってあげれば、ほら、もっと明らかでしょう?」
「サキュバスだけ?」
「そう、サキュバスだけ。私も純血じゃないからあんまり強い効果はないわ。でも強すぎても理性が飛んじゃうから、いい塩梅かしら。――サキュバスが精気を吸うって俗説は聞いたことない?」
「それなら知ってる」
「強壮作用って本質的には内的なマナを励起する作用なのよ。チャクラとか
「受け取る」
「マナが欲しい時は上の口ね。下だと妊娠しちゃうから」
「その励起作用は自分自身には働かないの?」
「働いてるわ。でもそもそも内的なマナを生成するサイクルが遅いから、効いた状態で人並み以下ってところね。同じ理由でサキュバス同士でもあまり効果がない、というか、もともと持ってるマナの奪い合いにしかならない」
「内的なマナってことはスキルに使うものであって魔法とは無関係なんだね」
「内的なマナを消費する魔法もあるから完全に無関係とも言えないけど、そうね、サキュバスでも魔法の扱いはピンキリね。騎士並みに扱える人もいれば、てんでダメって人もいるし、そこは他の種族と同じように環境のマナとの相性なんでしょうね」
ガルゼルは胸にローションを塗り広げていた。なんだかとても時間がかかったような気がした。
「おカタイ話になっちゃった。ほら、でもまだちゃんと効いてるでしょ」
「こっちもおカタイままですね」
ガルゼルはニワトリでも絞めるみたいに僕の息子を握った。
あふん。
「あなたが欲しいのは癒やし、それとも休息?」
「癒やしと、休息。それって別物?」
「元気になれるのが癒やしで、ぐっすり眠れるのが休息。癒やしなら加減するし、休息なら搾り取ってあげる」
搾り取るってことは要するにマナ切れ、気絶と同じじゃないか。それが休息? 僕の想像が行き過ぎてるのかもしれないけど、ちょっと恐い。
「癒やしで」
「あら。週末は休息コースのお客さんが多いのだけれど。そうね、初見だものね」
けしかけられているのはわかった。でも僕は選択を変えなかった。
2時間くらいでロビーに出た。ガルゼルは立つのもしんどそうに腰を押さえていた。
結論から言って、ディストピアの荒波と苦行に長年耐え続けた僕の息子はただねぼすけなだけではなく、いつの間にか恐るべき忍耐力と自制心を手に入れていた。ガルゼルのテクニックは本物だったし、唾液の効果で僕ははじめから終わりまではちきれんばかりの爆発寸前だった。それなのに結果としてたった一度の発射シーケンスに2時間も要してしまったのだ。それはもう宇宙戦艦級の極太ビームだった。ガルゼルは飲み込むどころか口で受け止めることもできずにえずいていた。本気で苦しそうなのがとても申し訳なかった。
それでも部屋から出てくるのは僕が最後ではなかった。2杯目の飲み物を取りに下りた時にラトナが番台の妊婦を抱えて奥から出てきた。妊婦の方は上気してかなり顔色がよくなっていた。
「龍の卵はマナを食うんだ。マナ切れでヘロヘロになってたんだろうね」
ラトナは僕の2杯目を待って一緒に店を出た。空気が冷たい。霧はまだ立ち込めていた。
「ひどいもんだった。2時間延々とシモの世話をさせられているみたいだった」
直接言わないのは思いやりか。
「シーザーのところに行ってくるよ」
ラトナの龍の名前だ。彼女はそう言うなり建物の壁を蹴って屋根に上がった。この時刻だと城門が閉じているから湖に近づくには城壁を飛び越える必要がある。それが何を意味するのかなんとなく理解できた。
龍の子というのはたぶんそのままの意味だ。ラトナは龍の系譜だ。どういう仕組みなのかこの世界では異種間交配が可能らしい。現実世界で言う人種くらいの感覚なのだろうか。
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