第12話 始まりの追憶 8
障壁を砕かれ吹き飛ばされた私は……少しだけ意識が飛んでいたみたい。
むしろすぐに目を覚ませたのは奇跡かもしれない。
魔力は限界なんてとっくに超えて、体はズタボロになっているものの……生きている事を疑問に思うと同時に。
私に覆いかぶさり……生きているのが不思議な状態のお母さんを見た。
「──っ」
もはや声は出ない。
「シ、ア……」
分かってしまう。理解してしまう。
「よかっ……た……無事、なの……ね」
疑いようのない死。流れるのは血だけじゃない。
「どうか、逃げて……生きてっ……」
血よりも熱い涙が溢れる。
「逃げ、たら……生きて、いれば……きっと……」
ダメだ。こんな、こんな事……認めてたまるか。
「あなたの……好きな、楽しい、事は……たくさん……あるから……」
きっと夢なんだ。そんなわけもないのに……どうしてこんなことに……
「お願い……生きて……幸せに……なって……」
そういって私の頬に口付けて――目を閉じた。
お母さん……私は……
爆心から距離がありなんとか凌げた者は現状を確認し、一部の者は勇敢にもドラゴンの魔物に向かい注意を引く。
魔動車は破壊され、なんとか動きそうな1台のみが横たわっていた。
運が良いのか悪いのか……魔道具が設置された屋根が破壊された物だが、協力して素早く起こし、動く事が分かれば急いで無事な人を乗せていく。
とはいえ無事な人はたった一瞬で、数える程度になってしまった。
勇敢な者達が魔物を引き付けている間に、崩れた門の瓦礫を無理矢理どかして道を作り、生存者を逃がす為に魔動車に乗せていく。
「治療出来る奴は居ないのか!」
「そいつは諦めろ! 逃げたところで助からん!」
「さっさと車を動かせ!」
「手を貸せ! こっちに子供が!」
「車を動かせるのは誰だ!」
「結界が無い以上戦えるやつが乗らなきゃだろう!」
「武器があったって戦えない! 捨てろ! 余計な物を積んで重くするな!」
「魔法が得意なやつが乗って護れ!」
助ける者も助けられた者も、怒号が飛び交う。
手遅れな者を切り捨て、僅かながら治癒の光が舞い、生き延びられそうな者だけを乗せていく。
本来の許容人数を超えて無理にでも乗っていく。少しでも多く、少しでも早く。
「この子も息があるぞ!」
「外傷は酷いが、まだ大丈夫だ!」
「子を護ったのか……」
「これじゃ生き延びられるか分からんぞ!」
「だからと言ってまだ息のある子供を見捨てるのか!?」
「そうは言ってない、当然乗せる!」
「生き延びられるかはこの子次第だ……他に生きている者は!?」
「恐らくもう居ない……」
「あまり時間をかけるな! 非情だろうがなんだろうがもう逃げろ!」
様々な思いの中、壊れかけの魔動車は発進し街を出る。
残った者は覚悟を決め、もしくは諦め、死に向かう。
地獄を背に車は街道を進む。
生き延びられる事を信じたいが……街の外も未だ多くの魔物が蔓延る。結界も無しに進むにはあまりに無謀。
すぐさま襲われるが、魔法でどうにか対応しながら逃げる。
転げ落ちたりと更なる犠牲者を出しながらも、あらゆるモノを振り切るようにギリギリで走り続ける。
いくらか攻撃を受けつつも、街へ魔物が集まったせいか離れるにつれて次第に安全になっていった。
そのまま進み、助けを――保護を求め街道の先の街を目指す。
山脈の傍、峠を越えようかという時に、ついに車は限界を迎え止まってしまい、そこを狙ったかのように魔物が現れる。
しばらく安全だった事と極度の疲労もあり、皆多少なりとも気が抜けてしまっていた。
否、気を張り続ける事など出来る筈も無かった。
車ごと吹き飛ばされ、山の斜面を滑り落ちていく。
悲鳴が上がりいくつもの木にぶつかり転がり、皆落とされ魔物の餌食となる。
運良く車外に放り出されなかった者も、止まった頃に襲われ……
結局――最後に脱出した者達は誰一人、街に辿り着く事は無かった。
当然だが、早々に街を離れ無事に逃げられた者達が、逃げた先で事情を説明していた。
周辺の街から最大限の警戒で戦力を結集させ、数日間に及ぶ大規模な戦闘の後……相当数の犠牲を出しつつも魔物は殲滅された。
前例の無い悲劇は、歴史と人々の心に深く刻まれる事となった。
各街は結界をより強力で安全な物へ替え、更に結界を装備した避難所を作る等の対策が進んでいくことになる。
負のマナは増えてしまうが仕方ない。
魔物の対策をすれば魔物が増えるなど、今更だがどうしようもない循環に嘆く。
それでも護りを強固にした方がマシと言うものだ。
崩壊した街を復興させるのは難しく……事後処理としては、辛うじて残った遺体と財産を回収しただけで終わった。
悲劇を忘れぬ為。
平和な日常は絶望に変わるという戒めの為。
街の傍へ慰霊碑を建てるだけで、廃墟はあえてそのまま残される事になった。
どこもかしこも、誰も彼も、魔物の脅威を再認識した。
平和とは薄氷の上なのだと。
だからこそ平和を享受する。
その平和を作り護る者達への感謝を忘れず支えあう。
悲劇によって人類は少しだけ成長したのだった。
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