東京都 豊島区の現状 1

「おら、どけ どかなきゃ刺すぞ。」


交通の激しい交差点で、腕に抱いた少女にナイフを突きつけている男が叫んだ。酷く愉悦に濡れた声で発したその男はボサボサの髪に、何年も放置したと思しき無精髭、ヨレヨレのジャージ、といかにも何年も引きこもってましたと言わんばかりの格好だ。

「やめろ、落ち着いて考えろ。そんな事をしても状況は好転しない。幸いお前はまだ誰も殺していない。大人しく投降すれば罪が軽くなるように俺が問いあってやる。」

人質をとった男の前方から低く威厳のある声で、何者かが男を説得する。その声の主、豊島区自衛団 団長 王猫正斗おうびょうせいと は 前方の男とは対照的にキッチリとしたスーツに整えられた髪と髭というなんともキッチリとしたサラリーマンのような容姿をしている。正斗はその後も冷静な声音で男を説得に掛かるがそれと比例するように男の興奮は高まっていく。そして…


「もう良い、もう説教じみた説得なんざ結構だ。 罪が軽く? 誰も殺してなくてもあれだけ建物を壊した俺をお前らが自由にするわけがない。ここまでやるつもりはなかったがしょうがねぇ、このガキ諸共お前ら全員皆殺しだ。」

興奮が最高潮になり何かに浮かされたような危ない光をその目に宿し始めた男はそう叫ぶと肩に抱いた少女を前方に放り投げる。正斗が咄嗟にその少女をキャッチする間に、それを予期していた男は距離を取り愉悦の表情を浮かべて叫ぶ。

神怒サンダーズ化身アバター

男がそう呟いた瞬間、男の体が青白く発光し始める。男の体そのものが雷と化しているのだ。そして次の瞬間地面を踏みしめたと思った男の姿はその場からかき消えて一瞬にしてまだ少女を受け止めて体勢を崩したままの正斗に向かって拳を振り上げていた。

「これで終わりだ。」

今日聞いた中で一番愉悦に濡れた声を発した男はそのまま雷撃を纏った拳を振り下ろす。だがしかし、男は気づくべきだった。目の前にいる 王猫 正斗 が男の能力が発動されたというのに一切の動揺を見せていない事に、自身の体が無意識に震え冷や汗が止まらないことに、何よりも男の本能が正斗を見た瞬間から既に負けを認めていたことに。


ズバン バチン バシュッ


まだ冬の気配が残る寒空に肉が切れるような音と電線が切れた時のような音が同時に響く。


「ガッ ンナッ バカな」


次の瞬間、男に訪れたのは絶大な苦痛と驚愕だった。何が起こったかわからなかった。反撃にあったということは自身の胸にある断面の荒い切り傷を見ればわかるが、そもそも自身の速度であの距離まで詰めてしまえば普通の人間に対処できるはずがない、雷を避けられる人間などいないはずなのだから。それに何より不可解なのは…


「お前、どうして俺が斬れる?」


男は敵が何処にいるかも、自分がどうな状況なのかもわからぬまま、それでも聞かずに入られなかった。そうなのだ斬れるはずがないのだ。自身の能力は体を雷にするというものなのだから、エネルギー体を斬るという事自体不可能なはずだ。


「正確には斬ったんじゃなくて、裂いたんだがな まぁどっちもやられる側からしたらかわらねぇのかね?」


驚いたことに正斗の声は男の後ろ側から聞こえた。どうやら男は突っ込んだ勢いそのままに反撃にあいながら後ろに吹っ飛んだようだった。


「流石に初見で雷捉えるのは難しいな。速すぎて力が逃げちまった。」


そんな呑気な感想が後ろから聞こえる。男からすれば自身がやっと手に入れた長所を馬鹿にされたような気がして痛みを無視して興奮任せに立ち上がり。叫ぶ。


「ふざけるなよ。そんな事で俺の天賦が破られる筈が…」


威勢よく立ち上がり、振り返りながら叫んだセリフはしかし途中で止まってしまう。振り返った先にいたのは先程と二点を除けば変わらぬ20そこそこのワイルドな顔立ちのスーツ姿の人物だったが、その二点が男にはたまらなく恐ろしかった。まず、違うのは目だった。正斗の目は先程までの日本人にありがちな茶色がかった黒目ではなく黄金に変わっており瞳孔は縦に割れていた。まるで猫科の動物のような目だ。その目が発する圧も尋常じゃないが、何よりも男を恐れさせたのは正斗の腕だった。その腕は外見も異様だった。人間にはありえない量の黄金の毛並みが生えており、筋肉もありえない量がついていて大柄な正斗の体でもかなりアンバランスだ。更に、指先には大きくて鋭そうな爪がそれぞれについていてなんとも恐ろしい。だが真に恐ろしいのは腕そのものが発する圧だった。男には本能的に悟った。あれは自分を殺すことができるものだと。そうやってしばらく凝視していると、正斗が口を開く。


「そうだな。若干狙いと外れたし、まだ完全に破ったとは言えねぇな。でも次は外さねぇ。」


そう言ったのが聞こえた瞬間、全てが終わった。少なくとも男には何が何だか分からなかった。自身の能力に適応するため男の眼は雷すら見切れるほどに天賦によって強化されているはずなのに、何も見えなかった。


「何故だ。何故、俺より早いんだ。クソガ ヤットミツケタトオモッタノニ」


男の生首の最後の言葉はそれだった。そう呟いて息を引き取った。


「はぁ いい能力だったから 本当に掛け合おうかと思ったんだがな。」


後に残ったのは一人の犯罪者の死骸と恐怖で気絶した少女を抱きかかえながらため息をつく強面の男だけだった。


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