第1話
起床。午後七時。仕事を辞めてから、きっかり十二時間ずれた起床時刻。また何をするでも、出来るでもない一日が始まる。
大学卒業後、通信事業の代理店としては国内最大手と謳われる会社に務めて四年五ヶ月。今思い返しても俺は頑張っていたという自負がある。
配属された店舗で、俺は誰よりも接客を担当した。誰よりも商品を販売した。スキルに磨きをかけて、同期では最速で店長に昇進した。
その後は系列店舗のどこよりも高い評価と販売実績を誇った。
好調だった。誰よりも充実した日々を送っていた。仕事でより一層の成果を出せると思えば、プライベートの時間を削ることは何の苦しみでもなかったし、他県で開催される高額なセミナーや講演会に赴くことも躊躇わなかった。
入社から三年半後、俺は所属支店の営業となった。夏の暑さがしぶとく残る十月のことだった。
新たなスタートラインに立った気持ちだった。送迎会で部下や後輩から激励の言葉を貰う度、心の窯に薪をくべられるようだった。熱い志を持って、担当区域に配属された。
そして十一ヶ月かけて、俺は徐々に壊れていった。
営業職の業務はそれまでとは何もかもが違った。求められる成果、クライアントとのやり取り、マネジメントする人数、エトセトラ。
与えられる膨大な
俺の力なんてほとんど通用しなかった。ゲームに例えるなら難易度はベリーハードってとこだろう。
これまでだってハードだった、イージーに感じたことなんてなかった。それでも楽しいの感じていたのは、自分にはこの仕事が天職だと思っていたから。だから難易度が上がろうとなんだろうと、楽しんで乗りこなせると思っていた。思い込んでいた。
「何がダメだったんだろう」
寝起きにぬるいシャワーを浴びながら、壁に手をついて小さく声を漏らした。仕事を辞めてからもう半年、日に日に増していく後悔の時間と自問自答の回数。
家に一人で何をするでもない。どこかに出かけることも、テレビやネットを観ることも、誰かと話すこともない。
一人の時間があるから考えてしまうのだと思う。体を動かすなり、本を読むなりすれば、過去を考えたりする暇はなくなるのかもしれない。でも結局、一人の時間は必ず訪れる。
そうすればまた失敗の原因を探す旅が始まる。そう思うと外に出る気力も理由も生まれなかった。
今、外に出るのは、食料品を買いにコンビニかスーパーに出かけるくらいだ。
髪を適当に乾かして、ジャージに着替える。冷蔵庫を開けて、缶チューハイを取り出す。風呂上がりの牛乳ばりに腰に手を当てて一口。後悔と自問自答の他、増えたものと言えば酒の量だ。
会食や歓送迎会、たまに仕事帰りに部下と一杯、仕事で成果を出した日のちょっと豪華な夕飯と、社会人時代はそう言った機会が無ければ口を付けることはなかった。
それが今では日にロング缶を三本空ける。起きて一本、飯の共に一本、寝る前に一本。
かつては嗜む程度だったが、今は生活を送る上で不可欠な物になりつつある。酔えば、呆けて思考が飛び飛びになる。眠りが深くなって、起きている時間が短くなる。
これがあるから後悔も自問自答も今の量に抑えられている。頭ではこんな生活を続けていいワケないと分かっている。
でも、こんな苦しい日々が少しでも和らぐなら、焼け石に水と分かっていても、手を伸ばさずにいられない。
それが身を滅ぼすと分かっていながらも、傍から見ればどんなに愚かだろうと、人間なら、同じ地獄なら少しでもマシな地獄に堕ちようと思うんだろう。
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