かつての私と間際の君へ

汰一朗

プロローグ

 駐車場を出て、担当の店の看板を見た時、俺は呼吸の仕方を忘れてしまった。


 駅ビルの一階、周辺の商業施設への通り道に面した店舗。俺がここの担当になってからの十一ヶ月、日を追う事に店舗への足取りは重くなっていた。

 売上目標から大幅に遅れを取っている、依然ノルマは未達成。

 

 視界が眩む。色彩を欠いたモノクロの風景の中、店の看板だけハッキリと色がついて見える。息が乱れて、口は不規則に酸素を吸い込む。

 呼吸を整えたいのに、何度やってもうまくいかない。大縄跳びに入るタイミングを見失ったみたいだ。


 次第に苦しい声が漏れて、周囲が何事かとこちらに目を向ける。肩が大きく震えて、胸が収縮して苦しい。おもわず地面に膝をつく。


 __大丈夫ですか。

 __救急車を呼んだ方がいいんじゃないか。

 __聞こえますか。


 色んな言葉が頭に響く。ああ、大人にもなって俺は何をしてるんだ、恥ずかしい。放っておいてくれ、大丈夫だから、じきに収まるから。

 でも次第に羞恥心なんてどこかに吹き飛んでしまうくらいの、激しい心臓の音が聞こえてきた。

 苦しい、怖い。原因は分かってる。最初から分かってた。もしかしたら、いつかこうなるんじゃないかって思ってた。

 

 顔を上げると、店の入り口からこちらを見ている女性スタッフと目が合った。彼女は確か、橋本さんだっけ、今年新卒で入社した。

 彼女は驚いて、店の奥に引っ込んでしまった。

 ああ、どうしよう。こんなところを見られてしまったら、次からどんな顔して、彼女の前に現れたらいいんだろう。

 その後すぐに店の出入り口から店長の福井さんが飛び出して来た。


 __課長!奥山課長!聞こえますか!


 大丈夫、聞こえてるよ。でもごめん。口が動かないんだ。あと、今そっちを見れない。

 恥ずかしくって、怖くって、今はお店の看板すら視界に入れたくないんだ。


 __すいません、救急車!救急車を!


 いいって、大丈夫だよ、福井さん。少ししたら収まるから、だから……こんな大事になったら、この仕事続けていけないよ。絶対に向いてないって言われるよ。せっかく頑張ってきたのに。認めてもらえるように、何とか踏ん張ってきたのに。


 恥ずかしさと息苦しさ、気づけば溢れ出た嗚咽と涙で、俺はひどい酔い方をした時みたいに、平衡感覚がバカになって、グルグル回っているような感覚だった。

 遠くからサイレンが聞こえる。あぁ、終わった。きっとこの仕事、もう続けらんないな。俺なりに頑張ってきたのにな。全部失敗に終わっちゃったな。


 橋本さん、福井さん、俺みたいな出来損ないが上司でゴメンよ。俺もう駄目みたい。担当してる店の看板が目に入ったくらいで、こんなんになっちゃうんだ。本当はもう何ヶ月も前から仕事がしんどくて、楽しくなくて、朝起きるのが怖くって仕方なかったんだ。

 あなたたちは俺みたいになっちゃダメだからね。


 ああ、そっか、俺の声、届いちゃいないか。



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