第2話 プロローグ 2

 そして2人は会話を途切れさせながら真剣な顔へ。

 周囲に感じるのは殺意。


「騒ぎ過ぎたかな、集まってきちゃったね。これから街道に降りようっていうのに、面倒だなぁ……」


 居るのは魔物。積極的に人を襲う負の塊。


「全部シアが悪い。あたしは静かだった」


 軽口を叩きながらルナは魔力を練り上げ、襲い来るであろう敵を始末する準備をする。


「ごめんて……とりあえずお願い、します」


 ちょっとだけばつが悪そうにしながらも、戦う事をルナに頼む。シアは戦えないからだ。

 なにせ魔法は最低限しか使えず、出来るのは魔力による堅牢な障壁を作る事だけ。


 魔力障壁とは本来、体を覆うように作られる言わば魔力の鎧であり、誰もが出来て当たり前の事だ。

 シアはそれを壁として作り出すよう進化させたらしい。

 それはそれで凄いのだが、とにかく適正が無い事がかなりのコンプレックス。


「はーいはい、囮お願いねー」


 そうして一斉に襲い掛かる黒い塊。

 なにかしらの生物を模す魔物――今回は狼のようなものが3体、熊のようなものが2体、具体的に何かは分からないが鳥の姿をしたものが4体。多い。


「ちょっ……多くない!? なんか多くない!?」


「こんなこともあるさ、ほら行け!」


 言われてシアは自分を包むよう球状に障壁を張り、狼と熊の魔物を引き付け攻撃を受ける。

 半透明な壁は強靭な護り。攻撃されてもビクともしないが、中の人はビクビク怯えている。


 然もありなん。明確な殺意を持って襲い来る化け物だ。

 なんだかんだ戦いに慣れてきてはいるが怖いものは怖い。

 初めて魔物の恐怖を知った時というのが、全てを失った日なのだから……怖くない筈が無いのだ。


 あの日心の底まで深く染みついた恐怖は、この2年半を経ても変わらない。無理矢理に抑え付けて蓋をしているだけだ。


 そんなシアを横目にルナは飛び上がり逃げる。

 鳥はルナを追い襲い掛かるも、フッ……と風が吹いたと思った直後、全て切り裂かれ落ちて塵のように消えていく。


「早く早く! 怖いって!」


「相変わらずだなぁ……その障壁を破れる奴なんかそうそう居ないってのに」


 シアの障壁の凄さを理解しているルナは全く気にしていない。

 事実、これを破る奴が居たらそこらの街1つは半壊するんじゃないだろうか、というレベルだ。


 そんな気楽な様子のルナだが、怯える理由が理由だけにシアの精神的な面ではしっかり心配している。

 それを見せようとはしないけれど。


「こんな透明な壁越しに囲まれて襲われたら大丈夫でも大丈夫じゃないの!」


「はいはい」


 なんだかよく分からないことを叫ぶシアごと、おざなりに雷を放つ。

 閃光が走り全てを感電させていき、障壁の表面にも恐ろしい雷が走る。


 人類は個人の適正による特定の属性以外は最低限しか使えないのだが、精霊は全てを使える。反則だ。

 ただし、いずれかに特化し鍛錬を積んだ者には同じものでは敵わない。悪く言えば器用貧乏。残念だ。

 どうせ障壁で護られているのだからと、お構い無しに巻き込まれたシアはびっくりして叫ぶ。不憫だ。


「ぎゃぁぁあああ!?」


「うるっさ!」


「何すんのさ!? せめてもっとマシなやつにしてよ、馬鹿ぁ!」


「ごめんごめん、わざとだったけど思ったより派手になっちゃった」


 謝っているが顔は笑っている。

 しかし魔物は全て倒れたがまだ終わっていない。

 トドメとして地面から大きく鋭利な岩の棘を生やし穿ち、塵となり消える。

 絶対最初からそれで良かった。


 よほど怖かったのか、魔物が消えても障壁を張ったままのシアは恨めしそうにルナを見やる。

 対してルナは気にしない。弄り弄られが彼女達なのだ。

 信頼があるからこそのものだと思うと微笑ましい。多分。


「全くもう……」


「障壁解きなよー」


 ちょっと疲れた顔をした、身を包む障壁を維持したままのシアに声をかけた。


 シアの障壁は物理的な壁のようになっている。

 球体として展開したそれは地面に合わせてわざわざ変形させているのだ。


 障壁は攻撃を防ぐ為に動かないよう固定しているが、その固定を解いて包まれたまま地面に合わせ移動するのは難しい。


 複数に極度の集中をしながら山道を歩くなど危ないだけだ。

 だからこその警告。


「分かってる。でも……ぉおお!?」


 言わんこっちゃない。

 難しいからこそ鍛錬のつもりだったらしい。

 そのまま数歩歩いたシアの小さい足元――そこには先ほどのイジメ雷で地面が爆ぜて木の根っこが顔を出していた。


 つまりコケた。

 いや、コケただけなら良かった。

 障壁を動く状態にしていた所為で、転んだ拍子に内側から思いっきり体で押してしまった。


 まぁ、運が悪かったのだ。ある意味頭も悪かった。

 本来固定しているのに動く状態で、コケた拍子に変形させていた集中が途切れ、真ん丸の障壁に包まれている。


 そして彼女達は山を下っていたところだった。


「あああああぁぁぁぁぁーーーーー!?」


 転がった。


「ちょっ!?」


 転がっていった。


「ぁぁぁぁぁーーーー………………」


 中に人が入ったボールは木にぶつかり岩にぶつかり、跳ね回って転がり落ちていく。

 形を変える余裕など無い。

 しかも解除すれば大怪我をするかもしれない故に大人しくするしかない。


 恨むのはさっさと解除しなかった事か、根っこが出てくるほど地面を削った馬鹿な雷か、引っかかってコケたアホか、無駄にキレイな球体を作るほどの技術か。


 流石の防御は何処にどれだけぶつかろうと護ってくれるが、ボールの中は地獄だ。ぐるんぐるん回りべっちんべっちん叩きつけられている。


 憐れ、悲鳴を上げる謎の物体は山を下る。


「ぎゃっ……ぶげっ……あぅっ……あだっ……お゛ぇ゛っ……」


 唯一の救いは崖が無かったことか。

 落ちても地面からの衝撃は防げるが、中の人は落下の勢いのまま内側へ叩きつけられて終わりだ。


 しかしそれでもけっこうな速度と距離だが……

 ボールの中で激しくシェイクされているシアは果たして無事で済むのだろうか。


「だから言ったのに! いやこうなるとは思わなかったけど!」


 つい吹き出しそうになるのを抑えて、馬鹿みたいに転がっていったボールを追ってルナは飛ぶ。

 無事だったら思いっきり笑ってやろう。

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