第13話 始まりの追憶 9
精霊――この世界に存在する生き物の中でも、とりわけ不思議な存在。
滅多に人前に姿を見せず……見せたとしても時折イタズラをしたり、子供と遊んだりする程度の小さな生き物。
小さくとも人型の肉体を持ち、言葉を話しあらゆる魔法を使い、どうやってか翼も無しに空を自由に泳ぐ。
そんな彼らは、高密度のマナの塊と言ってもいい謎に満ちた生き物です。
魔力を持つ以上は魔物と敵対しているし、それ故か時折人を助ける事もあるものの基本的に気まぐれで。
楽しい事だけを好奇心のまま求め、好き勝手に動く自由な人たちです。
とある山中、小さく綺麗な湖の近くで呑気してる精霊が1人。
最近魔物がやたらと多くて不機嫌だったものの、それがパタリと居なくなって清々したようにのんびりしていました。
でもさっきからなんだか山の向こうが騒がしい気がするなぁ、なんて。
ふわふわ空へ昇って様子を見ると、遠目に見えた街は魔物に襲われ酷い状態です。
「あっちゃぁ~、あれは酷いね……なんで結界が……」
魔物が群がり、護る筈の結界は消え、外壁は至る所が崩れ、火の手や煙まで見えています。
まるで他人事のように――事実関係無いのだけれど、若干の同情交じりに眺めます。
だって今更彼女が行ったところでどうしようもないのですから。
「あそこまでやられてたら、あたしが行っても大した助けにはならないなぁ……」
「ていうかなにあれ……ドラゴンの姿の魔物って、どんだけ強いか分かんないや」
「やばいなぁ……あいつ放っといたらダメなやつじゃん……」
「でもあたしじゃどうしようも無さそうだしなぁ……でもこのまま見なかった振りするのもなぁ……」
ぶつぶつと独り言を呟きながら、ふよふよと迷うように飛び続けます。
他人事ではあるけれど、見なかったことには出来ず……かといって何も出来ず。
どうしようどうしようと悩んでいる様子。
けれど無意識にでも近づいて行っている事には自分でも気付きません。
そうして暫く飛んでいるうちに見つけたのは、街道を走り山を登る魔動車。あの街から逃げてきたのでしょう。
ボロボロなそれが気になって降りようとした瞬間、車は止まり魔物に襲われます。
怪我人だらけ……というか意識が無い人もいくらか居るようで、これは流石に助けなければと飛んで急降下。
しかし距離があったので間に合わず――車は街道から弾き飛ばされ斜面へ。
山を転がり落ちていく車に向かおうにも、魔物に邪魔をされてしまいした。
魔物を処理しながら、残念な事に助けられなかった犠牲者を横目に車を追うと、1人の小さな女の子が放り出されて転がっていきます。
咄嗟に助けに飛び込んで、他の人は……と転がり落ちていく車を目で追うも、まだまだ襲い来る魔物の対処に追われてしまいままなりません。
ならばせめてこの子だけでもと護りながら安全な所へ。
そして、結局助けられたのはこの子だけか、と落ち込みながらも酷い傷を癒してあげていると……
ふと、その女の子の魂が他とは違うことに気づきます。
マナの塊たる精霊には、治療の為に真剣に触れる事で分かったのです。
これは一体どうした事かと。魂に違和感を覚えるなんてそんな事があるのかと。
上手く言葉にできない違和感――魂がどことなく違うという事しか分からないけれども。
興味深く……そして面白そうな予感。好奇心旺盛な精霊の心を擽る何か。
その心のままに、女の子が無事に目覚める事を祈って待つことにしました。
女の子が目を覚ましたのは次の次の日、昼過ぎの事。
既に街を襲っていた魔物は殲滅されたけれど、念の為に比較的安全な場所――ちょっとした洞穴の奥で。
女の子が起きたことに気付いた精霊は優しく語り掛けます。
なにせ女の子は呆然としていて生気の無い酷い顔をしていたから。
自分を庇い死んでしまった母に抱かれたまま意識を失い……目が覚めたら謎の洞穴に居るのだからそりゃあ呆然とする筈です。
反応は無く会話にならず困り果て、とりあえず暫くはそっとしておこうと傍で見守ることにしました。
なんにせよ心身共に弱りきっているのは確実で、ひとまず療養が必要です。
水を飲ませ果物を食べさせ、泣き眠り、トイレや体の汚れはどうしようと適当に脱がし無理矢理にでも洗い流し……
やったこともないヒトの世話に、その都度わたわたとしながらどうにかこうにか頑張ります。
精霊はてっきり、助けられなかった人達――車に乗っていた人達の中に家族が居たものだと考えていたのです。
だから、もっと早く助けに行けていれば……と、申し訳なさを抱えていたし、助けられたのは君だけだと伝える事が心苦しくて。
でもだからと言って結局どんな言葉をかけてあげればいいのか分からないのは同じだし……と。
慣れない慰めの言葉を考えながら、何も思いつかず纏まらないのを誤魔化すように傍に寄り添います。
当の女の子は、そもそも車に乗って逃げていた事すら知らなかったのですが。
そんなこんなで日が経つにつれ、少しずつ生気が戻り元気になっていきます。
最初こそ精霊という未知の生き物に驚きと困惑はあったものの、お世話をされる合間に女の子はポツポツと語ります。
街に住み幸せだった日常を、唐突に全てを失ってしまった彼女に対し精霊は思いました。
この子にしてあげられる事が分からない、何も出来ない。どうすればいい。
彼女自身は絶望から立ち上がりなんとか生きようとしているのだし、少しの間でも傍で支えてあげなくちゃ。
というかこんなに小さな子供なのに……そんなにつらい思いをしたのに、なんか立ち直り早くない?
後に聞いて理解することですが……
女の子の中身は大人の男――しかも既に家族の死どころか自分の死すら経験しているのだから、子供らしくなくどうにか悲劇を受け入れる事が出来たのです。
逆にもう一度失った事でより大きなショックとなってしまってはいるけれど、ギリギリで耐えられたのです。
何故なら。
わけのわからない精霊とかいう、少女にとって未知の生き物だけど。
すぐ傍に寄り添い……不器用ながらも慰めてくれようと、付きっきりで色々なお世話をしてくれる人が居たというのは大きな意味があったのです。
救われ、生かされ、立ち上がるきっかけを与えた精霊が居たからこそ……彼女は絶望を押し込めて前を向くことが出来たのでした。
そうして弱った心と体が回復するまでお世話をすること更に数週間後。
1日の殆どを眠る女の子ですが、回復していくに合わせて会話も増えていきました。
どこかお互いに親愛の情が芽生えている2人は、この先どうするのかを話しています。
未曽有の悲劇に見舞われた街の生き残りの幼い子供なんて、きっとどの街に行ったって保護して貰える筈。
街道沿いに進めば街に着くし……その前に人とも会える確率は高いのです。
精霊が一緒に居れば少なくとも護り送り届ける事は出来るのですが、ここで精霊は提案。
魂に違和感があり、なんとなく物凄く興味が湧くし、人と精霊が一緒に居るというのも面白そうだから……と、傍に居ていいか問いかけます。
何故かギクリとした女の子も、心を支えてくれていた精霊――いえ、友達が傍に居てくれるのは安心出来るし良いかな……と、受け入れます。
そうして、いつまでになるのかは分からないけれど。
あまり人と関わらないだろう精霊と悲劇の少女は共に行く事にして。
ふと思い至ります。
これだけの時間一緒に居て、未だに自己紹介すらしていません。
むしろお互いの名前すら無くとも親密になれるほどの時間だったとも言えますが。
「そういえば自己紹介をしていなかったね。でもあたしたち精霊は基本的に名前は無いからどうしよう?」
「無いの? 不便だね……」
「その辺で自然と生まれる存在だからねぇ……自分で名乗る奴も居るけど、あたしは必要なかったから。――そうだ、あんたが付けてよ!」
「えぇ……そんな事急に言われても……」
「いいじゃん、なんか良い感じの名前ちょーだい!」
「お願いしといてワガママ……えーと、んー……」
「早く早く!」
「もー……。じゃあ――『ルナ』」
「ルナ……言いやすいしなんか可愛いね、気に入った!」
「えへへ……良かった。私はエリンシア……シアで良いよ」
「シアね。じゃあ、これであたしたちは友達だね!」
「ん……友達……」
ルナ。エリンシアの前世で言う月。
淡く光りふわふわ飛ぶ小さな――傍に寄り添ってくれた不思議な友達。
月と言うには、イメージと違って元気でうるさいけれど。
絶望のどん底まで落ちた心を引っ張り上げるように立ち上がらせてくれた、こんな友達と一緒なら。
あんな悲しい事は乗り越えて、その先にはきっと楽しい事が待っている筈だと。
心の奥底にしまった悲しみか、素敵な友達が出来た嬉しさか。
少しだけ顔を濡らして、隣の小さな友達と一緒に眠るのでした。
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