Trans Symphony ~最強防御な最弱少女、愛されクソ雑魚チョロ甘エルフが送るTS異世界転生物語~
桜寝子
序章 新しい人生
第1話 プロローグ 1
「あ゛あ゛あぁぁーーーーー!?」
山、森、川。響く悲鳴。声の主はまだ幼い少女。
どうにも緊張感の無いそれを聞いて、ピューンと飛んでくるのはこれまた少女……随分小さい。50~60センチくらいに見える彼女は、精霊と呼ばれる不思議な生き物だ。
「なになにっ!? どうしたのー!?」
その精霊が見たのは、川の中に素っ裸で立ち、ボロボロの布を持った涙目の少女。少し長く尖った耳がしょんぼりと垂れている。
「ルナぁ……服が……びりびりになっちゃった……」
「……あーあ、なにしたのさ」
ルナ、と呼ばれた少女は白い髪をフリフリ、呆れた顔でため息を吐きながら聞いてみる。
「いつも通り洗っただけだよ!」
7歳程度にしか見えない、小さな痩せた体に白く長い髪をへばりつかせ、涙目で憤慨している。
しょんぼりしていた耳が今度はピンと立った。所謂エルフ耳だが、感情表現に便利そうだ。
「シアの洗い方が雑だったんじゃ……もうその服も限界だったんだよ。ボロいんだから丁寧に洗えば良かったのにぃ」
呆れた顔のままで、ふわふわ飛びながら近づき慰めるどころか若干馬鹿にしている。
実際こんなモノどうしようもないのだが、そんなルナに対し少女……シアは声を荒げる。
「何を呑気な!? これなかったら私全裸なんだけど!」
「靴もパンツもとっくにダメになってたんだし、予想出来たでしょ。むしろここまでよく持ったもんだよ」
彼女達は広い山脈にて2年半もの間、たった2人で気ままにフラフラと山を彷徨い続けている。
端的に言って頭がおかしい。
その中でシアの着る物は、どれも汚れ擦り切れゴミと化した。
唯一残っていたのが長袖のシンプルなワンピース。それもボロボロに破れ、今まで着れていたのが不思議なものだ。
そんな限界ギリギリなボロ布をバシャバシャゴシゴシと洗っていれば、そのうちこうなるのは目に見えていた。
しかし服がそんな状態であるにも関わらず、白く綺麗な体でいられたのは理由がある。
「服を用意する必要が無い人は良いね。その服なんなのさ、ほんっとズルイ……」
膨れっ面で川から上がる少女を暖かい風が包み、あっという間に水気が飛ぶ。
そう、魔法だ。しかし全裸だ。
「あたしたち精霊の服は体の一部みたいなもんだからねー。マナの塊な精霊の特権さ」
ルナの服は肩や腕は剥き出し。靴は無く裸足で下着もきちんと履いているが、これらはルナの意思で自由に変えられる。しかしいつも同じなので、この形が気に入っているらしい。
汚れようがなんだろうが関係無く、意思だけで自在なそれは確かにズルイ。
「知ってる、何回も聞いた。はぁ……これもう服として着れないよねぇ」
今度は手に持ったボロ布を魔法で乾かし、両手で突き出し全体を眺める。先程盛大に破れたので、最早服と言える形をしていない。
「だろうねぇ……もう諦めなー」
「だから諦めたら全裸なんだってば!?」
「じゃあそのボロ布をどうにか纏うしかないじゃん」
「とりあえずそうするけど……こうなったらもう、行くしかないよね」
会話しながらワンピースだったものを千切っていき、言われた通り纏っていく。胸元と腰に巻いて大事な所をどうにか隠しただけだ。
幼い少女がするにはあんまりにもな姿で……キリッと何かを決意したような顔になる。
「行くって……街に? その恰好で? 変態だよ、痴女だよ。それにまだ……」
街。こんな所よりずっと安全な場所。
しかし彼女達は何故服まで失う程、何年も山に居るのか。それは単純でアホな理由、常識外れな鍛錬の為だ。
ある事件により、彼女には帰る家も心配してくれる家族も無い。
何処で何をしようと誰にも関係無いのなら、いっそこの状況を利用しようという訳だ。
ある意味逞しいが、彼女は体が弱い。
簡単に倒れ体調を崩す不幸な身の上の少女……保護されたなら心配しかされない。
異常で馬鹿な鍛錬は今しか出来ないだろう。
そしてそんな無茶は、あらゆる魔法を使う精霊の助けがあってこそである。
色々と頭がおかしい気がするが、突っ込んでくれる者が居ないので気付かない。
「今を逃したらもう人前に出れなくなるし、良い機会だよ。それに向かうのは街じゃなくて、街道で拾ってもらうんだよ」
良い機会はもうとっくに過ぎている。後が無いの間違いだ。
「拾ってもらうってなに。通りがかるの待って声かけるの?」
「ルナに上から魔動車が来るのを確認してもらって、そしたら街道に倒れて待つの。絶対保護されて服とかお金とか食べ物とか色々……どうにかしてくれるはず」
街道は各街を繋ぐ大きな舗装された道だ。
人の行き来は基本的に魔動車――魔法で走る車による。
まともな者がこんな少女を見つけたら、拾って服と食べ物を与え、街へ送り然るべき対応をする筈だ。
そして偶然にも彼女達の現在地は山脈の中でも端の方。山を降りて平地を進めば街道に出るだろう。
「清々しいほどの人任せだね……ところで山に居た理由どうする? あたしとずっと一緒だったのに街に行かなかったそれっぽい理由考えなきゃ」
会話をしながら山を下っていく。
保護されるなら必ず聞かれるであろう説明を用意しなければならない。
「あの事件から今までずっと遭難してて、しばらく前にボロボロの私をルナが助けて……ゆっくり慎重に街を目指したってことにする」
シアは全てを失った――家族も故郷も全て目の前で。
今生きているのは偶然ルナに救われたからであり、本来ならば無惨に死んでいただろう。
未だ世間の記憶に新しいそれは、確かに理由として使える。
「半分以上事実だけど……それ信じてくれるかな?」
「ギリギリでなんとか生きてきたって泣きながら言えばどうにでもなるって。せっかく洗ったけど、念の為汚れとこう……」
なんて言ったかと思えば、更に悲壮感を煽るためにその辺を転がり回ってわざと汚れていく。
何故か奇声を上げて楽しそうに、可哀想な姿へ変わっていく。ルナの目には別の意味で可哀想に映っているが。
「ゲスいなぁ……流石、見た目は子供でも中身は大人だねぇ……」
いい加減呆れた顔が固定されていそうなルナが呟く。
中身は大人……そう、シアは確かに幼い子供だがその精神は大人である。
なにせ前世の記憶というものがある。
しかもそれはこの世界とは別――地球という星の日本という国で生きた記憶。享年僅か25歳の男だった。
考えてみれば今はもう35近い精神の筈だが、幼い子供にしか見えないので質が悪い。
「使えるものは使わなきゃ。これが私なの」
「それはいいけど……」
ルナはシアを理解している。
こんな精神も含めてのシアであり、そんな彼女を受け入れている。
良い友達だ。いやほんと。
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