怪物の産声

日本のこの数日

2027年2月25日 誰もが常と変わらぬ退屈な日常が流れてゆくと信じていたその日、世界は変わった。選ばれた者と選ばれなかった者がいた。世界の大半の人々は選ばれなかった。だが、機会は平等だ。選ばれなかった者たちが後に選ばれるということも可能だと数日で誰もが気づくだろう。何にせよ世界はその日大きく変わった、ある者にとっては致命的に、ある者にとっては楽園的に。全ての常識が真っ向から否定された今世界がどうなっていくかは神のみぞ知るだろう。





side 日本


後に 世界変革の日、或いは、地獄の開闢と呼ばれる日から数日が経った日、日本の第102代内閣総理大臣である重茂十蔵は自身のオフィスで束の間の休息をとっていた。自身が座り心地の良さをとことん追求して買った椅子で寛ぐ彼の顔にはしかし、その様子からは想像できない疲労の色が濃く浮かんでいる。


不意に静寂をドアを開閉音が破り、痩せ身の男が部屋に入って来る。


「要件は何だね・・・」


男にそう尋ねた十蔵の顔は既に先程までとは違い、一国のトップに相応しい威厳溢れる者に変わっている。


「はい、総理 先程から国中のありとあらゆる公共機関から『いきなり人が変な力を使い暴れ始めた』や『頭の中で声が聞こえたという相談が複数寄せられている』などの救難連絡が相次いでおり至急対策を総理を交えて話し合いたいと天夜防衛大臣が仰っておられます」


「はあーーーーーーーーーーーーーーーーー」


普段から上位者としての振る舞いを心掛けている十蔵もこの時ばかりは顔を落とし両手で多い大きなため息を思わずこぼした。悪い夢でも観ている気分という言葉はまさに今のようなことを言うのだろう。と言うのも十蔵はこの数日今目の前にいる男が言った言葉と同じものを何回も聞いているのである。だから、男が部屋に入ってきた時点で何となくこうなることはわかっていたが、それでももう少し休ませてくれよとゆうのが十蔵の偽りざる本音であった。


巷では世界変革の日と呼ばれていると言う全人類が謎の声を聞きそして一部の人間が謎の超常の力を手に入れたあの日を境に世界の何もかもが一変した。その中には、当然国政も含まれる。単純に考えて街中に銃以上に威力があって所持していることの確認のしようがない凶器を持ってる人が不特定多数いるのだ。しかも国連の最新の調査結果から言えばそのような特異な能力を授かった人間は何故だか悪人であることが多いと言うのだから政治や治安維持のあり方を特異な能力の解明とともに変えていかなければならないのもわかるだろう。勿論国連とはいえ短期間で調べたデータにどれほどの信用性があるのかは疑問だが、世界で一番安全な国を銘打つ日本でさえここ数日で特異な能力を使った大規模なテロ行為といった未曾有の犯罪が相次いでいる事からもある程度の信用性はあると十蔵は自身の実感を持って考えていた。


これで日本は、先進国の中ではいい方なのだ。同盟国のアメリカやお隣の中国なんかは今や街の中をまともに歩くことすらままならないと言う。それに比べれば日本はまだマシであり同時にこれはチャンスだと十蔵は考えていた。そう確かにチャンスだろう、もし今の世界中の大混乱では収まらない騒動が終われば、次に国々が目をつけるのはこの特異な能力軍事転用だろう、よって今のうちに比較的余裕のある日本があの頂上の力の解明をしておけばこの国はもっともっと飛躍できる。都合のいいことにそのための力もある。だが、その為には速やかな治安の回復と政治の掌握が必須だ。ここが正念場だぞと自身の心を奮わせながら十蔵は顔を上げ目の前の男に問い返す。


「基本的な対応は先日の会議で決めたはずだが何があった?」


「はい、それが〇〇市から連絡があり、謎の力を使われて多くの犯罪者達が刑務所から脱獄したと」


「何だと? それは対策してあったはずだろ。」


聞いた瞬間一瞬顔が怒りに染まったところを見た男の官僚はひどく怯えていたが十蔵は構わずしつもんする。


「被害は? 脱獄者どもの追跡は? どんな能力なのかの割り出しは?」


十蔵の詰問にしかし官僚の男は怯えて答えられない。


だがじゅうぞうは怯えた男の頭をしばらく見ると何事か呟きもう用は無いとばかりに立ち上がり部屋を出ていった。


廊下を歩く十蔵の顔は何やら不思議と笑っていた。それもそうだろう、得た情報によれば以前から構想していた計画を首尾よく始められそうなのだから。これさ出来ればもう治安維持には悩ませられる必要も無いのだから。




その日の会議で新たに法律が緊急性のあるとして特例で決められた。


その名を 特異能力者強制招集法と言った。








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