第15話 チューニング
「この魔水晶って今朝のモディから採ったものですか」僕はラトナに訊いた。
「解体の時に出たものだから、そうなるね」
「つまり、一旦僕のゲートに入ったもの、ということにもなる」
「……ははァ、まさか、モディまるごと所有権を主張するつもり?」
「あ、いや、そんな話ではありません。――たしかゲートに入れる前にも拾ってましたよね。それ持ってませんか」
「あ、うん」ラトナは腰のポーチから巾着を取り出した。今朝死んだモディの前で見たのとおそらく同じものだ。ということはラトナのゲートにも入れていないと考えていいだろう。
「ここに置いてください。一応こっちとはくっつけないように」
僕は私物のスマホから社用スマホに電話をかけた。
テーブルががたがた鳴る。順番に魔水晶に触れる。僕のゲートに入っていたものは震えているが、ラトナが新しく出したものは震えていなかった。
予想通りだった。説明してくれと言わんばかりのシスターの視線に答えることにした。
「この魔水晶も、今朝シスターに見せた魔水晶も、モディを倒してから基地に運ぶまで僕のゲートに入っていました。その間僕は社用スマホにかかってきた電話を何度か取っています。ゲートに入った魔水晶はその間にかかってきた電話の着信番号にチューニングされるのではないか、というのが僕の仮説です」
シスターは興味津々だがラトナはぽかんとしていた。
僕は逆に社用スマホから私物のスマホに電話をかけてどの魔水晶にも反応がないのを確かめた。一度コールを切り、ゲートを開いて報酬の魔水晶を1つ入れる。ゲートを閉じて再びコール。また一度切ってゲートを開き、魔水晶を取り出す。
見かけには何の変化もない。
「ゲートに入れる前はこちらからこちらのスマホにかけても何の反応もありませんでした。一度ゲートに閉じ込めて同じことをやった状態になっています。僕の考えが合っていればゲートに入れる前と同じことをやって振動するはずです。ここからが運命の時です」
僕は神様が海を割るみたいに大げさに人差し指を下ろした。
発信、コール。
果たして、魔水晶は振動した。
あっけない結果だった。
シスターは嬉しそうに拍手し、ラトナは何がすごいのかわからんという顔をしていた。というか実際「何がすごいの?」と訊いた。
「番号を振った魔水晶には選んで連絡ができるってことなの」とシスター。相変わらず理解が早い。
「ところでシスター、ラトナには電話のことは話してないようですね」
「はい。勝手に話すのもよくないと思って。その……テツヤさんの国のことなので」
「どうりでちんぷんかんぷんなわけだ」
ラトナは真顔のまま首を傾げた。
「それと、私、1つ気づいたことがあるんです。ここで話してもよければ」
「構いません」
「魔水晶の振動が声になっているみたいなんです」
「声に」
「着信お願いできますか」シスターは魔水晶を取り出して一度見せたあと自分の耳の後ろに押し当てた。僕が預けておいたものだ。
僕は私物のスマホから仕事用のスマホにかけた。通話。
「何か話してください」とシスター。
「何か……」
「ああ、やっぱり聞こえます」
シスターは僕に魔水晶を差し出してスマホと取り替え、部屋の隅まで離れた。50人くらいいる教会職員が一斉に食事をとるための空間なので結構広い。小声なら聞き取れない距離だ。
僕はシスターがやっていたように魔水晶を耳の後ろに当てた。
〈私の声が聞こえますか〉
確かに聞こえた。
そうか、こいつは骨伝導スピーカーだ。くすぐったいけどきちんと音になっている。
正直なところ、最初に振動に気づいた時の状況からしてスピーカーの機能も併せ持つことはなんとなく察しがついていた。ただ1人では確認のしようがなかった。もとの世界からかかってくる電話は全部僕宛てなわけで、どうしてもスマホでとらないといけない。どのみちシスターに手伝ってもらう必要があった。
「こちらの声はどうですか」僕は返事をした。
〈あっ、聞こえます。テツヤさんの声もこちらから聞こえますよ〉
「送話もできるんですね」
僕たちが話している間にラトナは空いているスマホと震えている魔水晶を1つ手に取って両方耳に当てた。彼女も気を遣ってあまり踏み込まないようにしてくれていたのだろう。シスターが僕にきちんと断りを入れたのでこちら側に入ってきたのだ。
「でもなぜこれを」僕はシスターが戻ってきたところで訊いた。
「テツヤさんこの数時間で何度か電話していませんでしたか」
「しましたが……」
「たぶんその間その魔水晶も震えていました。あまりに意味のありそうな振動だったので、耳に当てたり、紙や羊皮に接してみたり、声になっているのはだんだんわかってきたんですけど、結局このあたりか顎に当てるのが一番聞こえよいみたいです」
「じゃあ電話の内容も聞こえていたわけですか」
「聞こえていなかったとは言いません」
まずいな。顧客情報、機密情報もりもりだ。秘密遵守のポリシーに反する。こちらの世界の人々に聞かれたせいで悪影響が生じるとも考えにくいけど、まだ完全に否定できるわけでもない。
「私がそんな軽い女に見えますか?」
「いいえ」
「秘密は守ります」
〈なんだか他人の声が自分の中から聞こえるみたいだ。変な感じだね〉ラトナがいない。部屋の外か。ともかくグループ通話もできている。
〈壁に隠れても聞こえるね。どのくらい遮蔽を抜けるのか少し歩いてみるよ。それはそうと、テツヤ、魔法を使うと眠くなるって言ってなかった?〉
「テレパス魔法だと思った? 違うの。スキルなの。ゲートを介した光信号の一種を読み取って音に変えてるのよ」とシスター。
〈光信号ね……〉
確かに、原理的には不可解だ。電話回線は厳密に言えばアナログ信号ではない。単純なエネルギー変換では音にはなっても声や言葉とは認識できないはずだ。解読には送信側と受信側でアルゴリズムを共有しておく必要がある。運用上は気にしていても仕方のないことだが……。
「テレパス魔法じゃ選んで一方的に連絡するってこともできないでしょう?」
「そういうものなんですか?」僕は訊いた。
「ええ。テレパス魔法を使える魔術師同士が事前に申し合わせた方法で術を使わないといけないんです。タイミングが悪いと片方は待たされることになります」
「んな、それは難儀ですね。交換手時代の電話みたいだ」
〈そうか、これなら番号を振っておけば選んで一方的に連絡できるし、魔法が使えなくても、というか、最悪マナがなくても魔水晶を持ってればいいわけか〉とラトナ。
「やっとわかった?」
〈やっとって、順番に説明してよ〉
「当直の時、他の持ち場の傭兵と連絡を取るのに苦労していたでしょう? これがあれば円滑なんじゃないですか」と僕。
〈それはそうよ。すごく便利だと思う。そう、どこにいても繋がるならね。遮蔽は通りそうだけど、厚い壁のそばに来ると音が途切れることが……るのよ〉
「いま途切れましたね」
〈ほらね〉
「建物の中って繋がりにくいんですよ。外ならこんなに荒れません」
〈距離はどうかな。夜警で使うとしたら城壁の内径が一番長いところまでカバーしてもらわないといけない〉
ラトナはあくまで実用を考えている。
〈聞こえてる?〉
「聞こえてます」
〈この手の連絡手段はね、騎士団でも何度か検討したことがあるんだ。笛とか伝声管とかね。採用してるものだと鏑矢もそうだし、物見櫓の半鐘もそうだ。あれ南街区にだけ合間の櫓を立てたのは城壁が遠いのと風向きのせいで音が届きにくいからなんだ〉
「テレパス魔法は」
〈うん、それをやるってことは夜警を全員腕の立つ魔術師で構成するってことなんだ。街の外の稼ぎのいい仕事からわざわざ引き抜いて、ね。ひと月もしないうちに騎士団の金庫が空っぽになっちゃうよ〉ラトナは食堂の戸口に戻ってきた。「まあ、色々言ったけど可能性は否定しない。試してみないことには」
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