第9話:日和の苦悩

 風間 美桜。

 

 彼女はいつも何かに怒っているように見えた。

 ちひろを別にして特に仲の良い友達がいるわけでもない。

 彼女の周りには、どこか厚い壁があるみたいだった。

 

 私以外のクラスメイトには、悪態はついていないように思う。

 総じて無愛想ではあるけど。


 私は、友達関係を意図的に希薄にしている。

 必要以上に友達と仲が良いということが………………とても怖い。

 

 小さいころはそうじゃなかったけど、中学・高校は特に意識して必要以上に友達と仲が良くならないようにしている。

 遊ぶ時も特定のグループといつも一緒にいるんじゃなくて、異なるグループに均等に、出欠も偏ることが無いように、平均的に参加するようにしている。

 

 必要以上に友達と仲良くなってもろくなことがない。

 変化はいつも前触れなく訪れる。

 相手のことを思って言ったことも、相手の捉え方次第で気分を害されて気まずい関係になってしまったり。

 特に女子の世界ではそんなことは日常茶飯事だ。

 

 必要以上に仲良くならなければそれを避けられる。

 そうしてこれまでやり過ごしてきたけど、風間さんだけは私を目の敵にしてきた。

 

 そんな私に同情的な声をかけてくれる友達もいたが、あまり彼女のことを悪く言うと別の面倒ごとに巻き込まれる可能性もあったので「気にしてないよー」と適当に流していた。

 

 ただ、やっぱり人から敵意を向けられて良い気はしないし、そして何よりも納得がいかないのは、なぜ私は風間さんからそのような敵意を向けられなければならないのか。

 その理由がどうしても分からなかった。

 

「そんな状況で、どうすればいいのよー」

 

 八方塞がりというか、とにかく早くこの状況を何とかしないと精神衛生上よくない。

 仮にこっちが悪いのなら謝るし、あまりにも理不尽な理由だったら…………

 

「たたかうしかないかー」

 

 物騒なことを呟いた。


「なになに? 姉ちゃん戦争するの? どこで誰と?」

 

 近くでゲームをしていた弟が、物騒な言葉に反応して声をかけてきた。

 

「うーん。ここであんたと?」

「なんだよゲームの話かよ……姉ちゃんゲームくそ弱いから絶対俺が勝つし」

「なぬ。そこまで言うなら証明してもらおうか!」

 

 辛気臭いことを考えていても仕方ないので、弟のゲームに付き合うことにする。

 こんな時は、何も考えていないような弟を相手にする位がちょうど良い。


 異なるタイトルに登場するキャラクターを操作し戦わせる、私の親の世代からハードを変えては発売されるゲームは、ブランクが長かったせいか私は弟に全然勝てなかった。

 私の愛らしいピンク色のキャラクターを、弟が使うゴリラがコテンパンにしてくるので、本気で腹が立ってきた。


(いかん、いかん、所詮はゲーム。所詮はゲーム…………)


「ねぇねぇ、あんたがもし友達と喧嘩したらどうする?」

「喧嘩? なに、姉ちゃん誰かと喧嘩してんの?」

「いや、喧嘩かどうか分からないんだけど」


 弟になんとなく質問して、その隙に、同じく昔から色々なハードで発売されているレーシングゲームに変更。

 こっちなら負けないだろう………………多分。


「姉ちゃん、勝手にソフト変えるなよ! まぁ、いいか。えっと、なんだっけ? 喧嘩か分からないんだっけ? うーん。とりあえず、なんで相手がキレてるのか聞くかな? そうしないとどうしようもないし」

 

(お、こやつ、なかなか…………)

 

「どうしたんだよ?」

「いや、なかなかいい事を言うので感動していた」

「何だそれ? んなこといーから早くキャラ選べよ。どうせイカちゃんだろ?」


(そうだよな――)

 

 こっちがくよくよしてもしょうがない。

 もしかしたら気がついていないだけで私に非があるかもしれない状態なのだ。

 とりあえず、シンプルに風間さんに聞いてみるか…………。

 ふむ。あとはタイミングだけ。

 

 思いがけず、弟との会話で方針が決まり、そのお礼にレーシングゲームでボコボコにしてあげた。

 いくつか負けたレースもあったが、総合的に全て優勝しているから、ボコボコにしてやったと言っても大丈夫だろう。

 完全勝利!

 

 最近はゲームも真剣にやらないと弟に負ける。

 もう少ししたら、さっきのゲームも勝てなくなると思う。


 ただ、先ほどのやり取りで、弟も弟なりに色々な経験をしていることがわかって少し嬉しかった。


(ただ…………何か引っかかる。わかってる。私のことだ)

 

 人との深い関わりを避けている私が、例え風間さんに絡まれているとしても、彼女と積極的に関わろうとしていることに違和感を感じる。


(うーん…………)

 

 風間さんが私に絡んでいる様子の目撃者も多い。

 何かあっても私の味方をする人の方が多いだろう。

 だから私は、こちらがどんな行動をしてもあまり面倒なことにならなそうだと無意識に思っているのだろうか。

 

(だとしたら、気持ち悪いな。私)

 

 自分の嫌な部分がありのまま顔を出そうとしたので考えるのをやめた。

 

 大丈夫、大丈夫。


 そう心の中で何度も唱えることで、なんとか心を保つ。


 風間さんと話をするにせよ、周囲に誰かいる状況で面と向かってする話じゃないので、どこか二人きりになれるタイミングがいい。

 教室は無理だとすれば、朝か放課後か。

 朝は向こうは歩きでこっちは自転車。

 何時に出ているかも分からないし、どのくらい話をするかもわからない。

 そなると放課後一択か。

 

(放課後に尾行しよう!)

 

 なんだか怪しい雰囲気になってきたと思うけど、別にやましいことを考えているわけではないので許してほしい。

 彼女が普通に帰宅しているのなら、たまたまバッタリ会ったように装えば、いつも通り適当に向こうから絡んでくるだろう。

 その時に私を嫌う理由を聞けばいい。

 

 頭の中で簡単にシュミレーションしてみたが、はっきり言ってかなり憂鬱だった。

 面倒臭いし、何より私らしくないと感じている。

 

 場所によっては周りに人もいるだろうし、あまり目立ちたくない。

 おまけに、彼女に向かって上手く聞ける自信もない。

 

(やっぱりやめようか……。いや、それはないなぁ。何の解決にもならないし)

 

 部活には入っていないのでそこそこ時間はある。

 あまり引き伸ばしても仕方ないので、とりあえず明日様子を見ることに決め、その日はいつもより早めにベットに入った。

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