第16話 トライアル・効果範囲

「そうだ、帰りにその魔水晶を持ってってくれませんか。そうすればここから基地までの距離は測れます」

「効果範囲はこの魔法器が中心になってるの?」ラトナはスマホを魔法器と呼んだ。

「あるいは僕のゲートでしょうか」

「それなら、シスターは魔法器を持ってここに残って、テツヤは逆に南の城門の方に向かって歩いてくれないか」

「僕がここに残るのではなく?」

「それだと切り分けられない。どこかで効果範囲を外れるとして、私とテツヤがだいたい同じ距離なら魔法器が中心、私が先ならテツヤのゲートが中心、というふうに判断できる」

「なるほど」

「考慮すべき条件がそれだけなのかはわからないけど、実用上はそれで問題ないはずだ。一応2人とも同じくらいの魔水晶を持っていこう。大きさで性能に差が出るかもしれない」

 僕が今朝自分で持ち帰った魔水晶(小)と(大)を各々に振り分ける。

「屋内だと電波が届きにくくなると言ってましたが、私も外に出ておいた方がいいのですね」

「そうですね。屋外でも建物に囲まれていると影響を受けるのである程度高度のある場所の方が通りますね」

「それなら鐘楼に上がってればいい。通りも端から端まで見渡せる」


 というわけで鐘楼に上がったシスターが上から手を振るのを待った。魔水晶を耳の後ろに押し当てた不思議な2人組が南北に分かれる。

「城壁の南北の内径は直線距離にしてどのくらいなんですか」僕は訊いた。

 距離そのものより距離の単位を把握するための質問だった。

〈6000フィートってとこかな〉とラトナ。

 フィート?

 そうか、人体・感覚を尺度にした度量衡はこっちでも通じるのか。

「そうすると基地から北門までは――」

 すでに自分で歩いた区間を訊くのは変だ。僕はまだ街の北辺には立ち入っていなかった。

〈2000フィート弱だね〉

 現世の係数で米フィートからメートルに直すと街の直径がだいたい2km、中心に聖堂があって、聖堂から基地までは3〜400mといったところか。ラトナもフィートでキリのいい数字を言ってるだろうから誤差もかなりあるはずだけど、感覚的には間違っていない。確かにそれくらいの長さだ。

 ともかくまだ音はクリアだ。反響がなくなった代わりに周りが賑やかだが、声が遮られる感じはない。

 振り返るとラトナの姿が人の往来と荷車の向こうにチラチラしていた。やっぱり赤い服はよく目立つ。

「教会の敷地を過ぎました」

〈私とテツヤの間が400フィートってところだね。まだまだ行けそうだ〉

 

「宿屋街と商店街の境まで来ました」

〈私も基地を過ぎたところ。半分まで来たわね〉

 音質もまだ大丈夫。

〈しかし片手で押さえておかないとならないのは不便だね。腕が疲れてくる。兜のベルトに挟む感じにすればいいのか……テツヤは疲れない?〉

「僕はこの形に慣れてるんで」

〈そう? でも直接肌に当てないと音小さくなるわね〉

 そうか、ヘッドセットが必要なんだ。ただ現世の軽量ヘッドフォンに比べると魔水晶単体でもかなり重い。僕の愛用ヘッドセットに括りつけたとしても保持できないだろう。

〈カチューシャみたいなものがあればいいのね〉とシスター。

「僕もそう思ってました」

〈防具店に頼んでみるか〉

〈それか装飾品店。とりあえず試作品は私にやらせてもらえませんか〉

「シスターが?」

〈はい、手先は器用なんです。魔水晶の広い面が直接肌に触れた方がいいのですね〉

「そう思います。あと振動がカチューシャの方に伝わると音が悪くなると思うので、浮かせた感じになれば」


「ラトナ」

〈なに?〉

 声が掠れていた。

「とりあえず立ち止まって。音が掠れてます」

〈もうすぐ効果範囲を外れそうってこと?〉

「だと思います」

〈そっちの声は何ともないけど〉

「シスターはどうですか」

〈ラトナの声はがさがさ言ってますね〉

〈こっちから聞く分にはやっぱり普通だな。惜しいね。もう少しで北門なんだけど〉

「僕も南門の近くまで来てます」

〈これ、一度範囲を出てからまた入ったら勝手に繋がるのかな〉

「わかりません」

〈繋がらないとしたら〉

「一度切ってかけ直せば繋がると思います」

 憶測だ。

〈試しに北門まで行ってみるよ。30数えて私が何も言わなかったら、そのかけ直しをやってみて〉

 それから5秒くらいして一度「ザザッ」と音が入ったが、ラトナは黙ってしまった。

 次の声が入ったのが20秒後くらいだった。

〈聞こえる?〉

 まだかなり声が遠い。

「聞こえます」

〈北門にタッチしてきたよ。5回くらい呼んだんだけど、それは?〉

「いいえ、聞こえなかった」

〈シスターも?〉

〈聞こえなかった〉

〈私の声まだ掠れてる?〉

「はい」

〈魔水晶を大きいのにしてみた。どう、何か変わった?〉

「いや、掠れたままですね」

〈そう? あ、こっちが変わったね。聞こえる声が低くなった。音が小さくなったんじゃないな〉

「たぶん単純に大きさの問題ですね。高い周波数の振動が出にくいのか……」

〈しかも重いし、これはだめだ〉

「小さいのを集めたほうがよさそうですね」

〈なるほど、これで色々わかったわけだ。テツヤ、聖堂に戻っていいよ〉

 南門は目前だった。せっかく歩いてきたんだし、ラトナと同じようにちょっとタッチするくらいなんでもない。

 でも今はここで足を止めて引き返すべきだと思えた。

 電波が届く距離を測るためにここまで来たんだ。電波は届かなかった。届く距離を伸ばす方法があるならそれを実現できた時に触れるべきなのだろう。

 南門は神域の門のようにそそり立っていた。

 僕は門には触れずに引き返した。

〈どうやら効果範囲の中心はこのスマホではなくテツヤさんのゲートのようですね〉

〈魔水晶の大きさに関わらず効果範囲はだいたい半径5500フィート。実用5000フィートでいいね。ぎりぎりだと受ける声は問題ないけど送る声が悪くなる。範囲外に出て声が届かなくなっても、もう一度範囲の中に戻れば何もしなくてもまた声が届くようになる。夜警にどうか、と言われた以上は騎士団で話を上げるけど、いいね?〉

「お願いします」

〈借りた魔水晶は明日返すよ。シスターが証人だ〉


 5500フィート。ということは1800m。

 ゲートの口から1800mだ。ゲートの中の空間を考慮すると向こうの世界からの距離はだいたい2km。

 これ、アンテナのノードじゃないか?

 電波がゲートを通ってきているならその発信源は基地局あるいは携帯電話回線用のアンテナだろう。向こうの世界ではだいたい500m間隔でアンテナが設置してあるという。1基の守備範囲は250〜500mということになる。でもこれはあくまで都市部の話だ。建物が林立する複雑な空間で、かつ飛び交うあらゆる周波数の電磁波の中を突き抜けて安定した通話品質を維持するには必要、というだけのことで、人口が疎らで電波が通りやすい田舎ならその限りではない。設置間隔はもっと広い。それでも屋外ならきちんと繋がるし、山にでも入らなければ圏外なんて滅多にない。

 こっちの世界はどちらかといえば田舎に近い環境、というか電波的には田舎よりクリーンな環境なはずで、だとしたら半径1800mというのもおかしな話じゃない。

 僕のゲートのが向こうの世界のどこかに接しているとして、それはたぶんアンテナのすぐ近くに位置している。

 それはきっとラッキーなことだ。今はそう思えた。

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