第4話
民家が等間隔に並び、その周囲を田んぼが囲む。街灯は少なく、辺りには飲食店も何かの店も無い。だからこそ、この暗闇の中でコンビニが放つ光は一際目立つ。
駐車場に車は一台もなく、軒下にはスタンド式の灰皿とアルミ製の小さなテーブルが三つと椅子が二つずつ。
テラス席自体も珍しいと思ったが、それよりもその席の先客に目を奪われた。
机には折りたたまれた眼鏡、コンビニ袋からスナック菓子の個包装が覗き、ビールの空き缶が二本転がっている。加えてこの先客、三本目のビールを握ったまま、突っ伏して眠っている。
真夜中とは言え、公共のスペースをこうも大胆に使えるものなのか、とむしろ感心する。
「いらっしゃいませー!」
深夜バイトにはあるまじき元気のよい挨拶に面食らう。外の酔っ払いも起きてしまうのではなかろうか。
店員の目を避けるように手前の雑誌コーナーを曲がり、カゴに適当にカップ麺を放り込む。奥の飲料のショーケースからチューハイの缶を四本、カゴに入れる。
「いらっしゃませ!袋はご利用なさいますか?」
「……はい、あとタバコ七十番を一つ」
「はい!ハイライトメンソールですね!合計で2176円です!」
テキパキと商品を袋に詰めながら店員の男が話しかけてくる。
「ここのチューハイって美味しいですよね」
「えっ、あ、はい……」
「種類も色々あって見てて楽しいですよね。僕、去年の夏に出た塩レモンが好きだったんですよ」
「あぁ、そう、ですか……」
「ここのメーカー、よくキャンペーンしてて、うちだと二本買うと一本無料クーポン発行とか、年に数回あるんですよー」
屈託のない笑顔で繰り出される世間話。申し訳無いが上手く返事が出来ない。半年間の引きこもり生活で、俺はとっくに愛想の良い、感じの良い会話が出来なくなっている。
袋を受け取り、退散するようにそそくさと店を出る俺を、アルバイトはまた元気の良い挨拶で送り出す。
落ち着かない気持ちを静めようと、灰皿に向かう。夢の中にいる先客を起こさないように、レジ袋を静かに足元に置く。包装を剥いで、蓋のアルミ紙を破る。一本咥えて、ポケットに手を突っ込んだ。
「……あれ」
ジャージのポケットを上から叩くが、それらしき感触が無い。どうやらライターは留守番らしい。フィルターの湿気た煙草を戻しかけた時、酔っ払いの体がビクッと跳ねた。
「うぅん……」
なんだかその声の艶っぽさに気を取られた。まさかこの酔っぱらい、女なのか。
「あ、あのー」
おもわず声を掛ける。人も少ない田舎、隣接するコンビニに男の店員が居るとは言え、さすがに不用心だ。
「んー……サインはお断りだよ……」
まだ夢を見てるのか。素っ頓狂なことを言うので、相当酔っているのかと更に心配になる。
「あの、おねーさん?大丈夫ですかー……」
すると体を起こして、眼鏡を掛けた。眠たそうに目を細めているが、その奥の瞳はこちらを見透かすように鋭くて、思わす体に力が入った。
「おねーさん。酔って寝てちゃ危ないですよ」
「……ナンパかい?」
「へっ?いや、そうじゃなくて……」
「なぁんだ、つまんないね。こっちから言ってるんだから、ノッてくれてもいいじゃないか」
変な人だ。しかも多分面倒くさいタイプ。放っておけばよかったとは思わないが、心配して話しかけたのが少し馬鹿馬鹿しい。
「いや、別に……じゃあ、これで……」
「待ちなよ」
その時、彼女がジャケットの内側からオイルライターを取り出した。
「そんなあからさまに帰ろうとしないでもいいじゃないか。その手の煙草位吸ったらどうだい?」
蓋を指で弾くと、ヒンジが鋭い音を立てる。火を灯して、腕を伸ばしてくる。催促するように火を揺らすので、仕方なく咥えた煙草を近づける。吸い始めの煙を吐いて、もういいと会釈で合図する。また鋭い音が響いた。
「……ありがとうございます」
「何を吸ってるんだい?」
「これは、ハイライトのメンソですね……」
「ふぅん、一本くれないか」
初対面の人間に煙草をねだるくらいだ、これだけ図太く生きていればコンビニのテラス席で酒盛りして居眠りをするのも頷ける。もう何も言うまいと無言で煙草を差し出した。別に全部くれと言われたっても驚かない。
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