第10話:放課後尾行タイム①
気乗りしない予定が控えていても1日はそれなりに過ぎていき、ホームルームが終わり、帰宅する人、部活や委員会に向かう人など、それぞれ教室をでていく。
「バイバーイ」
「ちひろ、またねー」
(ちひろは今日も元気だなー)
一緒に帰ろうと誘われた友達に用事があると言って断り、いつ風間さんが教室を出てもいいように、カバンを握りしめて臨戦体制で準備をしている。
彼女の方向をチラチラ見ている様子は、かなり怪しかったと思うけど、バレてないよね?
風間さんは、なんだか心あらずという雰囲気で、ゆっくり帰る準備をしていた。
彼女の幼馴染のちひろは部活があるため、多分いつも一人で帰っているのだろう。
そんなことを考えていると、風間さんが席を立った。
いきなり付けていくのは怪しまれる可能性があるし、あまり近づきすぎると、また絡まれる可能性がある。
まだ教室に残っている友達に「じゃあねー」と声をかけながら自然に距離をあけて教室を出る。
そこそこ距離が空いてしまっても、彼女は徒歩通学、こっちは自転車通学なので玄関さえ出てくれれば自転車を取りに行く時間を差し引いても十分追いつくだろう。
ただ、教室を出た風間さんは生徒用玄関を素通りして奥の理科室や音楽室、職員室などの特別教室がある別棟へと歩いていってしまった。
(あれ? 帰宅部のはずだよね。職員室にでも呼び出されてる?)
流石に別棟は生徒の数も少なく目立つし、職員室にせよその他の部屋にせよ、いつ出てくるか分からない相手を待つのは面倒臭い。
身を隠している場所も少ないし、何よりも怪しい。
私は風間さんと違って忍者じゃないのだよ…………ニンニン!
彼女が向かう場所によっては、今日の尾行を諦めようと思っていたが、階段を登る彼女は職員室のある2階を素通りし、3階で外れたみたいだ。3階は確か……図書室か!
(うーん……)
図書室、図書室、図書室かぁ。
思わず腕組みをして考えてしまう。
本を返すだけならすぐに出てくるかもしれない。
幸い図書室は3階の階段のすぐ近くに入り口があるため、3階と4階を繋ぐ階段の踊り場あたりからであれあば、出入りする人の観察ができる。
多分、バレない。
風間さんも図書館から出ればおそらく階段を降りるだろう。
万が一上がってきたら、ダッシュで4階に上がり、廊下、そして渡り廊下を経由して教室のある校舎に入って別の階段から教室まで戻ればいい。
自称『完璧な作戦』を練り上げて風間さんが図書室から出てくるのを今か今かと待ち構えていたのだが、5分たっても、10分たっても、風間さんが姿を現すことはなかった。
そわそわしてしまって落ち着かない。
好きな人を待つ心境というのも、こんな感じなんだろうか。
うーん、わからん。
好きという感情とは真逆の人を待っているに近いし。
諦めて帰ろうかと思ったけど、風間さんは本を探しているか、フリースペースで読書、または勉強をしているのだろう。
もしそうなら、彼女に話しかけるチャンスがあるかもしれない。
(よーし、突げーき!)
半分面白くなってきてしまったのだけど、はしゃいでこちらが目立ってしまっても意味がない。
静かに図書室の扉を開けた。
(いないな…………)
図書室の中は意外に人が多く、パッと見える範囲に風間さんの姿は見えない。
中の様子が廊下からは見えないため、入ってすぐに彼女に見つかり、色々と気まずい雰囲気になる可能性も想定していたが、その心配は杞憂に終わり安心した。
ただ図書室の構造上、
なので、何としても先に彼女を見つけ、私のタイミングで話かけるのが理想だ。
「風間 美桜ちゃんはどこかなー」
小声でそう呟く。
何だか宝探しみたいで楽しくなってきた。
細心の注意を払い図書室の書架が並ぶエリアを探索したが、彼女の姿はどこにも見当たらなかった。
あまりにもウロウロしていたため、図書委員の友達に「探している本があるの?」と声をかけられたが、まさか人を探しているとはいえず、なんとなく来た旨を伝えその場を取り繕った。
「となると、フリースペースか」
先日、自分もフリースペースを利用したけど、なかなか集中できて快適だった。
大きな机があるゾーンを通り抜け、個人スペースのゾーンに進む。
机と一体型の衝立があるだけなのに、これがいい感じのパーソナルスペースを作り上げてくれる。
そこまで閉鎖的でもないため、隣の席の友達と声のトーンを抑えて話をしている生徒もいた。
邪魔にならないように、そして見つからないようにこっそり風間さんを探すと、奥から2列目の端から2番目の席にようやく彼女を見つけた。
(みーつけた!)
ただ、どうしたものか……。
いきなり近づいて「私のこと嫌い?」と聞くのは流石に気まずい。
腕を組んでうんうん考えていると、風間さんの奥の席が空いているのに気が付いた。
ひとまず、その席に座って様子をみて、良さげなタイミングで話しかければいいか。
さっそく空いている席に向かう。
そういえば、こういう時って勝手に座って良いものなのだろうか。
前回来たときは両隣が空いていたので特に気にならなかったけど、隣の席の風間さんに了承を得た方が良いのだろうか。
(と、とりあえず、了承を得たほうがいいか…………うん。話しかけるきっかけにもなる)
勇気を出して話しかけてみた。
「あ、ここいいか……な」
なるべく、自然な感じで言えたと思う。多分……。
「あ、は……」
(アハ?アハってなんだ。アハって……)
座っていいのか悪いのかが全く分からずに困ってしまうが、目の前の風間さんはそれ以上にパニックになっているみたい…………。
口を開けたり閉めたり、目も私を見ていることは見ているだろうが、焦点が定まっていない。
漫画のように「あわわわわわわわわわ」という表現がぴったりな状況に産まれて初めて出会った。
表情も今にも泣きそうな様子で、壊れた機械みたいだ。
こちらからもう一声話そうと考えた瞬間、
「別に!」
その一言を絞り出し、風間さんはプイッと、もとの方向を向いてしまった。
(え? ソレで終わり?)
「別にいいよ」「別に関係ない」「別に好きにすれば」いくつかの解答が浮かんだけど、風間さんが大きな声をだすものだから周りから嫌悪の視線を集めてしまっている。
(え、コレ私のせいなの?)
それに気がづいていない彼女の代わりに私が四方八方に頭を下げると、ようやくそれぞれの視線がもとの位置に戻っていった。
座っていいか了承を得られたのかはよくわからなかったけど、当の本人の風間さんは放心状態。
抗議しようかと思ったが、話しかけるのが少し気の毒になってしまい、これ以上考えても無駄なので了承を得たと理解して、コートを脱いで荷物を降ろし、席に着いた。
(何だか意外な反応だったなー)
普段悪態をつかれている相手から思いがけない反応が返ってきて、正直驚いてしまった。
風間さんに友達があまりいないことは普段の様子から何となく分かっていたが、いきなり話しかけられただけで、そこまで慌てるだろうか。
風間さんの反応は完全に予想外だった。
(出鼻を挫かれた…………)
座ってから、ちらっと彼女の様子をうかがうと、まだ口から魂が抜けたような顔をしていて、再起動する様子がない。
(うーん。これまで挨拶以外で私から話しかけたことないから、焦ったのかな…………)
そんなにコミュニケーションが苦手だとすると、普段彼女は、かなり無理をして私に話しかけていたのかもしれない。
(毎回、悪態だったけどねー。そんなに無理をしてつく悪態って…………)
風間さんがこんな状態だと、私の方から追加で話しかけることもできず、完全に手持ち無沙汰の状態になってしまった。
とはいえ自分もここに座った以上、何もしないというのも変だし、すぐに帰るわけにもいかない。
(勉強は……うーん。気分じゃないな)
私はカバンの中から、家の近くにある書店のリスのマークが入ったブックカバーの文庫を取り出すと、栞を抜いて物語の世界へ落ちていった。
「ふぅ」
どのくらい時間が経っただろうか。パタンと、読み終えた小説を閉じる。
読んだ小説が良かったかイマイチだったかは、私の場合、最後の一文を読んだ時に、ゾワゾワっと背中の方から頭の方に、震えるように鳥肌が立つかどうかを基準にしている。
自分が好きな著者の小説はそうなる場合が多いけど、本屋をぷらぷらと散策し、タイトルや表紙がビビっときて購入した小説がアタリだった時が一番嬉しい。
今回の自分の直感は大正解だった。
(ナイス私!)
下校時刻もあと30分程となり、図書室に来た時よりは人もまばらな様子。
この調子なら、帰宅して実家のケーキ屋の閉店作業を手伝う時間にもちょどいい。
それにしても、勉強といい読書といい、静かで快適な場所が見つかって本当に嬉しい。
久しぶりに晴れやかな気分に……………………なっている場合じゃなーーーーい!
心の中で叫んでも、もう遅い。
隣にいたはずの風間さんの姿はなく、いつ帰宅したのかもわからないくらい読書に没頭していた。
「はー。なにやってんだろ。私」
自分の事が嫌いなのかを確かめるために風間さんを追いかけてきたにもかかわらず、小説を読んでいたら彼女はすでに帰宅していた。
昔から1つのことに没頭すると周りが見えなくなる性格なのでいまさら驚きはしないけど、こんな時もかと自分のことながら呆れてしまった。
小説がアタリだったのがせめてもの救い。
「まぁ、いっか」
「よいしょ」と掛け声をかけて立ち上がり、しばらく同じ姿勢で固まってしまった全身をほぐすために大きくノビをする。
少し軋むくらい伸ばすのがキモチイイ。
文庫本をカバンにしまい、コートを着れば片付け完了。
部活終わりの生徒もちらほら見かけたので、ちひろの姿があれば話しかけてびっくりさせようと思ったけど見つからず、駐輪場に自転車を取りに行き、帰路についた。
冷たい風を今日は心地よいと感じている。
自転車を漕ぎながら思う。『今日はいつもと違っていた』と。
家族以外の人に私から積極的にかかわることを辞めてから数年経つ。
これをどんなときでも守ってきたので、今日の私の行動はやはりおかしい。
風間さんが私に絡んでくるからだと思ったけど、なんだかそれだけじゃない気がする。
ちょうど弟が悪態をついてくるのに似ているから?
(ふむ。私は風間さんを大きな妹みたいに思っているからなのかな? うーん。やっぱり分からん)
いろいろと思うことはあるけど、あまり考えても答えが出なそうだったので、考えることをやめる。
当初の目的を果たせなかった…………それが事実なのだから。
「今日はミスった。うん。ミスったなー。風間さん、いつも図書室にいるのかな? 明日も行ってみるか」
友達との用事が無いときは基本的にいつもまっすぐ帰る。
帰っても本を読んでいるか、スマホで動画をみるか、軽く復習と予習をするくらい。
もしくは最低賃金を大きく下回る金額で、家の手伝いをさせられる。
どうせなら図書室で誰にも邪魔されず気兼ねなく自分のやりたいことをやった方がいいし、何よりも『図書室に寄って帰る』という響きがいい。
今日はたまたま風間さんが図書室にいる日だったのかもしれない。
ただ、それを抜きにしてもあの空間の居心地がよかった。
「風間さんも、図書室通いしている可能性あるし、しばらく通ってみるか」
――無意識だったけどこんな決断も普段の私だったら絶対にしないことだった。
ピピピー、ピピピー、ピピピー、ピピピー、ピピピー。
この世で最も嫌いな音が鳴っている。毎朝、毎朝、毎朝、この時ばかりはスマホが憎い。
とりあえず止めて、再び眠る。
ピピピー、ピピピー、ピピピー、ピピピー、ピピピー。
それでも起きないことを確信している昨日の自分は、5分おきに目覚ましを設定し、さらにスヌーズ機能をオンにしているので、全部解除しない限り、これまた間隔をあけて鳴り続ける。
「まだいける……多分。まだいける。……はず……」
再び眠りに落ちようとした瞬間、自室のドアが勢いよく開いた。
「姉ちゃん朝! 毎日毎日ウルセー! お母さんがご飯だって!」
(………………キミはいつでも元気だなー)
「ふぁぁぁぁぁぁぁぁぁーい」
伸びとともに大きな欠伸をして、なんとか体を動かす準備し、まだ未練のある布団から出た。
いやはや、学生とはツライ身分ですな………………ん? 大学に行くかは決めてないけど、大学に行っても、そしていつかは社会人として働くことになっても、毎日、好きなだけ寝られる日はこないのか? いやいや、ツライ。なんとかならんもんか。
宝くじでも当たれば………………。
いいかげん不毛な妄想を中断しないと、いよいよ遅刻の危機。
大学や社会人になった後の遠い未来の長い人生のことは、その時に考えればいい。
寝ぼけまなこで朝食を流し込み、身支度を整える頃にはようやく頭が覚醒してきた。
覚醒した頭で時計をみる…………うん、やっぱり時間に余裕がない。
「いってきまーす」
弟はとっくの昔に家を出ている。昔から学校に行く時間が早い子だったが、そもそもそんなに早く学校に行く必要はないはず。
いったい彼は学校で何をしているのだろうか。
まぁ、教室で大人しくしている性格でもないだろうから、外で遊んでいるのだろう。
「子供は元気だねー。よろしい。よろしい」
だれ目線かわからない感想を口ずさみながら自転車を漕いでいると、前方にちひろを発見した。
「お! 昨日は見つからなかったからなぁ。急に話しかけたら驚くかな?」
遠目に見ても、大きな身振り手振りで話しながら歩いているちひろは本当にわかりやすい。
今日も元気そうでなによりだ。
隣にいるのは…………。
「お、風間さんじゃん」
なんだか、おもちゃを発見したようなワクワクした気持ちになってしまったのが、自分のことながら少し面白かった。
昨日の今日なので、何を言われたか分かったものじゃないけど…………。
「あ、あおい! おはよー!」
ちひろは、信号で止まった瞬間に私の方を向き、挨拶をしてくる。
……もしかして、遠くから気がついていた? 後ろを振り向いた様子はなかったので、いよいよこの子は宇宙人、もしくは超能力者か未来人なのかもしれない。
「おはよー。少し寝坊しちゃった」
眠そうな声がでたが、眠いのだからまぁ、そういうことだ。
せっかくなので………………。
「風間さんもおはよー。昨日はありがとねー」
「っツ――」
思い切って話しかけてみたけど、今日も悪態なし! いい日だ。それにしても表情の変化が面白い。
「え、みお、あおいと昨日何かあったの?」
「ねーねーみお、何があったのー? ねーねー」
(いいぞーちひろ、もっとやれー、ナイス好奇心♪)
これまで色々と言われてきた意趣返しもかねて、ついついちひろを応援してしまった。面白い!
「お、お、おはようございますっ」
思いのよらない挨拶が返ってきたので、驚いてしまった。
「ふふ、なんで敬語なの」
顔を赤くしている風間さんは、普段の態度とは全く変わって、小動物のようでかわいい。
なんだか弟をからかっているような気持ちになったけど、信号が青にかわったので小芝居も終了。
「お先ー」と一言かけて先に学校に向かう。
(なんだか、風間さんの扱い方、分かってきたかも)
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