第15話:決意
「…………うぅん」
(……ここ……どこ?)
「みお、起きた? おはよう!」
「……なんで、ちひろ…………あっ、お、おはよう。ちひろ。そっか、昨日ちひろの家に泊まって……」
「ゆっくり寝られたみたいだね。よかった。布団いつもと違ったから、どこか痛いところない?」
「うーん。大丈夫かな。今何時?」
「お昼の1時を回ったところ」
「そっかー。って、いちじぃぃ?」
「そうだよー。朝、軽く起こしたんだけど、みお、また寝ちゃったから。よっぽど疲れてるんだと思って、いっそのこと目一杯寝ちゃえばいいやって」
それにしたって寝過ぎだと思った。12時間以上寝ている。
「お腹空いてる?」
「うーん。起きてすぐだけど、少しすいてるかも…………」
「お昼、みおの分あるからもらってくるね。それまでに着替えとかしててー」
そういうと、ちひろは部屋から出てパタパタと早足で行ってしまった。
最初は一瞬ここがどこだか分からなかったが、記憶が徐々に鮮明になっていくにつれ、今の状況を再認識する。
問題は何も解決していない。
ただ、ちひろに話せたおかげで少しだけ心の負担が軽くなったのか、昨日の夜感じていた頭の痛みもなく、体も少し軽くなっていた。
カーテンが開かれた大きな窓の外を見ると、ちひろの家の庭が見えた。
昨日と同じよく晴れた日だったけれど、昨日とは決定的に違う。
昨日自分の部屋から見た景色は、まるで私を拒絶しているように感じたが、今日は世界そのものが変わってしまったように、拒絶感を感じることはなかった。
「お待たせー」
大きなお盆を手に、ちひろが戻ってきた。
「みんなご飯済ませちゃって、余り物になっちゃってごめんね。一緒に食べよ」
「え、ちひろもご飯まだなの?」
「うん。お昼はみおが起きるかなって思って待ってた。でもななかな起きないんだもん。これ以上寝てるなら起こそうと思ったけどねー」
「何から何までごめんね」
ちひろは手際よく、お盆から二人分のお昼ご飯をテーブルに並べていく。
「いいよー! 食べよう食べよう! お腹すいちゃった。あ、もし、お粥とかの方がよかったら言ってね」
「大丈夫。病気じゃないんだから。って、学校行ってないから病気みたいなものか」
「ははは」と乾いた声で笑う。
「みお、そういうこと言っちゃダメだよ」
「………………ごめん」
「冷めちゃうから、早く食べよ! このお魚、美味しいよ。あとコロッケもあるよ! コロッケ、さっき作ったんだー」
「コロッケ作ったの? すごい、何でもやるねー」
「えっへん!」
(どや顔だな〜。でも、こういうちひろ、本当にかわいいよなー)
「それじゃー」
「「いただきまーす」」
用意してもらったお昼ご飯は、ご飯とお味噌汁と焼き魚。
そして、ちひろお手製のコロッケ。
これが本当においしくてビックりした。ちひろお手製のコロッケは、じゃがいもを粗く潰し、コショウをきかせた味。
ちひろもお気に入りで、おかわりもしていた。
他の人はもうお昼ご飯を済ませたと言っていたが、いったい何個作ったんだろうか………………。
聞いたら、とんでもない数を言いそうだったので、聞かないでおく。
「すっごく美味しかった。全部美味しかった! コロッケ上手にできてたね。ごちそうさま」
「ふっふっふー。秘伝のレシピなの。秘伝の書はスマホにあり!」
「あ、殿堂入りしたレシピ参考にしたのか! でも、それでも上手にできてたよ。すごい」
「崇め奉りたまへーー!」
「感謝。感謝です。あ、食器、台所に下げたらいい?食器洗うくらいしかできないけど、私、やるよ」
「いいよいいよ。私がササっと片付けておくから。お客様にそんなことさせたら、私が怒られちゃう」
ちひろの家にはちひろの家のルールがあるみたいで、手伝いの申し出も断られてしまった。
「帰りにお茶も持ってくるから、そしたら少し話しようか。大丈夫?」
「うん」
「よーし、ちょっと待っててねー」
再び、ちひろがパタパタと廊下に消えていった。
休日はご飯をほとんど食べないで部屋にいることが多い。
特に起きてすぐの食事なんて普段はしない。ただ、今日はすんなりと食べられた。
とても、美味しかった。
しばらくまともな食事をしていなかったから?
いや、ちひろと一緒に食べたからだ。
そうに違いない。
(私も進まなきゃいけないんだ。………………決めた)
「おまたせー。って、みお、泣いてる? どうした。悲しいことあった? ご飯、おいしくなかった?」
「ううん。違う」
「ちひろ、あのね、私をここに連れてきてくれて、私に手を差し伸べてくれてありがとう」
それから、私は、1つの決意を語る。
「ちひろ、聞いてくれる? 私が青井にしたことは最低なことだと思う。自分の勝手な価値観を相手に押し付けた上で、さらに気に入らないからって、酷いこともした。それは許されないことだし、私は私に失望している。それは紛れもない事実だし、言い逃れもできない」
「私は、私の母親が嫌いで、母親の嫌な部分を散々見てきて、母親と同じにはならないって決めてた。反面教師にしてた」
「ただ、私はその母親と同じで、自分の価値観を他人に、青井に押し付けてた」
「もちろん全てを母親のせいにすることはできない。私の個人的な性質、性格ってことも十分自覚している」
「ただ。ただ……」
ちひろは、途中で話を遮ることもなく、静かに、でもしっかりと私の目を見て話を聞いてくれている。
「私は私を変えていきたい。変わりたい。そう思った。だから、私は、きちんとそのことを自覚した上で、母親ときちんと決別したい」
「酷いことを言っていると思う。自分をここまで育ててくれて、曲がりなりにも愛してくれている人を捨てると言ってる」
「何か変わるわけでもない。家出をするとか、縁を切るとか、そういうことじゃない」
「今後も私はあの家で過ごして、父親と母親に庇護されて、お金を出してもらって過ごしていく。本当に都合がいいことを言っている」
「ただ、ちゃんと線を引く。私は、もうあの人に囚われない。物事を考える基準としても考えない。大学にも行く。家を出る。勉強もがんばる」
「決して母親のためじゃなく、自分のために、がんばる」
目から次々に涙があふれてくるが、構うものか!
「私は、親を利用する。母親が満足する私になる。そうすればお金の面での支援も得られるから。ただそれは、母親のためなんかじゃない。自立のため、もう母親に依存しない人生を歩むため、道を広げるため、そして私の未来のため」
「最後は自分の母親に、家に、絶縁されることになってもいい。その時は、きちんと自分で生きていく。そう、決めた」
「私は私のことを何も理解してなかった。覚悟が足りなかった。人から見れば日常は何も変わってないように見えるかしれない。ただ、私の中の世界を変える。もう悩んだりしない。私は私のために、私として生きる。そう、決めたんだ」
「私は、強くなりたい」
(そして……)
「青井にしてしまったこと…………その過去を変えることはもうできない。だから、まずはきちんと青井に謝ろうと思う。それで許されようなんて思っていない。一方的な懺悔は相手に対する暴力だとも思う」
「ただ、青井は私に、自分のことが嫌いなのかを聞いてきた。私にはきちんと応える責任がある。なので、ちゃんと彼女に伝えようと思う。母親のせいにはしない。全ての責任は私にある」
「確かに嫌いだった。ただ、それは青井に理由がなくて、自分が子供だったからだって。それを伝えた上で、きちんと謝罪したい」
謝ることは初めから決めていたが、単に言葉を発することであれば誰にでもできる。
謝るにしても、私は何に対して青井に謝るのか、本当の意味と、それを受け入れる覚悟が私には足りなかった。
謝罪が受け入れられなくても、恨まれることになっても、全てを受け止めて真剣に青井と向き合いたいという気持ちが、ようやく固まった。
「どう、かな……?」
一気に話してしまったが、ちひろはどう思っただろうか。
「友達になれたらいいね」
「えっ?」
「ごめん、話が飛躍してた。ただ、そう思った、みおとあおい、友達になれたらいいね。って」
「そっか。でもそれはすごく都合がいいと思う。私だったら、今まで自分にこんなに酷いことをした人と仲良くなんてなれないと思う。ただ、うん。もし万が一だけど…………」
「うん。そうだよ。それは、あおいが決めることだから」
「そだね」
「うん。ねぇみお、私も話ししていい?」
「もちろん。勝手にしゃべっちゃったから、色々言ってほしい。厳しい意見も遠慮なく言ってね」
「わかった」
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